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アート アーカイブ

2001年01月03日

斉藤環「戦闘美少女の精神分析」

タイトルが気に入って広告を見たときに買うつもりだったのをSさんが貸してくださった。わたしは“おたく”ではないかと自分で思ったことがあるけれど、この本を読み始めたときには本物の“おたく”という存在とは遠く離れていることがわかった。タイトルになっている“戦闘美少女”のアニメ(「リボンの騎士」「じゃりン子チエ」「風の谷のナウシカ」「セーラームーン」など)をひとつも見たことがないしね。本の「風の谷のナウシカ」でさえ、読み通せなかった。しかし、“戦闘美少女”を愛する人たちへの好奇心は人一倍あるので、好奇心を誘われて読みはじめた。
それだけではない、ものすごく嬉しいことがあった。ヘンリー・ダーガーを知ったことだ。Sさんによるとダーガーはこの本ではじめて日本で本格的に紹介されたそうだ。アウトサイダー・アートという言葉もわたしははじめて知った。
ダーガーは60年間にわたってだれにも知られず作品を創造していた。15000ページ以上のタイプ原稿と添えられた膨大な挿し絵があって、まだその物語の全貌は明らかにされていないそうだ。シカゴのノースサイドで掃除など単純重労働をしながら、貸間でひっそりと一人暮らしをしていて、80歳のとき老人施設に収容された。そのとき部屋にあるものをどうするかと聞かれて家主に全部あげると言ったのだが、その家主がダーガーの部屋の掃除をして、彼の膨大な作品を見つけたという。
10点ほど彼の絵が紹介されているのだが、中でも見開きのカラーの作品に惹かれた。「風が吹き荒れている」の部分なんだけど、少女たちがなにかに追われて走っている。淡い色使いが昔の絵本のようですごくきれいなのに全体が不気味なのだ。ヴィヴィアン・ガールズと名付けられたペニスをつけた6人の少女は「非現実の王国におけるヴィヴィアン・ガールズの物語」の中で闘っている。
ダーガー紹介をはさんでおたく論が展開されているのだが、なるほど、なるほど、の連続であった。わたしは“戦闘美少女”のアニメを見る欲求を持っていないけれど、「高慢と偏見」や「ジェイン・エア」など、違ったところで闘っている“戦闘的美少女”の“おたく”であるのかもしれないことに気がついた。(太田出版 2000円+税)

2004年02月16日

ジジ・ジャンメール

昨日の夜のNHK芸術劇場で、ローラン・プティのピンク・フロイド・バレエを取り上げているのを見ていて、突然ジジ・ジャンメールを思い出した。ローラン・プティとおしどり夫婦だったけど、いまどうしてはるのかしら。彼のほうは80歳ということだが、振り付けだって自分で踊って見せるくらいに元気である。その体の動きの美しいことったらない。70歳のときの「コッペリア」の一部をやったけど、等身大のお人形のコッペリアを抱いて洒脱に踊っていた。映画かテレビでコッペリアを踊ったジジ・ジャンメールを見たことがあるけど、とてもコケティッシュだったのを覚えている。普通のバレエダンサーと違うところがあった。
それから記憶が甦って映画「ブラック・タイツ」を見たのを思い出した。ローラン・プティのバレエ劇の映画化で、しゃれたオムニバス映画だった。たしか「赤い靴」のモイラ・シャーラーも出ていたと思う。
それからずっと後のことを知らないので調べたら、50代になって「カルメン」を踊り、「こうもり」にも出演して評判がよかったみたいだ。いずれもローラン・プティの演出である。ずっと仲良くやってきはったんやと、なんか安心したような気持ちになった。

2004年04月03日

幻のロシア絵本1920-30年代展

芦屋市立美術博物館で2月の末からやっている展覧会なのに全然知らず、数日前の新聞で4月11日までと知って大慌てで行ってきた。この3年間で地下鉄と市バス以外に乗って出かけたのは、京都の伊藤若冲展、リスベート・ツベルガー展以来3回目である。阪神電車で芦屋へ行き、タクシーに乗ったらすぐであった。芦屋図書館と谷崎潤一郎記念館とが並んでいる静かなところだった。
日本の画家吉原治郎氏等3人の蒐集になる貴重なコレクションである。1920年-30年代、革命後のソヴィエト連邦(ロシア)の新しい国づくりの理想に燃えた若き芸術家たちが、未来をになう子どもたちのために絵本づくりにたずさわった。紙は粗末だし印刷も汚くぺらぺらだが、ロシアアバンギャルドの魂がひしひしと感じられる絵本の数々に出会えた。マヤコフスキーが文を書いたものもあった。
文字の扱いや色づかいやレイアウトにチャペック兄弟の本と通じているところもあるし、先日買ったハンガリーの絵本「ラチとライオン」に通じているところがある。
展示では表紙と見開きにした部分しか見られないのが残念だったが、主なものはコピーしてファイルしたものが、別の場所で見られるようになっている。そして復刻本が数冊あって売っている。カタログには展示しているページ以外のページもあって楽しめる。絵本好きにはこたえられない興味ある展示であった。カタログと復刻絵本を1冊と絵はがきをたくさん買った。
帰りは隣りにある谷崎潤一郎記念館に寄り、バスで芦屋駅前まで行き、西村珈琲店でおいしいチョコレートケーキとコーヒーでくつろいだ。こんな休日久しぶりだ。

2004年10月16日

仲田まりこ個展

まりこさんとは2年前に知り合ったんだけど会ったことはなかった。2年前の個展に相方が行って楽しい女の子だったということだったが、その日が個展終了日だったのでわたしは行けなかった。ポストカードを買ってきてくれたのが気に入ったので、仲田万里子公式ホームページを見たら、ユーモラスな各ページに爆笑。ポストカードやバッジの販売ページに「商売の部屋」とタイトルをつけるなんてすごくセンスが良い。ちょうど、当サイトのリンクページを考えていて元気なページがほしかったときだったので、お願いしてリンクさせてもらった。
去年はまりこさんに会えると個展に行ったのだが、一足違いで会えなかった。その間にまりこさんは着々と仕事をしていた。あるとき朝刊にはさまれた無農薬野菜宅配のチラシに、見覚えのある元気いっぱいの少女のイラストを見つけて、頑張ってるねとメールした。
今日は3回目の個展でようやく会えました。少女のまま成長したような、すらりとしたまりこさんと、ずんぐりのわたしは並んで絵を見ながらおしゃべり。
今回のメインは立体を写真に撮ってストーリーをつけ、絵本をページごとに見せるような感じに展示したもの。ブタのぶうとぶーこの楽しいラブストーリーである。ぶうはぶーことデートの約束をした日、早く目が覚める。家はドールハウスのように作ってある。ベッドにはパッチワークのふとん、窓があってカーテンがある。森を通ってぶーこの家に着いたがぶーこがいない。嫌われたかと落ち込むぶうを森の動物が慰める。象が家まで背中に乗せて連れて帰ってくれる。そしたらぶーこが家の前にいる。早かったから迎えにここまで来ちゃったのとぶーこが言い、ハッピーエンド。カップルのブタさんの後ろ姿が可愛い。
横に立体物が並べてある。家の中が2つ、外観が3つだったかな。それからブタが何体か。各動物。それらを万博公園に持って行って撮影したそうだ。最後のシーンにはクローバーがあった。また森のシーンではキノコが入っていたので聞いたら本物だそうだ。
絵本ができたらいちばんに買うからね。

2004年11月12日

ノスタルジックな夜「マルセル・デュシャン展」とギムレット

美術館で長期やっている催しはそのうちと思っているうちに終わってしまうことが多い。今回は前売り券を買ったし早めに行こうと思っていたが、突然これから行こうということになった。毎日10時から17時までだが、金曜日だけは19時までとわかったので。
ぱっと出たのが5時半、タクシーが中之島の通りに出たら地下鉄工事で道が狭くてなかなか進まない。6時に着いたが、これなら阿弥陀池筋の住友病院付近で降りて歩いたほうが早かった。新しい美術館は地上が線のオブジェになっていて、会場は地下である。写真で見た感じでは広場にオブジェがあると思ったのだが、なんて狭いところにあるのとびっくり。さすが大阪、ビンボくさい。エスカレーターで降りて行くと常設の会場があり、また降りて行って廊下を歩いていくとデュシャン展の会場である。
マルセル・デュシャン、懐かしい名前である。若いころ、滝口修造の本で読んで憧れていた人、写真や図版でしか見たことのない作品に出会えたわけだ。すでにこういうところで展示されることで、デュシャンは権威になっていることはわかっていたけど、ほんとに実際見たらこんなもんかいなという感じだった。
だいたいがポスター、チラシ、地下鉄の中吊り広告で「泉=便器」が氾濫しているのだからどうしようもない。デュシャンが展覧会に便器を出したときはセンセーショナルだったからといって、いまさらなににでも使うというセンスがいやらしい。芸がないよ。でも、箱入りの作品の数点は欲しいくらい好きだし、「階段を降りる裸体」もいいと思った。マン・レイが写した写真もすごくオトコマエでよかった。
マルセル・デュシャン以後という展示で荒川修作の文字を並べた作品がよかったのが収穫。そしてシルヴィ・ブロシェールの10枚ほどの小さい絵とオブジェの展示がよかった。絵はみな同じ大きさで、素材は茶色い包装紙で、その上に描いたり、ハンコを押したりしてあるやつ。
藤本由起夫作のデュシャンの声が音楽にかぶさって聞こえる装置もあり、ビデオもありだったが、いちばんよかったことは空いていたこと。会社帰りのような一人で来ている人が多くて静かだった。国際美術館は金曜日の5時以降が狙い目!とにかく広くてゆったりと展示されていた。座るところがビデオの前しかなかったので、ベンチが一つくらい欲しかったな。足が疲れた。
なんやかんや言いながらも楽しい1時間を過ごした。
ここまで懐かしさを味わったから、今日はとことん懐かしくと、帰りには久しぶりに京町堀のブルースバー「メジャーカップ」で飲むことにした。時間が早くてまだお客がいなかったので、帽子をかぶった粋なマスターとジャズの話に花を咲かせた。LPレコードでマイルスの曲を聴きながら、ブルースからモダンジャズまでたくさんのジャズプレーヤーの話が出た。アート・ブレーキーとジャズメッセンジャーズの中に若き日のリー・モーガンとウェイン・ショーターがいたとか、コルトレーンとマイルスのこととか、クリント・イーストウッドのジャズ映画のこととか・・・。わたしは今夜はこれと思ってギムレットを頼んだ。目の前でつくってくれたギムレットは、生のライムを切ってしぼってくれたが、ローズのライムジュースでなくて少し残念。

2005年03月03日

町内会—実は世界的現代アート

新町4丁目の古いビル「細野ビル」を知ってから3年近くになる。オーナーの細野さんが一人でこつこつと修復し、アーティストたちに場を提供している。地下室は個性のある展覧をするのに適しているし、1階ホールはコンサートやショーをするのにとってもいい場になった。相方が「細野ビルイベント情報サイト」をはじめてからつきあいが一段と深くなり、いまや町内会と呼んでいる、
今日は地下室でやっている、Evil Moisture、Rudolf Eb.er、EYヨの3人のアーティストによる「Handshake 2 Exhibition」に行った。なんせ近いのだから気軽であるであるが、気楽に行くわけではない、ある種の緊張感を持ってである。
ここの地下室は展示をする作品を選ぶような気がする。今日の3人の作品は、この地下室で展示することで生きていると感じた。いまのいま、生きている作品である。この作品を汚いとかえぐいと言う人は、デュシャンが便器を「泉」と名付けたとき、そう言ったに違いない。デュシャンの作品を飾ってあった国立国際美術館へ行ったのは、懐かしさの確認のようなもので気恥ずかしさが先立ったが、今日は楽しかった。部屋の横にちょっと気がつきにくいへんな空間があって、そこにカラス(プラスチックの模型=本物そっくり)が吊るしてあったが、下見に来たときにその場所の生かし方を考えたのに違いない。
見終わってからホールに寄ったら細野さんとミュージシャンの岩本さんがおられた。コーヒーをご馳走になって雑談したが、わたしってしゃべると元気になるみたい。うまいこと会話しようとするからアタマも活性化するんやな。

2005年03月05日

EYヨさんの迫力—Handshake 2 Event

一昨日は細野ビルでEvil Moisture、Rudolf Eb.er、EYヨの3人のアーティストによる「Handshake 2 Exhibition」を見て、感じるところがあったのだけれど、今日はその3人+大阪のそうそうたるDJたちのライブということである。たくさんの若いファンがつめかけて熱気あふれる気持ちのいいライブだった。中年の姿なく老人はわたしらだけ。そう言えば立っていたら椅子を持ってきてくれたっけ(笑)。
7時から11時までのうち、DJのプレイ時間が長かったけれど、考えれば家でこんなに長時間続けて音楽を聴くことはない。本も読まずパソコン画面も見ずに大音響の中にぼーっと座っているのもいいものだ。いくらでもぼーっとできるのはわたしの特技の一つ(笑)。
EYヨが登場、両手に電球を持って踊る、というか舞うというか迫力に圧倒された。Macから出る音と電球の明暗、スリムな体がのけぞり飛び上がり、陶酔の極致と思いきや、最後は関西弁で「ありがとう」で締めた。醒めているんだ。EYヨ(山塚アイ)っていままで知らなくて、つい昨日「はなたらし5」というCDを聴いて「いける」と思い、ネットで調べたというお粗末なことだが、よかったです。久しぶりに玉水町煙(たまみずちょうけむり)を思い出した。
Evil Moistureはイギリス出身、Rudolf Eb.erはスイス出身(大阪在住とのこと)ということで、前衛的だけれどもアメリカとも日本とも違うヨーロッパの香りがした。ルドルフのほうはパフォーマンスが場所の都合でできず、簡単な説明とCDを流すだけに終わって残念だった。この二人の音楽を聴いて思い出したのは、30年も前に聴いていて行き詰まりを感じたフリージャズのことだ。わたしは「観念の音楽」とフリージャズのことを言っていたのだが、ここまできて行き止まりみたいに感じて遠ざかってしまったのが、今日ここに出口があったのに気がついた。そして新しい道が見えてきたような気がした。
ヨーロッパ出身の二人に比べて、EYヨの音楽&パフォーマンスは湿っている。同じようにMacを使って音をつくっても違うんだなぁ。ああ、そうだ、阿部薫の湿りに似ているかも。
終わってから隣の席の女性と話したり、ルドルフに紹介してもらったり、モイスチャァのときに突然現れてパフォーマンスをした男の子に現在の大阪の音楽状況を聞いたりした。寒かったけれど驚きがあっていい夜だった。

