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猫 アーカイブ

2004年01月14日

花子とセーラ

うちの花子(オス猫)はめちゃくちゃ可愛い子でした。4年前のバレンタインデーの夜にわたしの腕の中で19年の生涯を終えましたが、気位の高い贅沢な猫でした。
花子がくるまで、うちは人形やぬいぐるみの類はいっさいないシンプルな家でしたが、花子が来てからは一変しました。可愛らしいお盆とお皿が置かれ、リボンや鈴がカゴにあふれるほどになりました。あるとき留守番の仲間としてぬいぐるみを買ってやりました。ソニープラザでピーター・ラビットを買ってきたのですが、顔が大きいのと服がグレーなのが気に入らなかったようで、フンとばかりに無視されてしまいました。次に心斎橋のドイツ製玩具店で見つけたのがセーラです。クマの女の子のぬいぐるみで、これしかないと思いました。9,200円だったのを覚えてます。上の写真に写っているのがそのセーラ(小公女のヒロインの名前をいただきました)です。
これは気に入って、ときどきチュッとやってました。お昼寝はセーラの膝枕でした。最初の服がいたんできたので、この服をわたしが縫ってやりました。白いレースの衿とピンクのリボンがついたリバティプリントのお洋服、なかなか似合ってますでしょ。

2004年03月18日

木登り猫

今朝の新聞に「木登り猫 6日目の生還」という記事があった。大正区の公園で約15メートルの高さまで木に登ったまま下りられなくなった猫が、消防署員によって救出されたそうである。白猫のゴンタくんは12日昼に飼い主の女性と散歩に来て木に登って下りられなくなり、女性はなすすべなく木の下で待っていた。気がついた人が消防署に連絡したという。
今日の記事には、はしご車から差し出した捕獲網でつかまえた写真がついているが、これがとてもよい。よかったね、ゴンタくん。
久しぶりに新聞の切り抜きをした。わたしは猫の花子がきてから、猫関連の記事があると切り抜いてA4サイズにコピーしてファイルしてある。とてもたくさん、いろんな記事があっておもしろい。花子が死んだいまでもときどき出して読んでいる。
「木登り猫」がテーマの絵本も思い出した。エスター・アベレル作「しょうぼうねこ」である。
ピックルズは黄色に黒い点がぼつぼつとついている大きな猫で、アパートの裏庭の樽に住んでいる。彼の楽しみは小さい猫を追いかけることで、アパートに住むおくさんが自分の部屋に連れて行っても出ていってしまう。ピックルズは小さい猫を追いかけて木に登る。ところが雨が降ってきて下りられなくなり、おくさんは消防署に電話をかける。助けられたピックルズは消防署に住むことにする。消防の訓練をみんなといっしょにやり、仕事を助ける。ある日、小さい猫が木に登って下りられなくなったと電話がかかる。ピックルズは木に登って猫を助け下ろす。おくさんは「わたしはいつかきっとお前が素敵なことをやるだろうと思っていたよ」と言う。お話がよくて絵もよい不朽の名作である。(文化出版局 854円+税)

2004年03月19日

ネコのファイル

昨日の「木登り猫」の新聞記事をファイルするついでに、また古いのを読み返してしまった。猛虎よりすごいニャンコ、大西洋を酒樽で横断したネコ、お金をくわえて帰ってきたネコ、飼い主をたずねて旅したネコ、震災で被災したたくさんのネコたち、神社を案内するネコ、火事から子どもを救ったネコ、十数年にわたるさまざまなネコの姿がある。それと4コマまんがの切り抜きもある。1995年は阪神大震災の年で、震災ボランティアに必要なので、新聞4紙(朝日、毎日、日経、神戸)をとっていた。震災関連記事を使うだけではもったいないので、連載小説と連載まんがをちゃんと読んでいた。朝夕で8本の小説とまんが、忙しかったなぁ。
中でも毎日新聞の東海林さだおのまんが「アサッテ君」はよくネコが登場していて楽しかった。ひとつ紹介すると、1、テレビでネコがネズミをくわえている場面。2、コタツで、アサッテ君夫婦が「ヘエーネコってネズミたべるの!?」その横にちょこんとネコがいて・・・。3、「そうよ、しらなかった?」「しらなかったな」と会話、ネコが体をおこして・・・。4、ネコがテレビの真ん前に来て「へえーしらなかった」。飼い猫らしい無邪気なネコの顔。
うちの花子もそんなネコだった。ゴキブリを見るとキャーッと叫ぶ飼い主にならって、彼もゴキブリが苦手だった。ごはんを横取りされても黙って見ていたっけ。

