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サラ・パレツキー アーカイブ

2004年10月07日

サラ・パレツキー「ブラック・リスト」

待ちに待った「ブラック・リスト」。読み出したら物語に入りこんで猛スピードで読み進んだ。いつものことだが、ゆっくりと噛み締めて二度目を読む。いまはその途中である。
40歳になるあたりでヴィクが疲れを口にしだして、実は、わたしら読者はヴィクの今後はどうなるのか心配していたのだ。ヴィクは頭脳と経験を生かし、若い者が体を張ったらどうかなんて考えたこともあるが、それじゃヴィクではない。ここまできたら這ってでも闘ってもらいたい。
今回は疲れているけど、疲れたと言っている暇はないとばかりに走り回るヴィクがいる。ジャーナリストである恋人のモレルはアフガニスタンにいる。
サラ・パレツキーはニューヨーク貿易センタービルへのテロ攻撃以後、アメリカについて、また世界について深く考えたのだと思う。人々が恐怖に陥って思考を停止したかのような時期に、正気で腰を据えて考え抜いて書いた作品だと思う。
また、ヴィクがしっかりと非抑圧者の側についた行動をし、また軽口では富める者の生活と貧しい自分の生活を対比させるのも、いままで以上である。
サラ・パレツキーはハメット以来の真のハードボイルド私立探偵小説作家だということを、「ブラック・リスト」でわたしたちに証明してくれたと思う。

2004年11月10日

サラ・パレツキー「ブラック・リスト」が2004年ゴールド・ダガー賞を受賞

9月末に翻訳が出たばかりのサラ・パレツキー「ブラック・リスト」が、英国推理作家協会(Crime Writers' Association =CWA)の2004年ゴールド・ダガー賞を受賞したと、昨夜遅く木村二郎さんからお知らせをいただきました。
他の5人の作家とともにゴールド・ダガー賞の候補になっていることを、先日「海外ミステリ通信」号外で知って、サラ・パレツキーになりますようにと祈っておりましたが、受賞が決まってほんとうにすごくうれしいです。
わたしは他の候補作品を読んでいないので比べることはできませんが、「ブラック・リスト」はゴールド・ダガー賞にふさわしい内容の素晴らしい作品だと思います。このページの10月7日に簡単な読後感を書きましたが、ハードボイルド私立探偵小説として、ハメットを継ぐのはサラ・パレツキーであると確信を深めました。
英国推理作家協会(CWA)はミステリ関係の著書がある者を正会員とし、賛助会員も出版業界関係者などのプロに限っている権威ある会です。毎年発表されるミステリー作品から選ばれるゴールド・ダガー賞(Gold Dagger)、シルバー・ダガー賞(Silver Dagger)があります。
サラ・パレツキーは1995年に「ダウンタウン・シスター」でシルバー・ダガー賞を受賞しています。今回は2002年の「カルティエ・ダイアモンド・ダガー賞」に続き三度目の受賞です。トップページにもいれましたから見てくださいね。
ダガー賞についての詳細はCWAのサイトをごらんください。

2006年01月18日

ようやくサラ・パレツキーのコミュニティ

ミクシィ(mixi)〈日本初のコミュニティエンターテイメント・ソーシャルネットワーキングサイト〉に入ったのは、去年の7月だ。ここに入るのには会員の紹介が必要なので、何人か知り合いはいたんだけど、いちばん若い美容師のIくんに頼んで入れてもらった。それ以来、はまってしまい、毎日何度ものぞいている。日記も簡単ながら毎日書いているし、せっせと友だちのところへ行ってコメントを書いている。誘って入ったもともとの知り合いよりも、ミクシィを通して知り合った若い人との交流がおもしろい。
ミクシィには〈マイミク〉という友人関係の場と〈コミュニティ〉というのがある。〈コミュニティ〉には、いろんなカテゴリーがあって、びっくりするほどの数がある。ちなみに、いまのわたしのマイミクは26人で、入っているコミュニティは46である。どちらも全体から見ればうんと少ない。
さて、今日は懸案だったサラ・パレツキーのコミュニティを発足させた。検索で〈サラ・パレツキー〉を探したんだけど、出て来なかったんだよね。やっぱり、わたしがやらなきゃ誰がするんだってこと(笑)。
紹介文がなかなか書き始められなかったが、書き出したら他ならぬサラ・パレツキーのことだ。さっさと書いて出発させた。メンバーのトップバッターはブログ「KAZUN's Show Case」のkazunさんである。