2005年04月14日

atelier spontanementのアップルストアライブ

近所の花屋さん atelier spontanement で先月小さな花束をつくってもらった。くすんだピンクや紫色を主にしたそれはそれは美しい花束で、人にあげるのが惜しかった。それ以来、相方が仲良くしてもらっているが、今日はアップルストアで即興で花を生けるというので、それは見なくちゃと喜んで出かけた。
テーマは【『Soz』「つくる楽しみ」を満たしてくれるインテリアトイ、CARPENTER BLOCKを使った作品作りを目的とするクリエイターユニットSoz。以下略】というもの。
2階に上がるとイベントコーナーにはお花がいっぱい。白を主にした花はスイトピー、ライラック(だと思う)、カラー、薔薇、アネモネ、ガーベラ、クレマチスなど100本単位という感じ。机を二つ並べて、店主(男性)と弟子の女性がブロックで作った花入れに生けていく。ブロックの間に水を含んだスポンジが埋めてあり、そこに挿していくわけだ。きれいな色の花々を白・茶・黒のブロックに彩りよく挿していく。白いスイトピーを惜しげもなく短く切って塊になるように挿し、そこにクレマチスを1本長くあしらう。
Macの映像と音楽をバックに、花の香りにつつまれてじっと眺めているうちに、約1時間のパフォーマンスが終わった。帰りにその花をみんなにわけるというのでいちばんにもらい、マンゴーシャワーで夕食を食べて帰った。花の香りが部屋中にただよっていて幸せ。

2005年05月15日

うろこちゃん

去年の今ごろのことだけど、天気のよい日曜日にうつぼ公園を散歩した帰り、公園横にある画廊メゾンダールへ寄った。ちょうど松下絹代さんが個展をされていて、その感想を5月8日に書いた。相方のブログのほうは写真付きである。写真を載せたほうはメールして見てもらったが、わたしのほうは黙って書いたままだった。
1カ月ほど前にその松下さんからメールをいただいた。ご自分の名前を検索したら、わたしの書いたのが出てきたとのことで、わたしのことも覚えてくださっていた。また今年も個展をするとハガキもいただいたので、今日は一人で公園のバラ園の散歩かたがた行ってきた。「月はみんな知っている」というテーマの、カラフルな抽象画を楽しく見せていただいた。去年あったオブジェはあるかしらと思っていたが、画廊の仕切ったところの台にたくさんあった。人気があるみたい。今日はその「うろこちゃん」を買ったので、そのうち写真をトップに入れようと思っているが、とりあえず去年の写真にリンクしておく。
白い台の上に置かれた「うろこちゃん」たちは、同じようだがそれぞれ表情が違う。見ているとみんながあたしを連れてってと言っているような気がしてくる。たくさんの目に見つめられて数個買うのに迷ってしまった。
机の上に置くとちょうどよい目線でこちらに愛嬌を送ってくれている。足の裏に番号がついているのも楽しい。

2005年06月06日

細野ビルヂング「66展」オープニングパーティ

今年も細野ビルヂングで66展が開催される。今日は6時6分からオープニングパーティがあった。VFC会員でいろいろと親しくしているYさんに先日会ったとき、細野ビルが話題になり、見たいのならちょうどよい機会だといっしょに行った。
ビルいっぱいに人が詰めかけていい雰囲気。一番前の席が空いているからと座らせてもらえた。パーティは近田和久さんのドラムではじまったが、若い彼のドラムは新しい感覚で気持ちよい。20分ほどして小澄源太さんが登場、ドラムの音をバックに大きな白い板に絵を描いていく。みんなの視線を背中に浴びながら、ものすごく集中して描く。人間の顔が描かれていくさまを興奮して見守った。次に近田さんのドラムで川嵜裕子さんのパフォーマンス、細身の体がしなりうねり踊る。
休憩のあとに古河暁さんによるファッションショーがあった。10人のモデルが紺と白をテーマにした服を着て登場、その中で川崎さんがやはり紺のドレスを着てハダシで舞った。最後が近田さんのウチコミとドラムに合わせてNIKAさんの声が響く。延々と続く音のうねりを堪能した。今日はファアッションショー以外はみんな近田さんのドラムが響いていた。いまも頭の中に響いているような感じだ。
休憩中になつかしい顔を見つけた。30数年前にジャズ喫茶マントヒヒで知り合ったM氏とパートナー、彼らと娘さんは絵を描いていて3人の絵が地下の画廊に並んでいるという。
終わってからYさんと二人で堀江に出てアブサンでお酒を飲みながらおしゃべり。11時半という時間に驚き地下鉄四ツ橋駅まで見送る。最終電車には間に合いそう。地下鉄で行ける範囲で暮らしていると便利だ。

2005年06月28日

ヴァン・ゴッホ「Sorrow」

最近70年代の本や資料を調べている同居人が、今日は本棚の奥からアルトナン・アルトーの本を探し出した。「VAN GOGH」と「アンドレ・ブルトンへの手紙」の2冊。ゴッホのほうが読みやすそうなので開いてみたら、扉の、「ヴァン・ゴッホ アルトナン・アルトー 粟津則雄訳」の文字の下に、見たことのあるデッサンがあった。横向きの裸体の女性が腕に顔を埋めている。右下に「Sorrow」の文字。たしかこの絵を持ってるはずだと、古いファイルを探したら出てきた。A5の大きさの印刷物。裏になにもないから雑誌の切り抜きではない。たしか額入りでもらったんだった。文学青年のあいつが壁に掛けていたものだ。「Sorrow」という絵を知っているかと聞かれて、生意気盛りのわたしは、その絵のことは花田清輝が書いてたよ、なんてこっちも知識のあるところを見せたのだが、絵そのものは見たことがなかった。そしたら最後に会ったときにくれたのだった。
本の「Sorrow」は背景が入っているが、こちらは女性のみで線がきっぱりしている。ゴッホと言われなければわからない絵である。あまりにも哀しそうで長く見ているとつらくなる。またファイルの中にしまっておこう。
いま中之島の国立国際美術館でゴッホ展をやっている。混んでいるだろうし行くつもりはなかったが、がぜん興味がわいてきた。アルトーは数人の作家や思想家と並んでゴッホの名前を挙げている。その中にはネルヴァルも入っている。ゴッホの絵を見てこよう。

2005年07月08日

ゴッホ展に行ってきた

先月の28日に書いたんだけど、偶然アルトナン・アルトーの「ヴァン・ゴッホ」を読んで、こりゃ一度ほんまもんを見ておこうと思った。またずっと前に友人からもらった「Sorrow」のコピーを思い出した。今日は金曜日で国立国際美術館は7時までやっているので夕方から出かけた。
昼間はとても混んでいるのだろうが、夕方は混んでいるとはいえマシなのかな。係員がたくさん配備されている中を入ると、けっこうな人がいたが、さっさと前にまわって好きな絵はたっぷり見た。「Sorrow」の前は人がいなかった。その「Sorrow」はリトグラフで、他の作品と全然違っているところが興味深い。懐かしいような気持ちになって眺めていた。
同時代の他の画家の作品は見る気がせず、というかゴッホの絵を見たかったから行ったのだ。ゴッホの作品もアルル時代以外はそんなに惹かれなかった。アルル時代の「黄色い家」が素晴らしくて、あとは木立があって小道があるのがよかった。「黄色い家」の黄色をずっと忘れないと思う。やっぱりゴッホは天才だ。
有名な絵の具を持った自画像の前に立ったときは思わず笑ってしまった。うんと若いころ見た劇団民芸の芝居「炎の人ゴッホ」の滝沢修のポスターがそっくりだったんだもん。わたしはこの芝居を見たおかげでゴッホを文学的に見るくせがついてしまったのだ。
ようやく絵そのものを見ることができるようになったと思う。音楽も絵画もそのものとして受け入れるようになるまで、どれだけ暗い世界にいたことか。
1時間もいずに出てきて、まだ明るい道を歩いて帰る途中、小さいジュース屋があったのでマンゴージュースを飲み、古ーい中華屋で「ほろよいセット」を食べ、京町堀のバーメジャーカップにたどりついた。最近のお気に入りトムコリンズを頼んだら、シロップを控えたドライな飲み口でなかなかいけた。小さな窓からようやく暮れ行くさまが見え、とても素敵な週末を味わうことができた。

2005年09月17日

セキユリヲ アートディレクション「夢二デザイン」

新しく開店した心斎橋そごうの12階に丸善が入ったとのことで、さっそく行って文庫本のミステリーを1冊手にし、レジを探していたら、竹久夢二特集のコーナーに行き当たった。たくさんの刊行物の中に、ちょっと気分の変わった本が1冊あったのを見たらすぐに買う気になった。黄色い地に黒のイチョウの葉とブルーのギンナンが描かれている表紙がステキ。
夢二の本といえば、美人画ということになるが、この本は視点を変えて、夢二のグラフィックデザインをいろいろ集めてある。書籍の装釘(装釘、見返し)、楽譜のデザイン(パターン模様、レタリング)、木版千代紙、封筒、雑誌、広告デザイン(千疋屋の広告がおしゃれ)、装画(可愛いカットがたくさん)、それぞれが1920年代に夢二が創作したものなのである。色も線もとてもモダンで見ていて飽きない。書籍の表紙もステキだが見返しもステキ。椿模様の千代紙が欲しいし、百合やドクダミが描かれた封筒で手紙を出したい。(ピエ・ブックス 2800円+税)

2005年09月19日

ナナセシン×暗鬼丸コラボレーション展 ガールズアパートメント

今日は少し暑かったが快晴で気持ちのよい日だった。タイトルの展示が細野ビル地下のギャラリーであったので行った。全体の構成は暗鬼丸、写真はナナセシン。「ガールズアパートメント」というのがイミシンだと思った。
地下への階段を降りるときはいつもわくわくする。古いビルの地下室の雰囲気がとても好きで、そこに場所を考えて展示された絵や写真や書や立体を見るのは楽しい。奥にある2メートル×1.5メートルほどくぼんだ場所になにを置いてあるか、また、そこの天井からなにがぶらさがっているか、工夫の跡が見られるのがおもしろい。
今日の展示はピンクの服、下着、布、ゴム風船、ぺろぺろキャンディ、こんぺいとう、等々が床や壁に面したテーブルのあちこちに置かれている。広がった金髪のかつらが淫靡である。少女の内面が外観に現されている。
椅子に座って全体を見ていたら、25年ほど前の友人の部屋を思い出した。当時21歳のMちゃんのピンクの部屋は自作のプラスティック製の立体が飾られ、ベッドやテーブルクロス、壁にかけた服、どれもが考えて置かれていた。本人もいまなら珍しくないけれど当時は人のドギモを抜く服装で、自らが作品なのであった。それは数年も続かず、いまは共通の話題がなく郷愁が残るのみ。少女であり続けることは困難なことである。
今日の作家はしっかりとした女性だった。きっとこの線でこれからも作品を提示していくに違いない。自分が作品というような主観的なことでなく、作品として“少女”を提示していくふてぶてしい作家魂をみた。

2005年10月09日

山口ヒロミ「人と表現」展

山口ヒロミさんの『障害を持つ娘・天音(あまね)との日々 「人と表現」展』に行ってきた。山口ヒロミさんは南堀江「天音堂ギャラリー」のオーナーで銅版画家である。先月、山田真さんがパートナーの山口平明さんに紹介してくださり、そのとき今回の展示のことを聞いた。そしてヒロミさんの素晴らしい銅版画を知り、絵がちりばめられている本「天amane音」(自然食通信社)を買った。
天音さん(1981〜2000年)は出産時の医療ミスのため重い脳性マヒになり、ヒロミさんは小学校の教師を退職して介護の日々を送ることになった。片時も娘の側を離れることができない生活の中から、パートナーの平明さんと1988年にミニコミ誌「あまね通信」を発行した。そこに毎号天音さんを描き続けてきた。A4二つ折りの「あまね通信」が1号から壁に展示されているが、途中からは何ページにもおよぶ冊子になっているのが、筒に入って机の上にびっしりと並んでいる。内容はもちろんだが、そのレイアウトやイラストの美しさに感動する。そしてその圧倒的な量(85号!)にも。リアルタイムに読みたかった。
ペン画、パステル画、銅版画が展示されているが、すごい生命力がある。そしてそのセンスの良さがうらやましくなってしまう。
また唯一というニュースに取り上げられたテレビ映像が再生されている。天音さんの瞳と眉の初々しい美しさに見入ってしまった。(大阪ドーンセンター2階 情報ライブラリーにて 10月23日まで)