お気に入りの作家、嶽本野ばらさんが、テレビの「10代しゃべり場」に出ていたので、さっきまで見ていた。若者たちの話はテーマも内容もつまらなかったが、いままで写真でしか見たことのなかった嶽本野ばらさんが、動いて話をするところを見られてよかった。お洋服がとてもよくお似合いで、彼を見ているだけで時間がムダにならなかった(ミーハー魂)。最近はメジャーになりはって、ちょっとつまらない。「それいぬ」をフリーペーパー「花形文化通信」に書いてはったころがなつかしい。

2004年04月16日

猫の運命

久しぶりで近所の商店の女主人と出会った。ここへ住んでからずっとその店で買い物しているから長いなじみなのだが、最近とんと買い物してないのでちょっと気がひける。「ネコちゃん元気?」と言われて、あれっ、そんなに長いこと会ってなかったのかと思ったが、何回か会っている。実は彼女のほうの一方的な話しか聞いていなかったのだ。それは息子が雨の日にどこかの公園で捨て猫を拾ってきたので、医者に連れて行き、お金も手間もかけて元気にしたという話だった。何回か会ったのだが、その度にいかにその猫が可愛いかをまくしたてられて、わたしは合いの手を入れていただけだった。猫自慢は可愛いからいいけど。
それで、うちの猫はもう4年前に死んだと言ったら、「猫がいないのにどうして生きていられるの?」ときた。うーん、そうやねぇ、花子がいないのにどうして生きていられるのだろう、花子の思い出で生きていられるのかなぁ、なんて考えた。でも、そんなことは生きている猫がいる人に言ってもわからないと思って、言わなかったけど…。
彼女はつい先だって、また子猫を、今度は産まれて間もなくの子を拾ったと言う。これもたいそうな手間をかけて大きくした。そして、猫の運命ってちょっとのことで変わるんやなぁとしみじみと言うのだった。

2005年03月17日

木村仁良編「子猫探偵ニックとノラ」

『ジャーロ』傑作短編アンソロジーの(1)は、2003年に発行された「探偵家業はやめられない」(サラ・パレツキーの「フォト・フィニッシュ」が入っている)だった。本書はその(2)で2004年12月発行されたもの。うっかり買い忘れていて読むのが遅くなってしまった。
タイトルを見たらわかるとおり猫が活躍する短編集である。9作品のうち3作品が山本やよいさんの訳であることもうれしい。その中でも「青い瞳」はジャネット・ドーソン作で、主人公は長編「追憶のファイル」などでおなじみの女性探偵ジェリ・ハワードである。ジェリはヴィクについで好きな探偵だが、最近翻訳がとまっているのでどうなっているのかと思っていた。木村仁良さんの解説によると9作まで発表されているらしいが、翻訳は4冊しかない。なんとか出してほしいなぁ。
「青い瞳」の内容は、癌で亡くなった女性が姪に多額の財産を残すという遺言書からはじまる。それには愛猫が死ぬまで世話をするという条件がついていた。ところがかんじんの姪の名前が書いてなくて、現実に姪は二人いるという。その書類ミスが故意に行われたと思ったジェリは、聞き込み調査を続けて、本当の姪に遺産は渡されることになる。短編なのでちょっと物足りないが久しぶりにジェリに会えてよかった。
9つの短編にそれぞれ個性的な猫が出てきて、主人公になったり、探偵をして飼い主にヒントを与えたり、殺されそうになったとき悪いやつに飛びかかったりと活躍する。猫好きならたまらないだろう1冊。表紙がちょっと子どもっぽいが、内容は大人向きばかりです。(光文社文庫 590円+税)