2005年10月10日

山口ヒロミ「天amane音」

昨日書いた『障害を持つ娘・天音(あまね)との日々 「人と表現」展』の山口ヒロミさんの、天音さんについての文章と絵の本である。表紙カバーの、三つ編みの髪が揺れ動く天音さんはなにを見ているのだろう。カバーをとると朱色で、ソファに横たわるヒロミさんの上に天音さんが乗って、二人とも眠っている。挟まれた銅版画も文章の中のイラストもすばらしい。天音さんとヒロミさんとパートナーの平明さんは無敵の三人組だ。絵がとってもおしゃれでステキ。
さっき、掲示板にのんこさんが書き込みしてくださった。天音さんをご存知で、展示を見にドーンセンターへぜったい行きたいと書いてある。一人でも反響があってうれしいな。
本書(自然食通信社 1600円+税)も他の本もドーンセンター1階の書店に置いてあります。また、天音堂ギャラリーにもあります。

2005年11月23日

天音堂ギャラリー栃折敏子展からアメリカ村・堀江散歩

お知らせをいただいたときから行こうと思っていた栃折敏子展、最終日の終了間際にようやく行った。美術展はそのうちと思っているうちに最終日がきてしまい、行かないことが多い。今回は気をつけていたが、もっと早く行って感想を書いておけばよかった。
栃折さんは神戸在住、震災のときは個展を開催中だったそうだ。すぐに避難所の子どもたちのところへ画用紙と絵具持参で行ったという。わたしは震災体験から生まれたという「助ける人」「助けを求める人」という傑作と言われている作品があるのも知らなかった。いつか見たいものだ。その後ニューヨークでも個展をされている。
今日見せてもらった絵は、大きいものは黒く塗った板に描かれている。その板は田舎のバス停の時刻表みたいな感じのもので、四方に枠があり中の板はいろんな幅である。今回その板に描こうと思いつかれたそうだが、天音堂の雰囲気にとても合っていた。抽象画なのだが、暖かくて澄んだ感じである。
天音堂はマンションの一室なので靴を脱いであがり、床は木である。相方が気に入った絵の前におっちゃんこして見ていたら、栃折さんが喜んで写真を撮られた。明日くらい栃折さんのブログにのるかも。
帰り際にオーナーの山口ヒロミさんが来られたので初対面の挨拶をした。わたしが来たのは2回目なのにもう旧知のように話していた。お互いの日記を読んでいるせいだ。

ギャラリーを出るとすぐおしゃれな街、南堀江のまっただ中である。アメリカ村へ出て「くいしんぼ」でお好み焼きをで食べて、帰りは北堀江を通ると新しい雑貨店があり、かっこいい帆布地のバッグがあった。ここで買えるなら京都まで行かんでもええな。いつかお金が入ったときに買おう。浪速筋へ出るとまたステキな雑貨店が見つかった。見ていたら帰りたくなくなる。わたし好みの品物ばかり。とりあえずオリジナルカレンダーを買った。相方のほうは帰ったら仕事が詰まっているので、忙中閑ありの数時間だった。

2005年12月21日

街の中の自然 細野ビル 田渕睦深写真展「ONE SILENCE」

細野ビル2階の展示室でやっている「ONE SILENCE MUTSUMI TABUCHI EXHIBITION」に行った。細野ビルの2階に入っていた事務所の空き部屋2室が展示室になったのだ。細野さんがこつこつと部屋を元の状態にもどしたもので、高い天井とカーブになった壁の面がすごくおしゃれな部屋なのである。
細野ビルで展示をする作家は、作品を持ってきて壁に展示するのではなく、細野ビルに合わせた作品を創って展示する。今回の田渕さんのは窓の大きさに合わせた写真である。カーブした壁に細長いガラス窓があり、その下の部分が展示場所なのだ。わたしが行ったときは午後で、木や草や花の写真が窓にあって、柔らかい冬の太陽の光が外からそそいでいた。写真は昼間の風景だった。オフェリアが身を投げたような川岸の向こうから日が射して、枝を広げた木から木漏れ日が美しい。また、若緑の葉っぱに露が光っているのに日がそそいで、幸せな午後という感じだ。
これは夜の風景も見なくてはと思って、日が暮れてからまた行った。予想していた以上に昼と夜の表情が違っていた。川岸は夜の風景になっていた。葉っぱの群れは黒く不吉な感じさえする。自然を撮った写真が、太陽の光や人口の光を受けて、町の中の自然になっていた。(12月25日まで)

2006年03月14日

3人のコラージュのようなアトリエ

10日から細野ビル2階でやっている催しがおもしろいらしい。3人の女性(ceramistのmasayoさん、floristのmiyaさん、photographerのizumiさん)の作品展というのでなくて、いろんなものを持ち寄っているのがおもしろいのだと、昨日行った相方が言う。
告知から引用させてもらうと
   ビルの一部屋に3人それぞれのアトリエのカケラを持ち寄りました。
   3人のコラージュのようなアトリエ。
   どんな空気が流れているのでしょうか。
ということである。
細野ビルのレトロな空間に花屋と雑貨屋と写真屋があってなぁと説明がややこしい。コンロでお茶を沸かしてハーブティを飲ませてくれて、人によっては3時間も4時間も座っているんやって。棚や台などすべて自分らで作ったりしたのを持ち込んだという。エレベーターがないからすごい労働だったろう。
それで行ってみると、まったく百聞は一見にしかず。
部屋に入るとすぐに花屋さんがある。花は花屋のような作り付けの棚にたくさんあり、コサージュも華やかにあり、リボンや包み紙やハサミや、ようするに花屋さんが一つの角にある。フラワーアレンジメントをmiyaさんが教えたり、お花を買っていく人もいる。
奥の角には陶器を置いた棚があって、その前の机では陶器創りを教えている。masayoさんの陶器は慎ましいのに華やかである。桜色の湯のみ、薄紅色の椀がとても気に入った。気に入った器を持った写真を撮ってくれるというので、薄紅色のを持ってポーズしたらmasayoさんとphotographerのizumiさんもカメラを向けてくれた。あんまりのアップでシミやシワが〜〜
こちら側にはizumiさんの写真が棚や机に置いてある。マックが置いてあって、昨日ここへ来た人たちの写真をスライドショーにして見られるようになっている。
昨日ズッケロの話をしたと聞いたので、ズッケロで買ったちっちゃな黒猫をバッグにしのばせて持って行ったら大人気だった。いろんなところに置いて写真を撮ってもらって、人形の身ながらすごい晴れがましかったんじゃないかな。ポラロイドで撮ったのを1枚もらった。プロの写真はひと味違う。(19日まで)
帰りにビル事務所に寄って細野さんと1時間ばかりおしゃべり。このビルを気に入って個展などやるからには、普通の画廊のように絵を並べて見てもらうというより、今日みたいなのがいいねと言い合った。
熱血漢の細野さんは、わたしが帰るときいっしょに出てきてビルを目で愛でた。外から眺めた展示のある部屋を、一つの作品のように思っているみたいだ。こうして今日の午後は優雅に暮れていった。

2006年03月28日

芸術新潮4月号 特集 藤田嗣治の真実

日曜日の新聞広告で「芸術新潮4月号 特集 藤田嗣治の真実」を見てすぐに欲しくなり、昨日心斎橋そごうの丸善まで買いに行った。子どものころに「ひまわり」か「婦人公論」かの挟み込みの口絵で、藤田の裸婦と猫または少女と猫の絵を見て以来のファンである。
手頃な画集があれば欲しいのだが、22000円のはわたしの懐からすると高価過ぎる。それで絵はがき数枚と2003年に出た画文集「猫の本」だけを大切に持っている。
本書に収録されている絵で気に入ったのは1926年頃に描かれたという〈アンナ・ド・ノアイユの肖像〉だ。ドレスのレースと花柄の繊細なことにおどろく。しかしノアイユ伯爵夫人はいろんなアーティストに肖像画を頼んだのに気に入らず、この絵もキャンセルされたそうだ。ああ、もったいない。
それと戦争画にも驚いた。〈アリューシャン列島での死闘図〉、〈アッツ島玉砕〉のリアリティに、画家である人間の熱狂を感じて怖くなった。わたしにとって藤田の新しい側面。
そして少女たち、猫たち、猫を抱く少女たちの絵がたくさんある。
今年は生誕120年だそうで、いま東京で展覧会をやっている。その後に5月末から7月23日まで京都国立近代美術館であるので行くつもりだ。

2006年06月06日

細野ビルヂング「66展」オープニングパーティ

今年も細野ビルヂングで66展が開催される。今日は6時6分からオープニングパーティがあった。VFC会員でいろいろと親しくしているYさんに先日会ったとき、細野ビルが話題になり、見たいのならちょうどよい機会だといっしょに行った。
ビルいっぱいに人が詰めかけていい雰囲気。一番前の席が空いているからと座らせてもらえた。パーティは近田和久さんのドラムではじまったが、若い彼のドラムは新しい感覚で気持ちよい。20分ほどして小澄源太さんが登場、ドラムの音をバックに大きな白い板に絵を描いていく。みんなの視線を背中に浴びながら、ものすごく集中して描く。人間の顔が描かれていくさまを興奮して見守った。次に近田さんのドラムで川崎裕子さんのパフォーマンス、細身の体がしなりうねり踊る。
休憩のあとに古河暁さんによるファッションショーがあった。10人のモデルが紺と白をテーマにした服を着て登場、その中で川崎さんがやはり紺のドレスを着てハダシで舞った。最後が近田さんのウチコミとドラムに合わせてNIKAさんの声が響く。延々と続く音のうねりを堪能した。今日はファアッションショー以外はみんな近田さんのドラムが響いていた。いまも頭の中に響いているような感じだ。
休憩中になつかしい顔を見つけた。30数年前にジャズ喫茶マントヒヒで知り合ったM氏とパートナー、彼らと娘さんは絵を描いていて3人の絵が地下の画廊に並んでいるという。
終わってからYさんと二人で堀江に出てアブサンでお酒を飲みながらおしゃべり。11時半という時間に驚き地下鉄四ツ橋駅まで見送る。最終電車には間に合いそう。地下鉄で行ける範囲で暮らしていると便利だ。

2006年06月09日

細野ビル「66展」を見に行っておしゃべり

細野ビルヂングで今年も「66展」がはじまった。6日のオープニングイベントは行かなかったので、今日は展示物を見に行ってきた。
地下の画廊と2階の展示室が大部屋小部屋と3室あって、それぞれに適した展示のしかたで作品が置かれている。去年はオープニングイベントの小澄源太さんが絵を描いていく姿がスリリングで最高だったが、展示物のほうはもうひとつだと思った。今年の作品はみんな気合いが入っていると聞いたので楽しみにして行ったが、ほんとに現代美術の力が示されているように思える作品があった。ここはただ壁面に展示するというのではなく、壁や窓や部屋の凹凸を利用した置き方で個性を発揮できる楽しい場でもある。
地下室に入って行ったら細野さんと若い女性が話しており、すぐに3人でのおしゃべりとなった。見終わって事務所に行くと先客の若い女性が2人いて、みんなでお茶ということになり、座り込んでまた長いおしゃべり。2人の女性はフリーペーパーを発行するので取材である。なんやかやしゃべってミクシィに入っているのがわかり、帰ってからミクシィのマイミク(友だち)になることになった。(66展は細野ビルにて6月12日まで)

2006年06月15日

「芸術新潮」6月号 特集 芭蕉から蕪村へ 俳画は遊ぶ

辻原登さんの「花はさくら木」を読んだら、京都へ来た田沼意次のまわりに、蕪村や画家たちが集まってにぎやかである。京から大坂へ船で行くのもいっしょだ。うちの近所の中央図書館横に石碑がある堀江の木村蒹葭堂も、蕪村と同時代の人だったと知った。楽しい読書だった。
蕪村の句は素晴らしいと思うけれどきちんと読んでいない。折々にカッコいいなモダンだなと思うくらいである。本書をさっさと買ってきたのは、いくらかでも蕪村の勉強になるかなと思ったから。読み出したらいくらかどころかたいへん勉強になった。とってもおしゃれだわ、蕪村。
俳画というものは、わたし的に解釈すると、お金をかけないおしゃれということになるかな。
其角の「乞食哉(こじきかな)天地を着たる夏衣(なつごろも)」の句がホームレスのおっちゃんが川端でなにかしている絵にある。俳画は風流だけではないし、現実への抗議をするものでもない。人間がありのまま生きているのを肯定している態度がよい。其角というと、わたしとしては忠臣蔵である。大高源吾と橋の上で会い「年の瀬や水の流れと人の身は」と其角が詠むと「明日待たるるその宝船」と大高源吾が返す。翌日は討ち入りの日でなのである。

2006年07月31日

細野ビルにて「a base....」展

今日は暑さの中にも風があって少し過ごしやすかった。いまも部屋の中を風が吹き抜けて気持ちよい。
午後遅くなってから一昨日からはじまった女性7人の作品展「a base....」を見に細野ビルへ行った。Fujii Ikuko(ソープ)、Horiyama Michi(油絵)、Miyata Mariko(フラワー)、Murayama Ayumi(染)、Nishitani Yumiko(陶芸)、Yagi Satoe(織)、yamahara Kaori(織)
の7人の作品がビルの2階と地下室に展示されている。彼女らは同じ学校で学んで10年経ってこのグループ展をすることになったそうだ。
2階では日常に使いたいようなシンプルできれいなカップやお皿。渋い色に染められたパラソルや布。深い色合いに編まれたバッグ、和菓子やケーキのような色とりどりの石けんがあった。地下室へ降りると、まず花が目についた。白い80センチ角くらいのテーブルの真ん中を20センチ角くらい切ってブラックベリーやヨウシュヤマゴボウやとりどりのバラがサラダのようにアレンジしてある。その他の花束や葉っぱの束もステキだった。棚には棚の長さに織られた布が置いてある。沖縄風に染めた布地があり、奥にはぱっと目に入る展示がしてある。
ここを場所に選んだときに展示方法を考えたそうで、細野ビルの2室を最大限に生かしていると感じた。〈8月7日まで、am 11:00 - pm 7:00(最終日は pm 5:00 まで)〉
見終わって事務所に寄ったら細野さんがいらっしゃたので、久しぶりの挨拶をして雑談。これからの展開など明るい話で楽しかった。

2006年08月12日

プラド美術館展 7月〜9月は土曜日7時まで

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会期は10月15日までと長いのだけれど、そのうちと思っている間に終わってしまうことが多いので、思い立ったときにと今日の夕方天王寺の大阪市立美術館へ行ってきた。ふだんは5時までだが、土曜日だけ7時までやっている。6時過ぎに入ったので1時間弱しかいられなかったけれど、素晴らしい絵に出合えてよかった。
スペインというより全ヨーロッパの思想と芸術が重くのしかかってくるような美術展だった。絵を見ていて誰の絵と思わなかったのが不思議だ。ゴヤの作品は一室にあって、それは特に個性を放っていたが、他の作家のはそれぞれというよりは、ヨーロッパの思想が絵になったような感じでせまってきた。ヤン・ブリューゲルなど違う絵もあったが。
そういう見方とは別に好きなのは厨房画(ボデ ゴン)と分類された台所や食べ物の絵と花の絵だ。それは見事な花の絵があって絵はがきを買ってしまったが、ベルヴェデーレの作品で解説によると、その後の花の絵の手本となったそうだ。赤を中心にした花の集合体の一番下に「天上の青」色の朝顔がある。
やっぱりゴヤはすごかった。肖像画の素晴らしさは言うまでもないが、「魔女の飛翔」におどろいた。おそろしい絵である。
混んでいると聞いていたが、この時間は空いていて、6時半を過ぎるともうすぐ閉館というアナウンスがあってざわつきはしたが、展示室一部屋を一人で見ているときもあり、すごく贅沢な時間を持ててよかった。

外へ出て階段を下りて行くと新世界である。数年ぶりの新世界は明るく変わっていた。パチンコ屋が減って食べ物屋が増えている。並んで待つ人がいる満員の店と空いている店があるのが対照的。じゃんじゃん横町へ出て、そこそこ混んでいる店で焼き鳥と串カツを食べてビールを飲んだ。最後にお餅を揚げてもらったのがおいしかった。

2006年08月13日

ムリーリョ「聖パウロの改宗」におどろく

数日前のこと、相方が食事中に突然「パウロって知ってるか」と聞くので、「キリスト教のパウロかいな」と答えたものの、わたしはそれ以上のことは知らなかったのである。なぜその質問が出たかというと、いま彼が読書中のアルバート・ラズロ・バラバシ「新ネットワーク思考」の序文にパウロの例が引かれていたからだ。さっそく横取りして読ませてもらった。
「新ネットワーク思考」の序文には「伝道者パウロ」と小見出しがあって、初期のキリスト教徒はユダヤ教の背教者にすぎなかったと書いてある。最初パウロはキリスト教を迫害する側にいた。その彼が0034年にキリスト教に改宗してから、ネットワークをうまく利用してキリスト教を広げていった。パウロが12年間に歩いた距離は2万キロに及んだそうだ。それも、キリスト教がもっとも効率よく広がるような戦略を立てての普及活動だった。
ということで、なぜパウロが成功したかというと、われわれがみな連結されているからだとバラバシは説明している。
これだけなら、へえ、うまいこと言うやんと思っただけで終わっているのだが、昨日プラド美術館で一枚の絵に出くわした。ムリーリョ「聖パウロの改宗」である。パウロが倒れるような姿で上方を見つめていて、連れの者たちがよりそっている。上の方にはイエス・キリストが光につつまれてパウロを見つめている。「主よあなたはどなたですか?」「私はあなたが迫害しているイエスである」という会話がなされたらしい。
パウロの話を知らずにこの絵を見たらそのままで終わるところを、これがネットワークのパウロが誕生した瞬間の図かと感慨深く眺めた。

2006年08月20日

テレビと本の日曜日

お昼から高校野球をテレビ観戦した。高校野球を始めから終わりまで見るのははじめてである。それも15回の延長戦まで見た。相方が北海道出身なので、一昨年出身校が出場したときは生まれてはじめて高校野球を見に行った。そのとき同じ北海道ということで、前日の試合に勝った駒澤苫小牧の選手たちが応援にきていた。わたしらが座っている横をずらっと通り過ぎていったときは、逞しさに圧倒された。そんなもんで決勝戦だからと忘れずにテレビをつけたってわけ。いい試合だった。こりゃ明日も見てしまいそう。
その後は読書、マイクル・コナリー「天使と罪の街」をストーリーを追って読んでしまった。これはもう一度読み直しをする。
11時半からNHK教育テレビでバレエがあるのを発見してつけた。ちょうど「ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス」がはじまるところだった。クレジットにルー・リードの名前があってびっくり。振付:エドゥアール・ロック、音楽:デヴィッド・ラング、詩:ルー・リードということである。日本でも舞台で上演されたことがあるらしいが、今日放映されたのは、映像として創られたもの。大きい空間だから井戸という例えはおかしいが、感じから言えば井戸の底のようなところで男女8人が次々に踊る。バレエの基礎をものすごく持っているダンサーたちである。ダンスは新しい感覚であるが、テクニックは古典バレエをきっちりと身につけた人が踊っている。最後のほうの女性ダンサーが、いつまでもつま先で立っているのが心配になってしまった。最初は男性が操るようなピルエットが続き、なんでやねんと思ったが、後半では女性が主体となって展開していった。そういうストーリーだったんだ。40分ほどだったが夢中で見ていた。
その後消したテレビをまたつけてボクシングだ。亀田大毅とウィド・パエス(インドネシア)戦である。1回戦でKO勝ちだった。

2006年12月03日

松下絹代個展 mani mani とシャトーダベイユのフリーマーケット

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目が覚めたら12時を過ぎていた。寒いがいい天気。ご飯を食べてうつぼ公園方面へ散歩に出た。8月末に転倒して以来の歩きの遠出である。
まず公園の2筋南のシャトーダベイユへ。アロハドライブとパンのHIFUMIさんが出しているフリーマーケット「はちみつ市場」に行って、パンを買っておしゃべりした。
それから公園の北側に面した画廊 MAISON D'ART で松下絹代展に行った。松下さんの絵と造形物をはじめて見たのが一昨年(5月8日 うつぼ公園散歩)だった。散歩の帰りになにげなく入ってお話しただけだったが印象に残る作品と人だった。次は去年(5月15日 うろこちゃん)ハガキをいただいて行った。「うろこちゃん」と名付けられた小さなお人形が可愛くて、これは売っていたので数体買って自分用のほかプレゼントにしたりした(kumiko日記の2005.5.15のトップにある写真)。
3回目の今日は個展の最終日だった。こちらはでこぼこコンビなので一目でわかってもらえて1年半ぶりの挨拶。今回は絵ばかりだが、左手にある数点と真ん中と右手にある作品ははっきりと違う画風である。左手は過去の名残のある画風で色彩豊かで可愛くまとまった絵、それから後は知的というか線も色もはっきりと自己主張している。
絵が描けるっていいなぁとつくづく思った。思いを色と形にしてカンバスに表現できるってすごい。絵の前で松下さんにそのようなことを口にしたら、深くうなづいて、自分が変わっていった、自信を持って描けたと言ってらした。
3年にわたってとても楽しませていただいてきた。絵を描くことを続けていてそれが前進しているってすごいことよね。次の個展が楽しみだ。
(上は松下さんの個展案内ハガキです。)

公園横の道を東に向かっていくとカンテグランテの新しい店があった。いまのわたしらの気持ちにぴたっとこなくて通り過ぎ、公園を横切って公園北側に面したカフェ&ギャラリーでお茶にした。真っ白い壁で広々していて気持ちよい。カフェラテを飲んで温まった。
また公園へ出るともう暗くてバラ園はライトアップしてあった。すみっこのほうに花が終わってドライフラワーになった茎があったので数本いただいた。植え込みの中を歩けるようになっていていい感じ。

2007年05月26日

午後の紅茶、夜のギネス

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阿波座のカフェ&ギャラリー シェ・ドゥーブルに、横尾忠則の大きな版画が展示されているのが今日までというのであわてて行った。
以前は機械関連の会社だったような古い平屋建てが、改装されておしゃれな店になっている。元倉庫か物置だったかと思われる奥の広い一室が画廊で、横尾さんの大きな版画を3点白い壁に寄りかからせて展示してあった。長いこと横尾さんの作品を見ていなかったので、うれしい展示だ。ほんものの絵を見たという感じ。
カフェスペースで紅茶を飲んだら小さなメレンゲがついていた。古びた感じのテーブルや椅子が気持ちよくて、ここで本を読み出したら帰るのがいやになりそう。厨房の壁のタイルと入り口の足下のタイルが素敵なので、聞いたらベルギーの女性作家のものだそうだ。(写真は入り口のタイル)

四つ橋線の本町に出て西梅田に行き、時間があったのでジュンク堂へ寄って文庫本を眺めた。今日買ったのはハヤカワポケットミステリの古いやつ、まだ読んでなかったレジナルド・ヒルのダルジール警視シリーズ「社交好きな女」。それからヴィク・ファン・クラブの例会日につきシャーロック・ホームズに行った。今日も盛会ではなかったが、元会員さんが久しぶりに顔を見せてくれた。もうすぐ結婚するとのこと。おめでたい話でよかった。
そのあとにMさんが来てギネスを飲みながらにぎやかにおしゃべり。しゃべるとアタマとココロが活性化するような気がする。

2007年06月05日

Words Factory「解き放たれる言葉」を阿波座シェ・ドゥブルにて

午後から四ツ橋本町方面に用事があり、新町・立売堀・阿波座の1丁目を一めぐり歩いてきた。先日、横尾忠則の版画を見たシェ・ドゥブルにも寄って、Words Factory「解き放たれる言葉」の展示を見てきた。川井ミカコ、スカンク、青木香の3人による作品は、奥の展示スペースにあって、店の人がやってきてスイッチ(?)を入れると灯りがつき音楽がはじまり、白い不思議な箱にたたえられた水に文字が浮かび上がる。それはまた天井に映し出される。文字は「私は」「君は」「言葉」「連鎖」という言葉を含んでいて、詩なのであろう。音楽は和風現代音楽とわたしは思ったんだけど。
カフェスペースの隅の台に、レンガくらいの白いものがあり文字が浮かんでいる。それは展示スペースの四隅にもあったのでなにかと思っていた。説明書きがついていて、その素材はパラフィンだとわかった。水の入った神秘的な箱はパラフィンで作ったものだったのか。パラフィン紙なら知っているけどと、検索してみたら「白色半透明固体。石油を分留してつくり,石ろうともいう。」とあった。

おいしいエスプレッソを飲んで一休みし、次の用事にまわって帰った。今日も暑くて日傘が役に立った。

2007年06月06日

細野ビル66(ろくろく)展は今年で5回目

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細野ビル66(ろくろく)展は今年で5回目になる。わたしはオープニングイベントに一年おきに行っている。一昨年は小澄源太さんのアートライブがあり、川崎裕子さんのパフォーマンスがあり、すごくエキサイティングだった。去年は行かなかったので今年は行こうと思っていたが、ちょっと疲れ気味なので、前半だけにして帰ってきた。
受付をしている知り合いや、ミクシィで知り合った初対面の人とおしゃべりしているうちに、開始は例のごとく6時6分、近田和久さんのドラムソロからはじまった。何年か前からするとぐっと大人になった印象。詩の朗読があって若者のバンド演奏となる。

長堀通りに面した窓が開けられて、たそがれどき、長い日がゆっくりと暮れていくのが見えていい感じ。
パフォーマンスの川嵜裕子さんが登場。黒地の小花模様のシンプルなドレスは細い肩ひもがステキ。曲にあわせての体の動きが美しい。道に面した窓が開いていたので、そこから出て続きを道路でやって、また窓からもどってきて続けるのがおもしろかった。最後はわたしのそばまできて倒れて終わり。大拍手をしたらこちらを見てニヤリとした。そのニヤリをもらったから今夜は満足。
外でワインが振る舞われていたので一杯もらい、知った顔の人としゃべって、次はジャズ演奏なんだけど帰ってきた。後で聞いたらとてもよかったとのこと。知り合いも後半に来ていたみたいで、会えなかったのが残念。展示はまた出直して昼間に行くつもり。(写真はニワ ユタカさん提供)

2007年06月10日

細野ビル66展

6月6日にオープニングイベントがあった細野ビル66展は12日まで、地下と2階の画廊にずらりと力作が展示してある。それぞれの思いがこめられたさまざまな絵や写真や立体作品や服飾デザインがあっておもしろい。
ミクシィで知り合ってオープニングイベントで顔を合わせた人の作品を見て、ほーっと感心した。伸びやかでユーモアがある絵が、いろんな木で組み合わせてある枠に収まっている。絵と縁がマッチしていて楽しい。
全体が普通の画廊と違って、作品が壁にぴたっと止まっていない。たいていは木の枠が窓の高さに置かれ、絵をその上にのせて壁に寄りかからせてある。だからとても親近感がわく。作品と横の窓から見える公園の木々のみどりがぴたっと合っている。