2007年08月09日

ま〜だだよ

いっとき、よく夢を見て寝言を言い、自分の寝言で目が覚めることがあって、ずっと続いたらナンギやなと思っていた。明け方の夢で、たいていは知ってる人にモンクをクチャクチャ言ってるのだった。これはストレスが溜まっているせいかもしれないと、溜めないようにすぐに言い返すようにしたせいか(?)1カ月くらいで治った。単純な話(笑)。

今朝方、久しぶりに夢を見て、大きな声で返事して目が覚めた。なんと10年ほど前に亡くなった曾根崎書店のおっちゃんの元気な姿だった。そっちの方へ行ったら危ないでと忠告してくれたので、わたしは大きな声で返事した。その返事の大声で目が覚めたのだが、危ない方へ行く前でよかったわ。
なんで夢におっちゃんが出てきたんやろ、お盆のせいかしらなんて言っていたら、夕方またまた怪しいことがあった。
晩ご飯の支度をしていたら、かすかに「にゃーにゃー」と猫の声がしたのだ。どこかで猫が泣いてるわとわたしが言うと、そんな声は聞こえてへんでと相方が言った。あの甘ったれ声、あれは花子の泣き声でしかないと気がついた。
いやぁねぇ、若いときからなにくれとなく世話をしてくれて10年前に亡くなった曾根崎書店のおっちゃんと、7年前に死んだ愛猫花子が同じ日に現れるなんて。なあに、早くこっちへ来いって? ま〜だだよ。

2007年12月06日

山根明弘「わたしのノラネコ研究」

わたしのノラネコ研究 山根 明弘もうネコに関わりたくないという思いがある。飼い猫の花子は拾ってから19年間生き、わたしの腕の中で死んだ。その間は花子のみならず、よそのネコにも情が移り、歩いて20分ほどのうつぼ公園のガーデンキャットたちに朝ご飯を運ぶ3年間もあった。いまはお腹を空かせたネコを見てもごめんねと言って走り去る。
ネコの本も絵はがきもたくさん買っている。かなり整理したけど、捨てがたいのはまだ持っている。新しいネコ本は買っていない。
というわけで、あまり読みたくない本であるが、手許にあるとやっぱりどんなことが書いてあるか気になる。そんなわけで読み出したが、これがべたべたのネコ可愛がりの本なら、もうたくさんとなっていたろう。

山根さんは学者である。本書を開くとまず、「ノラネコって何?」という章があり、次に「わたしがノラネコの研究をはじめたきっかけ」があり、「ノラネコの研究の意味」と続く。そしてだれにでもノラネコの研究はできるよとなって、「個体識別カード」その他の用紙がコピーして使えるようになってる。10数年前なら活用できたのに残念だ。わたしらはこんなに精密なことはしなかったけど、一応ガーデンキャット全員に名前をつけて出席簿をつけていた。公園のネコは入れ替わりが激しいから3年で100匹近いネコと出会ったはず。はじめて使い始めたマックプラスで作った表組を大切にしまってある。
山根さんは調査のしかたを教え、怪しまれないように近所の人たちへノラネコ研究中のチラシを配ることも教え、調査七つ道具なるものも教えてくれる。
そのあとが九州大学大学院 理学研究科 生態学研究室での研究のひとつとして、福岡県の相島(アイノシマ)に1軒の家を借り7年間観察を続けた話。体重測定やDNA鑑定などのことも優しく詳しく書いてある。発情したメスをめぐるオスの順位とか行動圏とかおもしろい記述が多い。(さ・え・ら書房 1300円+税)