細野さんが訪れた人を精力的に案内しているのはいつものことだが、今日もたくさんの人が訪れたようで、わたしらが行ったのは4時ごろだったが、まだこれからが本番やと言うておられた。
オープニングイベント2005 オープニングイベント2006

7月6日には「TTRライブ能」があるので行くつもり。「井筒」や「融」等を組み込んだ舞囃子とあるので楽しみ。前回(去年の10月13日)の「TTRライブ能 in 細野ビルヂング」がすごくよかったので、今回もとっても期待している。

2007年07月14日

細野ビルヂングにて 「空飛ぶ乗り物」展

一昨年2005年の年末に細野ビルでとても素敵な写真展があった。天気の良い午後だった。旧いビルの古風な窓にぴったりと貼られた風景の写真が、外の光を映していて美しかった。これは夜も見なくちゃと思って、日が暮れてから行ったら外の暗さが反映して風景が神秘的な感じになっていた。
この写真を撮った田渕睦深(たぶちむつみ)さんとはミクシィで再会し、コメントやメールでおつきあいしていただいている。

今回は細野ビルに事務所を持っている、8oz(ハチオンス)というCM撮影の会社の人たちによる写真展である。田淵さんは以前この会社に所属していたとのこと。
フォトコンテストとなっているのは賞品とかあるのかな。そのせいか写真に活気があるような気がする。投票箱が置いてあって、一番良いと思う作品を投票するシステムになっている。もちろん、それぞれの作品へのコメントを書くようにもなっている。テーマは「空飛ぶ乗り物」。
わたしは田淵さんだと思うのに1位を入れてきた。「龍と鳳凰 神さまののるもの」という、窓の大きさのアクリル板に貼った風格ある2枚組。神社の屋根がくっきりと下の写真の下部にあり、あとは空。ブルーの空に白い雲がふわっと浮かんでいのが龍と鳳凰のかたち。

その他、空飛ぶ円盤が暗い森に到着しているのとか楽しい作品が多くて、誰もいない雨の日の画廊を楽しんだ。冷たい紅茶入りの魔法瓶が置いてあったのでゆっくりといただきながら。

2007年08月08日

ヘンリー・ダーガーのDVD「IN THE REALMS OF THE UNREAL」

今年4月から7月まで東京(原美術館)でヘンリー・ダーガー展をやっていたなんて全然知らなかった。
6月に知り合ってから急接近中のヴォーカリストAmyさんは、上京中に見に行ってよかったのでDVDを買ったそうだ。そしてそのDVDを貸してくださった。
わたしは2001年1月に斎藤環さんの「戦闘美少女の精神分析」をSさんに借りて読み、ダーガーの存在を知った。そのとき日本で最初に本格的にダーガーを紹介した本と聞いた。それ以来、ダーガーの作品は心にとまっていたのだが、それから6年半、知らないうちに評判になっていたのね。本を貸してくださったSさんとは疎遠になったが、今度はAmyさんがDVDを貸してくださった。

そのDVD「IN THE REALMS OF THE UNREAL」を見終わった。おどろおどろしいものかと思っていたので、とても奇麗な作品に仕上がっていてよかった。奇麗だからといって本質が歪められているわけではない。ダーガーが書いた物語と絵が、動いたり話したりしているのが、彼がこうしたいと思っていた通りに動いて話しているように、わたしには思えた。物語の途中で関係者のインタビューが入ったり、ダーガーが働き暮らしていたシカゴの街の風景が入ったりする。見る者は現実とダーガーの想像の世界を行きつ戻りつする。少女の表情が無垢なようでエロティックでなんとも言えない美しさ。作品や絵を描く道具や物語を綴るタイプライターで、雑然としながら修道院の一室のようなダーガーが住んでいた部屋。

2007年09月15日

細野ビル地下画廊にて「少女博物学」を見る

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今月11日から17日までやっている、Girliology少女博物学(Installation by sysa [saisa])が、おもしろいというので見に行った。少女愛好家(?)としては「Girliology少女博物学」というタイトルにまず興味を誘われた。
細野ビルの地下画廊は行った人にしかわからない不思議空間である。展示する人はこの場所に合わせた作品の見せ方を考える。今回も不思議でおもしろい世界が待っていた。

真ん中の広い空間に2体の白い彫刻(蝋で作った胸部に布のドレスを着せてある)が向かい合っている。ドレスのスカート部分の前が開いていて中に電球がぐるりとついており、広がったスカートの中の床にはさまざまなガラス瓶が置いてある。蝋でつくった少女は花や蝶で飾られ、中の電球の灯りで顔がほんのり輝いている。まるでアイルランドの妖精のよう。
いつも驚く展示がある奥の引っ込んだ半坪ほどの空間には、手づくりのガラスのケースが3段あってそれぞれに白い綿状のものが置いてある。これはなになのか作家に聞いて控えてきた。お菓子箱から出てきた幽霊がテーマで、「ケーキの箱にいた幽霊」「シュークリームの幽霊」「マカロンをつくるのに失敗したメレンゲから出てきた幽霊」なのだそうだ。なんだか気持ちよげな白い柔らかそうな塊である。
その他、白を基調とした展示品、ガラス張りの小箱に入った展示品があった。こんなの欲しい。
いわゆる少女ものというと、ピンク系の派手で華やかな、あるいはエロティックまたはグロテスクな展示品になるところを抑えてあるのがよかったです。美人の作家さんとも話せたし、楽しいひとときだった。(17日まで、午前11時〜午後7時)

ホールへ行くと細野さんがおられたので久しぶりに雑談。こんなにゆっくりとしゃべったのは今年始めてじゃないかな。お茶をよばれて座っていると、窓の外がだんだん暗くなっていく。ここで聞く外を通る人や車の音が好きだ。

2007年11月22日

昼は松井コーヘー展で細野ビル、夜はマイミクと新町・堀江で遊ぶ

細野ビルで11月25日までやっている「松井コーヘー しまさんと太陽がまわってる展」がすごくおもしろい。今日の午後に行ったんだけど、いいお天気で細野ビルの2階の天井の高い画廊は明るくて気持ちよかった。段ボールでのでっかい造形がおもしろい。テント型で中に入れそうなのが2つあって迫力ものだ。絵が飾ってある大きな木の枠は高さが3メートル10センチあるのだが、天井までの高さが4メートルあるからできたとのこと。一つの枠に1枚の絵が展示してあるのだが、大らかな気持ちの良い絵だった。
松井さんの友人が2人来ておられてお話中だったが、いっしょに座ってお茶とお菓子をいただいてしまった。20代の青年たちと気持ちよく話させてもらっていい気持ち(笑)。

帰ろうとしたら地下のほうから声が聞こえる。階段から乗り出して見たら、細野さんと明日から地下の画廊で個展をされる藤岡さんがいる。おいでと呼ばれて、展示したばかりの画廊を見せてもらった。ジャズがテーマの軽快なタッチの絵が心地よい。藤岡さんは来年ニューヨークで個展をされることに決まっているそうだ。
もう一度、展示期間中(23日〜27日)にちゃんと見にこよう。

夜はマイミクのMさんと待ち合わせ、かつて彼女が働いていた会社の前を通って〈辛いもんやギロチン〉で食事。3人で食べたのは、ピリ辛キュウリ、ズリ軟骨、ピリ辛手羽先、ギョウザ、焼き飯(辛さは中間)とビール。
それから堀江へ出てアブサンへ行ったらライブをやっている。堀江音楽祭のひとつで、チャーリー西尾のボーカルだった。はじめて聴いたんだけど、とにかくうまいので気持ちよかった。二人はアブサン、わたしはトムコリンズを飲んでくつろいだ。

2008年02月08日

永原康史「日本語のデザイン」

日本語のデザイン (新デザインガイド)ちょっと見ただけでは簡素な表紙の本である。中身を読んでみろと相方が言ったので、いま読む本がいっぱいあるねんとモンクを言いながら受け取った。
ところが、開いてみるとおもしろい。〈はじめに〉の次に折り畳んである全部で10ページになる図版がすごい。[日本語のかたち鳥瞰]というタイトルで、日本語の表現が歴史を追って記されている。紀元前200年頃、大陸から漢字がやってきた。それからずっと漢字の時代が続く。倭語を漢字で書いていったわけだが、「古事記」の筆者太安万侶によって書くためのルールも決まる。そして万葉集も万葉がな(漢字で書かれた倭語)なのだ。その次に〈かな〉。美しい筆で書かれたかな文字、そして江戸時代の印刷物、戦争中の新聞記事、最後にパソコンの文字となって終わっている。
楽しくて何べんでも広げて眺めていた。〈かな〉を発明し発展させたのは女性たちだった。漢字を崩してかなになってしまった、その筆記のスピードが想像を誘う。気持ちのスピードが手より早い、まるでパソコンのキーボードのスピードを越えてしまうキータッチみたいな感覚(笑)。かなを駆使しての和歌や物語の数々に想いをはせる。

読み続けていくと、最後のほうにパソコンのローマ字入力についての一節があった。
ちょっと長いけど引用すると、【たとえばAならAの文字を書く代わりにキーを打つことと自国語ではない文字を打って、自分たちの字を呼び出すという行為はまったく違う。打鍵式のタイプライターであれば、文字を打つ強さが濃淡に現れる。鍵盤を打ちおろす速度(たたく強さ)で音量を変える電子ピアノがあるように、キーを打つ強さで表示濃度を変えるプログラムはさほど難しくはないだろう。しかし、キーと文字が対応せず、文字を呼び出す式の印字方法では、永遠に体と文字は切り離されたままである。発音とも筆勢や筆圧ともかかわりのない筆記方法が標準になりつつあるということだ。】
毎日文字を打っていて考えたこともなかったが、これからパソコンに向かう度に考えてしまうだろう。(美術出版社 2500円+税)

2008年02月17日

細野ビルで個展「memento」とパーティ

日曜日の昼下がり、寒いけどいいお天気だ。することはたくさんあるけど、置いとくことにして細野ビルへ行った。地下の画廊で megumi さんの個展「memento」を見て、4時からパーティがあるとミクシィの告知で知ったので顔を出すつもり。

megumi さんのメッセージには、「memento mori」はもともとがラテン語で、中世ヨーロッパなどでは「死を想え」という言葉であったらしいとあって、限りある時間だからこそ大切に生きていたい、というようなことが書いてある。
先に展示を見せてもらって、それから彼女自身の言葉を聞き、最後にフライヤーのメッセージを読んで、彼女が表現したいものがわかったような気がした。
若ぶっていてもヒザを悪くして以来、棺桶に片足突っ込んでるなぁという感慨ひとしおのわたしとしては、観念でこいうことを考える若さをいいなぁと思ったようなわけ。
足下に何個もある照明にレースを被せているのも神秘性を高めていたし、協力者の若き男性 Jum & Ume さんによる、地下室を生かした展示の工夫が生きていた。

一階にもどってお茶とお菓子で若い人たちとおしゃべり、その後は megumi さんの誕生パーティということで、近田さんのパーカッション演奏とエレクトロニックなサウンドによるダンスミュージックがあり、Ichiroさんによるギターと歌があった。
なかなか楽しい午後から夕方を過ごしてまんぞく。帰ってから熱燗でチヌの鍋がうまかった。

2008年05月25日

天音堂ギャラリーにて、梅田恭子「水底ニ吹ク、風」展

昨夜来の風雨は去り好天気になった。ベランダを片付けて洗濯を干してお出かけ。
案内をもらってすぐに行こうと思っていたのだが、結局は明日(26日)までになり、慌てて南堀江の天音堂へ。天音堂さんへ行ったのも久しぶり。数年前に東京のヴィク・ファン・クラブ会員がこちらに来られたときに紹介してもらった。
郵送された案内にあった3枚の絵を見て行こうと思ったのは、抽象的な線や色がタピエスを思い出させたからだ。タピエスよりも優しく湿度があるが。
ギャラリーに入ると思ってたよりずっと小さな絵がたくさん展示されている。地の部分が大きくとってあり、中央あるいは部分に蜜蝋を使った細かい神経を感じさせる絵である。案内にあった絵はまわりの余白を入れてないので、大きな絵であるように錯覚していたのだ。
それはともかく、わたしは繊細で美しい色遣いが気に入って見入っていた。ところどころに使っている赤がとってもきれい。以前は銅版画をやっていたそうだが、今回は蜜蝋を使って紙に直に描いている。

ギャラリーの山口さんが黒糖焼酎を出してくださったので、飲みながら梅田さんと東京から来られた美術ライターの岡部さんとおしゃべり。お二人は東京感覚という感じでわたしには興味深かった。
近いのだがなかなか来られないなんて話していたら、山口さんはわたしらのブログを読んでくれていて、梅田方面によく行ってはるなんて言いはる。これからはもうちょいと行くようにしなければ。

大相撲千秋楽なので最後のほうだけでもテレビを見ようと、せっかくの堀江なのにお茶もせずにスーパーに寄っただけで帰った。ちょうど三役のところからテレビを見て琴欧州が賜杯を受けるところも見た。晩ご飯は合作でコチの煮付けを中心に日本酒。

2008年05月27日

細野ビル 第6回「66展」が楽しみ

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2003年から毎年行われてきた細野ビルの「66展」が、今年も開催される。今年は6回目ということで特に力が入った企画だと思う。オープニングイベントは6日の6時6分からはじまるから、できたら遅れないように。

イベントの合間や終わってからのパーティも楽しみだ。細野ビルで知り合いミクシィ仲間になった人がたくさんいる。一年ぶりに顔を合わす人もいるし、近所の飲み屋で出会った人もいる。個展をやりはったアーティストさんたちとまた会うのも楽しみのひとつ。

オープニングのイベントの出演者は以下です。
Opening Act(Drum)  近田 和久
Art Live 小澄 源太
Fashion show(Lolita Fashion) 河東 美穂
Accordion Live AZ CATALPA ito 伊藤 梓(Accordion & Vo)

アート展示は、6月6日(金)〜12日(木)〈12;00pm〜8;00pm〉までやっています。

2008年06月06日

細野ビル「2008年 66展」オープニング

第6回「66展」は午後6時6分にはじまった。少し前に会場へ行くとすでにたくさんの人がいる。今日は小澄源太さんのアートライブがあるので、一番前で見たいと思っていたら、うまいぐあいに座れた。

近田さんのドラムがはじまり、白いカンバスに向かった小澄さんが描きはじめる。ドラムの音でリズムをとりながら絵筆が動き指が動き緊張した時間が流れる。40分くらいみんなの目が注がれる中で描ききったのは女性の顔。
わたしが受け取った印象は、頭から血を流し顔にも流れ、目もやられ、黒いベールが肩に落ちている、痛ましくも美しく威厳のある顔。「テヘランでロリータを読む」からの幻想なのだが。

外に出て一息ついていると知り合いと続々出合う。七夕みたいに年に一度の出会いの人もいる。ネットで知り合って初対面の人もいる。

椅子を並べ替えてファッションショーはLolita Fashionデザイナー河東美穂さんの作品。ピンクや白や花模様のひらひらの服や、ゴスロリふうの黒のドレスを着たモデルが歩く。すぐに街へ出ても大丈夫そうなのもあった。モデルがきれい一辺倒でないところがおもしろかった。

また椅子が並べ替えられて、伊藤梓さんのアコーディオンとボーカル。愛嬌があって可愛い人だが、根性もたっぷりある感じ。アンコールが二度もあってもっとというところで終わった。

みんな帰りかねてあちこちでおしゃべりの輪ができている。遅れてきた知り合いとおしゃべりしたり、紹介したり、写真を撮ってもらったり。
外に出るとワインとおつまみが振る舞われて、またおしゃべり。
お天気も良く楽しい夜だった。

2008年06月14日

一年ぶり二度目の京劇「花木蘭(ムーラン)」

去年は6月10日に行ったから、毎年いまごろやることに決まっているのかな。今年も兄の誘いで会場も同じNHKホールである。中国でも屈指の京劇団、瀋陽京劇院の2007年の新作だという。
地下鉄中央線の谷町4丁目で降りて9番出口を上がると目の前にNHKと歴史博物館がある。向こうの方には大阪城とビジネスパークと近いのに異世界が広がる。
プログラムを買ってもらったのを読むと、「花木蘭(ムーラン)」は古くから伝えられた伝説の一つで、何回も改訂されて現在の形になったという。1927年にはサイレント映画でスクリーンに登場、日本では東宝少女歌劇で「木蘭従軍」として上演された。1998年にはディズニーアニメ「ムーラン」となったが、日本では唯一上映されたなかったディズニー映画だそうだ(DVDは売っている)。

北魏は柔然に国境を侵攻されたため、村々の男たちに戦いに参加するよう呼びかける。花家には病の父がいるだけなので、木蘭は悩んだ末に男装して出征する。幼いときから父に武術や狩りを習っていたのだ。途中で馬を商う者がいて、良い馬を先に買ったのが孟鉄剛という若武者。次に木蘭は白馬を買って戦場へ向かう。両軍は国境で向き合いつつこう着状態で10年あまり経ち、木蘭の奇策が成功して木蘭と孟鉄剛はようやく最後の戦いに勝つ。この戦いのさまがすごい。棒が飛び交い、兵士たちはトンボを切ってまわる。音響すさまじく、場内は拍手に続く拍手。
戦い終わって木蘭は家に帰って女性となる。戦場では誰にも疑われずに男装で過ごしていたのだ。孟鉄剛とは義兄弟の間柄となったが、実は恋している。その家に上官の元帥と孟鉄剛が訪ねてくる。元帥の娘が木蘭に恋しているので婿にしたいという。
そこへ出てきたおしゃれした木蘭、孟鉄剛に恋心を告げて、めでたしめでたしとなる。

これ以上のコスチュームはないと思えるド派手な衣装、これ以上はないと思えるアクション、音響は猛々しく華やか。見栄を切るのだって派手で時間が長い。
木蘭(ムーラン)を演じる李静文は華やかな女優さんで「国家一級俳優」。前から三番目の真ん中の席だったので、木蘭が見栄を切るときはこちらをじっと見ているような錯覚に陥った。

4時から始まって2時間ほど別世界で楽しませてもらった。劇場を出たらまだ明るい。
兄と去年入った小料理屋に行って夕食。ビールと日本酒、お刺身やらなんやらたらふくおごってもらっていい気分で帰った。

2008年08月09日

オリンピック開会式

昨日は9時前からテレビの前に座っていて終わるまで座りっぱなしだった。終わったのは1時ごろだったかしら。選手入場のところでは退屈したので、昨日感想を書いた「ヒキガエルとんだ大冒険シリーズ」の5冊目を読んでいた。
終わってから感想を書こうと思ったんだけど、聖火が驚くべきやり方で点火され、とんでもない量の花火が打ち上げられて・・・終わった時点ではあまりの規模のでかさにぼーっとしていた。

思い間違いがあるかもしれないが、記憶していることと感想を書き並べていきます。
最初の太鼓で度肝を抜かれた。2008人の打ち手によって、光を放つ四角い箱形の古式の太鼓が鳴らされる。彼らが叫ぶのは孔子の言葉である。解説者は「友あり遠方より来る」だと言っていたような。その後にどでかい巻物が出てきて両端から広がっていった。紙と筆を作る工程が写真で示され、墨が摺られて山水画が描かれ、その上にモダンダンスのダンサーが踊りながら、身体につけた墨で描いていく。
いろんなシーンがあった中で印象に残っているのは、活版印刷の活字の箱が現れ、活字が上がったり下がったりするのが波のようで、きっとコンピュータだと思っていたら、活字の一文字ずつが細長い箱で中に人が入っていた。
航海のシーンも一人一人が持った長いオールのようなものが、船を表現して海を行くシーンがあり見応えがあった。15世紀に大航海を行った鄭和の物語である。
印刷技術と羅針盤で近代に向かっていったことを表しているようだ。

その他、「紅楼夢」の1シーンのような優雅な女性の舞があり、京劇で人間が演じるのと同じ衣装のあやつり人形が巧みで、それについている音楽が素晴らしかった。その合間にピアノ演奏があり、子どもたちの歌や踊りがあった。会場いっぱいの人たちの太極拳のゆるやかな動きが、さっと速くなるところに魅せられた。

わたしはひねくれて中国革命は表現されへんのかと言いたくなったが、いままでの歴史の結果が今宵のオリンピックやねんなと納得した。オリンピックが決まってここにくるまでの困難が長征であり、それをやり遂げたのだ。出演している青年たちは毛語録ではなく孔子の言葉を叫んでいる。いろんな意味でいまの中国を表現した開会式だった。天安門広場に花火があがった。

2008年09月18日

Session in sunsui 昨日の続き

昨日のDJは特によかったと最近クラブによく行く相方の言葉である。わたしはジャズでも体を動かして聴くほうである。それでよく目立つと言われる。まあ、バーサンがそういう場にいること自体が目立つのではあるが。
DJというのは、音楽のクライマックスをつなげていくので、聴くほうはずっと高揚し続けることになるのだと思う。いつまでも止まらない快感を覚えてしまった。
わたしの音楽&ダンス好き暦は長いから、からだにジンジャー・ロジャースなりシド・チャリシーのエキスがしみ込んでいると思う。それで勝手にからだが動いていると思いたい。照れずに恥ずかしがらずにやらなソン。やっぱり話はここに(笑)。

もうひとつ、昨日ベリーダンスを踊ったmegumiさんは、アーティスト魂が作品だけでなく踊りにもにじみ出ていた。昨夜ずっとなんであんなに色気があったんやろと考えていた結論です。

ビザの方も踊ったのが関節に良かったのかいい感じだ。悪くなっていたら整骨院の先生になんて言おうと思っていたのでやれやれ。

2008年10月04日

細野ビルヂングで「ジェコ・シオンポ プログラム」

細野ビルだしなにげなくおもしろそうと出かけたのだが、ものすごく良くてわたしにとってのアートの秋がはじまったぞと身を引き締める一夜だった。
詳しく書くと dB Physical Arts Festival 【大阪 BABA】「ジェコ・シオンポ プログラム」企画制作・主催:NPO法人 DANCE BOX。今日は第一日目で明日も細野ビルであり、内容が変わってフジハラビル、山本能楽堂と続く。

今日のプログラムは part 1「Tikus-Tikus(ネズミ)」(2003年初演)と「The behind is Front」(新作)。振付/ジェコ・シオンボ 出演/ジェコ・シオンボ、アジェン・スーライマン。
ジェコはインドネシア・パプア州出身でジャカルタ在住、ジャカルタ芸術大学でダンスを専攻してアメリカでヒップホップを学んでドイツに留学。いろいろな国で活躍しているダンサーとのこと。小柄な体を駆使してのさまざまな表現におどろいた。
アジェンはジャカルタ出身で幼時よりダンスをはじめ、ジャカルタ芸術大学でダンスを専攻。素晴らしい肉体の動きを見せるダンサーだ。
二人のダンスのシャープな動きにおどろいた。ふっと「攻殻機動隊」を感じた。具体的な動きは全然関係ないんだけど、ダンスそのものになにか草薙素子的鋭さを感じて、うーんとうなった。えーっと、宇宙的と言ったらいいかな。洗練されたダンスだった。新作のほうは土着的でユーモアがあって余裕があった。それでいてモダンなのだ。ビルの小部屋を利用したりして楽しいダンスを展開した。

休憩があってpart 2「osamu piece」はosamuのヒップホップダンス。テレビで見るか街で見るかしか知らないわたしとしては、こうして人前でのダンスとしてのヒップホップが珍しく楽しかった。肉体がこんなに楽しさを表現するなんて思いもよらなかった。

休憩のあとpart 3「Battle session」は、DJムーディ北村が中央に立ち、ジェコとosamuのダンスバトル。二人ともすごーいダンス力を発揮した。大きなosamuと小さなジェコが代わりばんこに踊るのだが、とてもスリリングだった。

その後はディレクターの大谷さんが中心になってトークがあり9時で終了。
お客さんがいっぱいで、osamuさん目当てかめっちゃおしゃれな女子が多かった。
細野さんに挨拶したら他にも顔なじみがおりしゃべっているうちに、これから打ち上げに参加するようにと誘われた。なにもしていないのに「お疲れさま」と乾杯(笑)。
入るときにもらったパンフレットやフライヤーの中に、〈日野晃による身体表現者に向けたワークショップ+公演「秋塾」〉というのがあり、そのことを言うと、なんと日野さんのお弟子さんを呼んでくれた。大谷さんともお話しして、ちょっと飲んで帰るつもりがそれから大はしゃぎの寄合い場に変貌、最後まで楽しくおしゃべりした。

2008年10月07日

西村公一 SOLO exhibition「39 tomoe」展

夕方から谷町9丁目の「SOHO art gallery cafe」で西村さんの個展のオープニングに行った。西村さんとは今年の6月6日に細野ビルヂングの「66展」で知り合った。いまは画廊になっている地下室の、昔は石炭置き場があったところのドアが彼の作品だった。木のがっしりしたドアがきれいな色で生まれ変わっていた。

今日の個展はそのドアもあり、同じようなドアのような木枠があり、元は障子だった桟が残っているものが4枚並んで展示してある。それぞれグリーン、ブルー、イエロー等の色が塗ってあって、おもしろい趣向だ。
額に入った絵も窓枠のようなものに色がついており、それがみんな優しい色なのだ。

今日はお連れ合いの誕生日ということで、ワインやらケーキやらがあって和やかな雰囲気。お客も先日の心斎橋鰻谷サンスイでのハウスイベントで知り合ったDJのkawaseさんをはじめ、アーテイストの方々で和気あいあいだった。

個展のタイトル「39 tomoe」は、パートナーtomoeさんの39歳の誕生日にちなんでつけたのだと、書いていて気がついた。

2008年10月13日

細野ビルヂング情報サイト 新着情報ほか

昨日は夕方から深夜まで遊んで帰ってからテレビを見てくつろぎ、それからミクシィへいってコメントへの返事やメールを片付け、ブログを書きミクシィ日記を書いたら寝るのは4時近かった。今朝目が覚めたら正午だった。これじゃ昼夜逆転やと思いつつ、内田百けん先生もそうやったでと自己弁護(笑)。そやけどわたしは作家ではなく、社会に向かって仕事してるんやからしっかりせなあかんと反省。

先日、細野ビルヂングへ行ったとき、この秋に開催されるイベントのフライヤーをもらってきたので、私はミクシィ、相方は細野ビルヂング情報サイトにアップするための文字打ちをした。
〈ライブ演奏で独創的な音響を奏でるサウンドアーティストYOSHITAKE EXPEによる、はじめてのサウンドインスタレーション展【音の体験 実験室】の九日間。〉という大掛かりなもので、9日間にわたって行うイベントは、ホールと2階とで行われ、オーガニックな食事も供するという。出演者がすごいので何日か参加しようと思っている。

細野ビルヂング情報サイトには18日に行われる土取利行さんの〈古代音楽レクチャートーク&サウンドデモンストレーション「縄文・旧石器時代への音の旅」〉が載っている。すぐにYOSHITAKE EXPEさんのも入れる予定。