2008年02月14日

80〜90年代は猫だった

猫の花子が2000年のバレンタインデーに死んでから8年になる。19年生きた子だから我が家に来たのは1981年ということか。
先日、ミクシィ日記のほうで、わたしの音楽の歴史をカンタンにわけると、60年代はモダンジャズ、70年代はフリージャズ、80年代はパンク・ニューウェーブだったと書いて、90年代はとなるとマックだとなってしまった。もっと厳密に考えると、パンク・ニューウェーブは80年代前半に熱中して後半は醒めていた。マックと出合いはしたけど、夢中になった音楽がなかったなんてと自分でも信じられなかったが、理由が今日わかった。猫だ。
うちの花子だけでなく、うつぼ公園のガーデンキャットの世話も3年間した。人間が奏でる音楽でなく猫の鳴き声が音楽だったのね。なっとく。

猫を亡くした哀しみはいつまでも心の奥にあって、相当にええかげんなわたしだが、悲哀が底にある人になっているような気がする。

2008年06月19日

いないいないばー

子育て中に「いないいないばー」を何度もするのが大切となにかの本で読んだ。それを知るよりもずっと前から、姉の子どもや知り合いの子を相手にしてやっていた。子どもは「いないいないばー」をとても喜ぶし、わたしも子どもの喜びようが大好きだ。その本には確か、保護者がいなくなっても、ちゃんと再び現れるというのを子どもが理解するための遊びなんだと書いてあった。

なんでいまごろこんなことを思い出したかというと、愛犬と二人暮らしの女性の昨日のミクシィ日記。犬がベランダとの間のカーテンを体に巻いて現れ、そのあとカーテンを脱いでみせるという。わたしは思いついて、それは犬が「いないいないばー」をしているのだとコメントした。ほんまかいな、ってなことだけど、彼女はまじめに「いないいないばー」と犬に言ってやったんだって。そしたらそのまま追いかけっこになって遊んだそうだ。犬くんはカーテンに隠れてるつもりだったそう。この場合は犬くんに遊ばれてるとも言える(笑)。
それで思い出したけど、よくうちの猫にしてやったけど相手にされなかったな。

2008年08月15日

大島弓子「グーグーだって猫である」

グーグーだって猫である大島弓子のマンガを好きになったのはもう30年くらい前になる。「さよなら女たち」が大好きで何回読んだことか。それからずっと20年くらい少女マンガ雑誌を買っていた。「マーガレット」とか「少女コミック」とか。

「グーグーだって猫である」は「本の旅人」に連載されていた。これは本屋へ行けばタダでもらえるので、日にちを見計らって本屋へ行ったものだ。10年くらい前のことかなぁ。最近映画化されたせいか平積みしてあるのを見たので、姉へのお土産に買ってきて、渡す前に読んでいる次第だ。初版が平成12年だから息が長い。
大島さんが飼っていた前の猫の〈サバ〉は雑誌連載中に読んでいて、切り取ったのがどこかにあるはずだ。とても詩的な猫だったように覚えている。

グーグーはサバが他界してからペットショップで買った猫である。サバのときと違って猫の飼い方、育て方、可愛がり方の実用書みたいなところがある。私小説のようなマンガなのだ。
大島さんが病気になって入院するところも実際的な話をきちんと書いてある。もし手術中に命を落としたら、このまま二匹の猫(途中からビーという猫もいる)を育ててほしい、マンションごとさしあげますからと、遺言状も書いておいたのである。
退院して帰ったときの猫たちの反応がおもしろい。ビーはだだっと出てきたが、グーグーはすねていて、いつものグーグーになったのは小一時間もあとだった。

わたしにはもう猫と暮らす時間がないが、たまに猫の本を読むのは気持ちがいい。明日は姉の猫に触ってこよう。(角川書店 1100円+税)

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