夕食後は遊びにかまけて遅れているヴィク・ファン・クラブの会報制作を少々やって、お茶したところ。今夜もまだまだ眠れない。

2008年10月26日

サントリーミュージアムにて「青春のロシア・アヴァンギャルド」展

081025.jpg地下鉄駅に張ってあったポスターを見ていこうと思った。1999年に開館したモスクワ市近代美術館の所蔵展ということである。
雨の日曜日の夕方だったので人が少なくゆっくり見られた。サントリーミュージアムにははじめて行ったが、毎日7時半までやっているのがわかった。これからは見たいと思ったら行こう。地下鉄で4駅、30分で行けるのだから。

革命の1917年をはさんむ10数年間がロシア・ヴァンギャルドの青春と重なった。2004年に行った芦屋市立美術博物館の「幻のロシア絵本1920-30年代展」では、その時期、理想に燃えたアーティストたちが素晴らしい絵本を残しているのを見ることができた。
その後に分厚い「ソビエトの絵本 1920-1930」(1991年リプロポート発行)を手に入れている。
こどもの本といえども素晴らしいものなのだけれど、絵本ばかりでなく絵を見たいと思っていたので今回はうれしかった。

そして今日、絵が展示されている後ろの壁にはロシア革命時の映像が繰り返し映し出されていた。「革命だ!」と字幕が出るサイレント映画の画面にみとれた。フィルムには革命する側の迫力がみなぎっていた。
ロシアが1917年の革命によりソヴィエト連邦となり、その時期が青春だったり活動期だったアーティストにとっては、自分の青春と国家の青春が重なるという幸福な時代だったと思う。そしてスターリンの時代になり社会主義リアリズム一辺倒の時代になっていく。絵に力がなくなっていった。

展示は5階に「西欧の影響とネオ・プリミティヴィズム」主に1910年代の作品が展示され、4階に降りると、「見出された画家ピロスマニ」「マレーヴィチと抽象の展開」「1920年以降の絵画」だった。そして特別出品として書籍が4点あった。

特にグルジアで活躍したニコ・ピロスマニの実物が見られてよかった。画集でも感心して見ていたのだが、実物を見ると何倍も素晴らしい。絵の前のベンチに座りこんで見ていた。ひとことで言うと素朴なのだが、こんなに奥深い孤独そして素朴な絵ってほかに知らない。

そしてカジミール・マレーヴィチの「農婦、スーパーナチュラリズム」その他の1920年代はじめまでのがよかった。8点の作品があったけれど後期の作品はさびしい。
エル・リシツキーの作品も見られてよかった。

わたし的に好きな作品はイリヤ・マシコーフ「扇のある静物」、テーブルの上に広げた扇と果物がいっぱいある静物画。しぶい赤と青の色彩がきれい。

2008年11月03日

millibar GALLERYにて「絵描き小澄源太の初写真展『超日常 外と家(うち)』」

小澄源太さんは細野ビルヂングの「66展」で、一昨年と今年とライブ・ペインティングをやられて見る者に強烈な印象を残した。ドラム演奏をバックに40分ほどで、大きな絵を仕上げられた。描いている間中ずっと緊張して見守っていたが、描いている姿がカッコよくて惚れ惚れした。描かれた女の顔は謎に満ちて美しい。

その小澄さんの写真展を見るべく、夕方近くに本町のmillibar GALLERYで明日までやっている「絵描き小澄源太の初写真展」を見に行った。
入って左側の壁には「外」と分類された写真があり、右側には「家(うち)」と分類された写真が展示されている。

あんまり街へ出ることがないのでミナミに出ると珍しくてと、ミナミの街角の写真がいろいろとある。その切り口が尋常でなく絵描きの目で見た写真だと思った。裸になってシラミをつぶしているホームレスのおっちゃんの姿がいい。大阪や東京のいろんな風景、いろんな人間たち。写真が氾濫している世の中にいて、これだけ突出した写真にぶつかった幸運に感謝だ。

「超日常 家(うち)」の写真は、家族や犬や猫や生活風景が主なのだけど、やっぱり「超日常」の日常生活である。自分の家族をあらわにすることを厭わない芸術家の覚悟があってこその写真だと思った。不思議に神秘的な古そうなものの写真があったので聞いたら石切神社だった。そこで石切さんが好き談義(笑)。

見終わってから小澄さんが作品についていろいろと話してくださった。こうして親しく話せるのも、細野ビルヂングの縁なんだと改めて感謝である。

2008年11月25日

天音堂ギャラリーにて「マガリ・レオナール展」

南堀江の画廊「天音堂ギャラリー」はいつも行く整骨院を南へ5分のところにあるのだが、帰り道の反対になるのでなかなか行けない。
今日はお知らせを送ってもらった「マガリ・レオナール展」を見に会期中の早めに行ってきた。

マガリ・レオナールさんはフランスの女性である。絵はがきの絵がステキだったので実物を見たくなった。
絵は女性が描いたものだと感じさせる繊細さがあり、抽象画だけど画面の中に女性の顔や恋人たちが垣間見える。「これは山火事?」と言った人もいるという、見ようによっては山火事のような赤い山のようなものが背景にあるのもあっておもしろい。
和紙のような紙に描いたものや簡潔な小品が気に入った。エディット・ピアフのシャンソンのような絵、というのは、彼女がピアフのCDを見せてくれたから思ったのだが。

画廊には関係者らしい人やデザインを勉強中の学生などが居合わせて賑わっていた。堂守の山口さんにレオナールさんを紹介していただいた。小柄な気さくな人である。堂守さんのパートナーで画家の山口ひろみさんもちょうどいらして少し話をした。(天音堂画廊にて11月30日まで、午後2時〜7時〈26・27休廊〉)

2008年12月01日

大阪歴史博物館「江戸と明治の華」(皇室侍医ベルツ博士の眼)

大阪歴史博物館はなんとなく遠い感じで行ったことがなかった。京劇を観るのにNHKホールにはじめて行ったとき隣にあるのを知った(笑)。うちからは地下鉄で阿波座駅から東へ3駅の谷町4丁目という近さなのに。
駅を上がるとこのあたりは広い。お城があり、紅葉が見られるし野原もある。ここも大阪なんだ。

特別展は6階だが常設展があるというので10階まで行ってみたのだが、これがすごい展示でびっくり。古代から中世そして江戸時代の大阪のさまざまがわかるようになっている。
建物の東側から外が見渡せるようになっていて、10階からは真っすぐ前に生駒山、右のほうになんとまあ二上山が見えた。見下ろすと大阪城と公園である。空気が澄んでいるのでことのほかよく見えたのだろう。
10階から9階まではエスカレーターに3回乗る。それだけ天井が高いのね。何度かエスカレーターに乗ってようやく6階の特別展にたどりついた。

細かい細工の工芸品に見とれた。螺鈿の箱や小机、陶器や漆器のここまでやるかというような色と形、象牙細工の小物、花の絵が描かれたり刺繍されたりの着物、ユーモアたっぷりの絵、江戸と明治の職人芸の素晴らしさがこれでもかとせまってくる。
谷文晁の葡萄を描いた掛け軸もあった。岸連山「春草猫図」が気にいった。河鍋暁斎の絵をたくさん見られてよかった。

ベルツ博士(1849-1913)はドイツの医師で、1876年に来日してから27年にわたって東京大学で医学を教え、退官後は皇室の侍医を勤めた人である。日本に滞在中にたくさんの美術品(絵画、陶磁器、漆器、金属工芸)を蒐集した。現在「ベルツ・コレクション」はドイツのリンデン民族学博物館に収蔵されている。

2008年12月10日

亀井郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」

ロシア・アヴァンギャルド (岩波新書)2004年に「幻のロシア絵本1920-30年代展」を見て目録を買い、「ソビエトの絵本 1920-1930」(1991年リプロポート発行)を買って、絵本ではあるがロシア・アヴァンギャルドの一端にふれて興味を持った。そして10月にサントリーミュージアムで「青春のロシア・アヴァンギャルド」展を見た。

知識がばらばらで画家の名前もええかげんな覚え方で、マレーヴィチの絵を見ても美術館の説明文を読んだぐらいではどうしようもない。特にロシア・アヴァンギャルドの場合は時代と政治を知らねば「この絵であること」の意味が理解できないことがわかった。
それで、遅まきながら今回「ロシア・アヴァンギャルド」(1996)を読んで、絵だけでなく文学や映画についても教えてもらった。美術館へ行く前に読んでいれば理解できたことがたくさんあったと思う。もう一度絵を見たいと思ってもままならぬのが悔しい。

20世紀初頭のヨーロッパに巻き起こったアヴァンギャルド芸術運動。同時多発で西はパリを中心としてミラノ、チューリヒ、ベルリン、ロンドンの各都市で若い芸術家たちが立ちあ上がった。一方、東の中心はモスクワで起こり、後にロシア・アヴァンギャルドと呼ばれる。アヴァンギャルドのスローガンは「芸術に死を!」であり、いままでの芸術のありかたを根本から覆すものだった。【絵画をカンバスの十字架から引きづり下ろし、詩を意味不明なアルファベットの羅列に変え、舞台からフットライトの仕切りを取りはらい、音楽を調性や和声のヒエラルヒーから解き放つこと。】貴族やブルジョワジーを楽しませるものを破壊する行為だからアヴァンギャルド(前衛)と名付けられたのだ。

文学、美術、演劇、音楽、映画、建徳、批評、の分野で決定的な役割を果たした人たちの名前が記されているのだが、彼らの名前が西側に知られていないことについても書かれている。第一はロシアが西欧と遮断されていたこと、第二は母国ソ連によって継子扱いされてきたこと。
本書は1917年の10月革命をはさんだ約30年にわたったこの運動の歴史を解き明かしていく。革命の青春からレーニンの死へ、スターリンの圧政の政治によって崩れていく運動と抹殺されていく芸術家の運命。

スターリンの死後の雪解けでもアヴァンギャルドは置き去りにされた。タブーが解かれたのは1979年にパリで催された「パリ・モスクワ」展だった。
【歴史の皮肉といおうか、ロシア・アヴァンギャルドの復権がようやく本格化しはじめた矢先に、ソビエト連邦が崩壊し、多くのアヴァンギャルドがかつて限りない夢を託した基盤が根源から崩れ去った。】(岩波新書)

2009年02月02日

亀山郁夫「磔のロシア——スターリンと芸術家たち」

磔のロシア―スターリンと芸術家たち10月に「青春のロシア・アヴァンギャルド」展を見てから、ロシアが気になっていたところへ、トム・ロブ・スミス「チャイルド44」上下がVFCサイトの「ミステリ散歩道」で紹介されたので11月に読んだ。次いで、12月に亀山郁夫の「ロシア・アヴァンギャルド」を読んだ。
主として美術に向かっていたわたしの関心が、その美術を生み出したロシアとソ連の社会に向かい、次いで「ロシア・アヴァンギャルド」を書いた亀山郁夫の大著「磔のロシア」を読むことになった。

本書の「はじめに」にはこう書かれている。最初に【本書は、二十世紀ロシアとりわけスターリン時代に生きた芸術家たちの受難とサバイバルの記録である。】、最後に【芸術家の血と涙の結晶であるそれらのテクストに独裁者は陰の共作者ともいうべき役割でおのれの遺影を写し出しているからだ。芸術とともに生きのびる独裁者——、本書が、大いなる独裁者とテロルの時代の文化を経験しなおす一つの手引書となれば、それはそれで意味ある仕事と呼ぶことができるだろう。】
「はじめに」を読んだだけで「すごー」と思い、アタマを引き締めて読みにかかったのだが、芸術家たちの抵抗のしかたがあまりに切なくて、途中で挫折してしまった。図書館の本だから読まねばともう一度借り直して全部読んだ。自分の本ならまだ置いたままのはず。

取り上げている芸術家は、作家ミハイル・ブルガーコフ、詩人オーシフ・マンデリシターム、詩人ウラジミール・マヤコフスキー、作家マキシム・ゴーリキー、作曲家ドミートリー・ショスタコーヴィチ、映画監督セルゲイ・エイゼンシテインの6人。
ブルガーコフは名前だけ知っている。マンデリシタームは名前も知らなかった。マヤコフスキーは有名な詩人だけど読んでいない。ゴーリキーは若いごろに俳優座か劇団民芸で「どん底」を見て感激したことがある。主題歌「夜でも昼でも牢屋は暗い」を歌える。ショスタコーヴィチは交響曲を聴いたことはあるけど、とたよりない。エイゼンシテインは「戦艦ポチョムキン」しか見ていないので、せめて「イワン雷帝」のビデオが図書館にあるので借りて見ることにしよう。

この6人の生死のカギを握っているのがスターリンだ。彼らがどんなに二枚舌で逃げ切ろうとしても、スターリンは察してしまう。「隔離すべし、ただし保護せよ」という命令を出す、そして芸術家に求めたものはスターリンと同じ夢を見ること。独裁者スターリンという人はものすごく芸術がわかる人だったのだ。わかり方が自分勝手なだけなのである。そして芸術家たちは追いつめられた末に自殺するか病死するか銃殺されるか出口なし。そして、皮肉にも彼らが残した文学作品や映画の陰にスターリンが宿っている。(岩波書店 2002年発行 6400円+税)

2009年02月27日

細野ビルにて「FOOT PRINTS VOL.1」

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「Jazzを心に “音が聴こえる” ような生命感溢れる絵を描く新進気鋭のペインター」とフライヤーにあったので、バックに流れるDJともどもどんな感じかなと楽しみに出かけた。出演は、ライブペイント / NOVOL,、DJ / MURO、アコースティックライブ / 福原タカヨシ。

5時からだったが始まりが遅れて、わたしが6時に行ったのがちょうどよかった。ホールにはNOVOLさんが描いた力強い絵が数枚貼られていた。こんな絵を目の前で描くのか、期待が高まる。
長時間だから椅子がところどころにあるのがありがたい。結局一番前で座ったままで過ごした。DJのMUROさんが目の前でプレイしている。DJブースでなくて平面なのでよく見えたのがよかった。
ときどき「さくら」「銀座カンカン娘」その他の日本語のレコードが入る。けっこうその歌が長くかかるのでちょっと違和感を感じたけど、昭和初期に建ったビルに対するサービスだったのかな。
DJの音を道連れにタタミ2枚くらいの大きさの白いカンバスに絵が描かれていく。とてもエキサイティングだった。大きく描いた人物の余白が最初はカラフルな色に塗られていたのを、突然黒く塗りつぶし、靴を脱いで靴の底に絵具をなすりつけて捺していく。3時間近く休みなく描いて完成した。
その後に歌があったが、寒かったのでそこそこで帰ってきた。

2009年06月06日

細野ビル 66展VII オープニングイベント:素敵なあなた

もう7回目となった細野ビルの66展。開始の6時6分にはたくさんの人たちが集まっていた。
テーマの「素敵なあなた」は細野さんが好きなスウィングジャズの名曲で、今回はすごい豪華メンバーによる演奏となった。

●小澄源太 + 豊田奈千甫
小澄源太さんのライブペインティングは3回目になる。
豊田奈千甫さんの波のような暴風雨のようなノイズサウンドに合わせて、1時間半かけて横160cm×縦260cmの大型キャンパス3枚の絵が仕上がった。
最初、音楽がはじまって、絵筆を持った小澄さんがキャンバスの前に立っていて、何秒かしてぱっと踏み台に飛び上がって一筆目を描いたときの緊張感がたまらなかった。1時間半の間、みんなじっと見ていた。
女性と男性がテーマで、セクシーではあるが、緊張をはらんでいる。女は飛び立とうと決めて羽を広げているが、男は気がついていない?

●AZ catalpa ito + REN
ラテン、ジャズ、エレクトロミュージックのAZ catalpa ito(Vocal and Accordion)とワールドミュージック・グループAccovioのREN(Violin)の演奏。
AZさんの歌とアコーディオンを聴くのは3度目かな。小柄な可愛い女性だがものすごい根性がある。お友達のRENさんのバイオリンが入っていい感じだった。

●King Columbia
1930年代から50年代にアメリカで流行したスウィング・ジャズをベースに演奏するバンドのライブ。楽しくのせてくれた。ジャズは楽しくやって楽しく聴くものだと思わせてくれる。

●最後は「素敵なあなた」
ベニー・グットマンの名曲を King Columbiaの演奏にAZ catalpa ito のボーカルとRENさんのバイオリン、もう一人クラリネットが入り、そこへの鞍掛綾子さん(GAGA/JAPAN コーディネーター)のダンスが加わって、素晴らしいものになった。

○オープニング・イベントは終わりましたが、作品の展示は6月12日までやっています。

2009年06月10日

細野ビル 66展VII  画廊(2階と地下室)の展示

6日にはオープニングイベントがあった細野ビルヂングへ、今日は画廊に展示されている作品を見に行った。ホールには小澄源太さんがオープニングイベントで描かれた絵が展示されていた。白いボードに描かれていった過程を見ていただけに、出来上がりを見るとなんか懐かしいような気持ちになる。すごい興奮の1時間半だった。

今日は梅雨寒という感じだが、地下室に入るとそれ以上にひんやりとした空気に包まれた。ちょうど作品を出している山岡里花さんがいて自作を説明してくれた。さまざまな取っ手のついた陶器の湯のみが100個くらいある。湯のみを顔として取っ手が体だったりするユーモアあふれる作品。
わたしが気に入ったのは、たつみさちよ(SACHI)さんのコラージュ「カタコト」。ブルーが基調の落ち着いておしゃれな作品だ。
MOTOMEさんの「THE BAG」も気に入った。かたちと大きさはそのまま提げて歩けそうなバッグ数個が和紙のような紙で作ってあり、中に明かりが灯っている。

ホールへ降りて細野さんとおしゃべりし、オープニングイベントのDVDを見せてもらった。優雅な雨の午後だった。

2009年07月27日

いずみさんの世界 atelier funny apartment

午後、雨があがってからお招きを受けていたいずみさんの atelier funny apartment へ行った。新町1丁目の古いビルの3階はしっかりと「いずみワールド」になっていた。長いことかかってご自身でやってきた部屋の改造ができあがったのだ。
天井は取り払ってあり壁と同じく白い。白い棚と机と衝立て。すっきりとしていて、可愛い絵や写真が引き立っている。
今日の展覧会のテーマは「雨上がり」。楽しい作品が寄せられている。

いずみさんは写真家で、彼女が細野ビルで友人といっしょに3人展をやったときに知り合った。「3人のコラージュのようなアトリエ」には写真と花と陶芸の3人の作品が展示されていた。細野ビルの2階の画廊がほんとに女の子らしくて素敵になっていて、そのセンスに感心した。
それからは細野ビルの66展で年に一度会うくらいだった。
最近、ビルの一室を借りて一人で大工仕事やペンキ塗りをしているのをブログでずっと読みながら、できあがったら見に行きたいなと思っていた。

静かな午後をハーブティをいただきながら、おしゃべりにひとときを過ごさせてもらったが、いい空間なのでとっても気分良く過ごせた。つい長居してしまったわ。

場所は新町1丁目の長堀通りから一筋北の道、1階にイタリアンレストランがある。夜は8時まで開いているので、行ってみたい人はわたし宛にメールをください。詳しい場所を教えます。

2009年08月28日

近所で遊ぶ—カフェと雑貨店のギャラリー

昨日の夜はネットがつながらないので、新町1丁目のカフェPANORAMAへ遊びに行った。ビールとビーフストロガノフがよくあってうまかった。それと田舎から送ってきたという野菜のサラダと茹で栗も出てきた。

この前来たとき手芸部のみなさんがミシンを使ってそれぞれTシャツを縫っていた。23日に展示パーティをやったそうで、そのTシャツがまだ置いてあったので見せてもらった。それぞれステッチやアップリケや襞やボタンやリボンや刺繍や賑やかなTシャツたち。切りっぱなしだったり、和服の帯地がぐるっと裾にあったり、編んだのもあり。楽しいものばかりだった。またその展示のしかたがアート。

今日は整骨院の帰りに〈雑貨★ギャラリー オソブランコ〉に寄った。いつも前を通っているけど小さいビルの4階なので敬遠していた。今日は「A3の可能性 クリエイターズペーパー展」がいいとブルボンさんに聞いていたので否応無しに階段を昇った。2階の踊り場に「ここが5合目、もうちょっと オソブランコ」と小さな看板があった。そうか5合目まできたかと昇る元気が湧く(笑)。
ギャラリーの展示は楽しかった。たくさんのクリエーターによるA3に描いた絵や図を楽しんだ。それを封筒にしたりノートの表紙にしたりと工夫したものもあった。(8月31日まで)
それ以上に楽しかったのは雑貨で、ついつい犬のバッジと絵はがきを買ってしまった。犬はベルリンで仕入れたとのことで、すごく気に入った。まだ欲しいものがたくさんある。3年間整骨院へ通う間前を通っていて入らなかったのが残念(笑)。

それから阿弥陀池筋へ出て〈雑貨店OMIYAGE〉へ。隣の〈RAS HAIR〉で「松川洋三郎展」をやっている。麦わらで作った「ヒンメリ」というモビールがたくさん天井から釣り下がっている。風に揺られてゆらゆらしてロマンチック。数冊のクリアホルダーには精巧な切り絵がたくさん。どっちも希望者にくださるそうだが、もう予約済みで、小さなモビールをひとつ頂くことになった。アイヌ模様と猫の切り絵をもらって帰った。お店で買ったのは薔薇模様の琺瑯の器。(8月30日まで)

2009年10月24日

大阪市立美術館「道教の美術」を見てきた

地下鉄の駅に置いてあったフライヤー「道教の美術(TOISM ART)」がオシャレなせいか見たくなり、早くからいこうと思っていたが、ふと気がつくと明後日でおしまいだ。あわてて昼ご飯後に駆け込んでざっと見てきた。天王寺は遠いような気がしているが、さっさと行けば美術館まで40分くらいで行ける。
出かけたものの、昨日の夜中までエルサレムに夢中だったので、すぐに道教の勉強は無理だ。昔タオイズムという言葉に惹かれて本を読んだことはあるのだが忘却の彼方である。フライヤーにある【日本初!浦島太郎もえんま様も、安倍清明も織姫・彦星も・・・みんな道教がルーツだった!】をたよりに会場に入った。

なにかよくわからない不思議な世界が広がっていた。出品物がすごく多い。絵や書や像がたくさんある。観客も高齢者を中心にたくさんいて熱心に見入っている。頭にエルサレムの残像があるせいか、もひとつ集中できなかったのだが、牧谿筆「老子像」(13世紀 岡山県立美術館)はすごいと思った。一番気に入ったのは、「焔口餓鬼図」(京都六道珍皇寺)で、ものすごくユーモラスで笑える。絵はがきを買ってきたのをいまも見ながら笑っている。北斗七星が印された聖徳太子のものという剣(四天王寺)もあった。展示物の時代がものすごく長い。ずっとのちの山本芳翠「浦島図」(1893 岐阜県美術館)に不思議な魅力を感じた。

蒔絵の箱があったがその模様が好みではない。たいていは蒔絵や螺鈿の箱を見て感嘆するのだが・・・うーん、今日は美術を見に来たのではなかった。これからすこしタオイズムのお勉強するか。
(10月25日まで 大阪市立美術館)

2009年10月31日

細野ビルヂングに「秘密の花園」 彼女たちのパフォーマンス

11月1日までやっている[「「ヨウコソ...」花・音・香り・写真・時代のモノ。五感で感じる空間へヨウコソ・・]のライブイベントに行った。
ホールに入ると本棚の前にとてつもない大きさの花のオブジェがあった。冬をイメージしたような茶っぽい花の枝が中心にある木々にいっぱいついている。すげーっと思わず感嘆の声をあげてしまった。花の前の席に座ったら目の前には道ばたの感じでシダや葉っぱが雑草風に並んでいる。ここを過ぎて秘密の花園のドアの前に出るのね。勝手に「秘密の花園」と名付けている(笑)。秘密の花園のドアはこういうふうに枝や草に隠されていたとまた勝手に思うのであった。

黒いドレスの女子4人が並んで挨拶のあと音楽がはじまった。小坂晋六(Soprano saxophone & Guitar)、志水大祐(Percussion)、大原蓮(Violin)、中嶋寄恵(Violoncello)の演奏があり、ひといきついたとき、彼女らのパフォーマンスがはじまった。木の枯れ枝っぽいのがどんどん捨てられる。別に置いてあった大量の花や葉や実の枝が4人の手によってどんどん挿されていく。足もとには枯れ葉がいっぱい撒かれた。葉も花も実も枝も輝いて生命の木のようなオブジェとなった。そして作品からは植物の香りが漂ってきて、幸福な気持ちになる。

彼女たち(写真:Tomoko Ueno、音:Miki Bamba、香り:Kaori Matsumoto、空間コーディネイト/時代のモノ:Miyuki Yoshimura)の素晴らしいパフォーマンスに見惚れた。
作品は11月1日まで細野ビルヂングのホールにあります。昼の光の中で見るともっといいかも。地下室も2階の展示も楽しいです。
(11月1日まで pm 12:00 ~ pm 8:00)

2009年11月26日

みうらじゅんマガジン「Butuzo Rock」(仏像ロック)

みうらじゅんマガジン vol.2 仏像ロック美しい仏像写真にかぶせた文字、上の方ではButuzo下の方ではRockから炎があがっている印象的な表紙に惹き付けられた。開くと坂本万七による阿修羅像の三方からの写真。ページをめくると大きな文字で
【・・・そもそものモデルが釈尊であり“ 空 ”を悟り衆生を救う超人に成られた姿を表現しているからです。そのカッコ良さを僕は“ 仏像ロック ”でより多くの人に伝えたいです。】
とある。目次には空也上人像が横顔で立っている(六波羅蜜寺にあるこの像わたし大好き)が、写真の置き方がポップだ。その次のページからは土門拳、岡本太郎、井上博道、藤本四八、坂本万七ほかの仏像写真をロックミュージシャン等の写真とをアレンジしてあるのが、不思議に合っていておもしろい。

そしてあっと驚いたのは、小学二年からやっていたというスクラップ。通称スクラッパーだって。怪獣からはじまって、四年生のときに仏像へ。最初は密教仏の異形さに光を見て、それから地元京都から奈良や和歌山の仏像を訪ね、せっせとスクラップ帳に貼ってきた。そのスクラップ帳を写真に撮っているのだが、すごいもんだ。写真、入場券などが貼ってあるのだが、説明文がすごい。つい細かい文字まで読んでしまったが、読みやすい字、要を得た文章には感心するのみ。
真ん中にカラー写真の秘仏袋とじ「秘仏拝観所」があって、秘仏の写真がある。昨日書いた、浄瑠璃寺吉祥天のほか4体。

今年は阿修羅像が興福寺に戻ってきていて11月23日まで見られたらしい。毎日たくさんの人が訪れたと聞く。わたしは興福寺でも美術館でも何度も見ている。強かったときの千代大海が阿修羅像に似ていたのを思い出した。
(白夜書房 2007年 1714円+税)

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