2006年06月07日

サラ・パレツキー「ブラック・リスト」

ブラック・リスト サラ・パレツキーあと3日で新作「ウィンディ・ストリート」(原題 Fire Sale)が読める。その前にもう一度「ブラック・リスト」を読んでおこう。
9.11以後のアメリカの様子はテレビや新聞・雑誌のたくさんの記事で伝えられ、あれっと思うような人までが愛国者になっていた。いまでは驚くようなことが数年前のアメリカで語られ支持されたのだ。サラ・パレツキーはその空気の中を正気で生きてきた。本書を読めば柔軟な思想と堅固な意志を持って生きている人だと理解できる。
ヴィクの恋人フリージャーナリストのモレルはアフガンに取材に行ったままである。その身を案じてヴィクは眠れない日々を過ごしつつ、仕事に熱心に取り組むことで気持ちをまぎらわしている。そこへ金融関係の調査依頼先ダロウ・グレアムから、いつもの仕事でなく母親の屋敷付近で不審なことがあるので調べてほしいと依頼があった。ダロウの母ジェラルディン・グレアムは「ER」のカーターの祖母を思い出させる、大金持ちで尊大な人だが、過去に大きな傷を負っていた。息子のダロウの苦しい過去も明かされていく。
ヴィクが屋敷のまわりを調べると池に黒人男性の死体を発見する。殺されたのは優秀なジャーナリストだった。男性の家族から調査を依頼されて調べ始めると、ダロウから母親の調査から手を引くように指示が来る。また調査中に無人の屋敷に金持ちの少女がエジプト移民の少年をかくまっているのも発見する。
複雑に絡み合った過去と現在、50年代赤狩りの時代と現在の愛国者法をからませて、ヴィクが愛国者法で逮捕されかねない状況が描かれる。遠い赤狩りの時代、その時代に生きた人たちの愛と憎しみが、いま現在につながってくる。(早川書房 2200円+税)

2006年06月22日

サラ・パレツキー「ウィンディ・ストリート」読了

ウィンディ・ストリート サラ パレツキー最初のシーンからクライマックスのよう。ヴィクは土手の途中までおりたところで閃光を見て体を伏せる。そして悲鳴もあげられないほどの激痛を肩に感じる。目の前の工場が燃えている。ヴィクは工場主ザマーがそこにいるはずと必死で錠を開けようとするが、気がついて携帯で911に電話する。消防の男たちに助けだされて指令車の助手席に座ったとき、「ミズ・W。何やってんだ、こんなとこで」とコンラッドの声がした。ああ、なつかしいコンラッド、昔のヴィクの恋人である。
コンラッドが家まで送ってきて話を聞こうとする。彼はサウス・シカゴの警邏隊長になっており、火災があった場所は彼の管轄区域だ。サウス・シカゴを離れて25年にもなるじゃないかと言うコンラッドに「・・・この街ではね、生まれ育った場所が生涯ついてまわるの」と答えるヴィク。
ヴィクがサウス・シカゴに行ったのは、母校の恩師で高校の女子バスケット部のマクファーレンコーチが病気になり代わりを頼まれたからだ。バスケット部員の生徒に、母親が働く工場がいやがらせにあっているのを調べてほしいと頼まれる。その工場を調べはじめたところで、頼んだ母親に圧力がかかり手を引いてくれと言い出す。なにがあったのかヴィクは調べずにはいられない。
一方、地元の大企業にバスケット部への寄付を頼みにいくと、社長の孫息子が好意を持って当たってくれるが、会社幹部には無視される。
ヴィクは自分がそうであったように、少女たちがバスケットで奨学金を受けて大学に行くことで、貧しさから抜け出す道があることを教えようと思う。そこでの火災と怪我である。
恋人のジャーナリスト モレルはアフガンで銃弾が当たって重傷を負い、シカゴにもどって療養している。そこへ昔からの友人の女性ジャーナリスト マーシナがやってきて泊まりこんでいる。マーシナはサウス・シカゴを取材したいとヴィクに同行するが、華やかで人に接するのがうまく少女たちの関心も得るし、ヴィクは自分の嫉妬心に悩まされる。マーシナはバスケットの生徒エイプリルの父親ロメオから話を聞くと言って彼のトラックに乗り込み関係を持つ。
やがて殺人事件がおき、マーシナがまきこまれる。マーシナの匂いを追って愛犬ミッチが大活躍するシーンもある。
今回はコントレーラスさんもよく登場して元気のよいところを見せる。モレルの傷がだんだん癒えてきているようでよかった。コンラッドはイヤミも言うけど、いままでの他の警官ほどでないし、ヴィクをちゃんと認めているからよかった。モレルとコンラッドとコントレーラスさんがヴィクの部屋で話をするところがおもしろかった。
最後にダロウからバン1台分の花が贈られたところは泣けた。「きみがまだ死んでいないと知って喜んでいる。ダロウ」だって。
それからうれしかったこと。ヴィクはiBookを使っている。しかも「わたしのマック」と言っている。ふふふ。

2006年12月12日

サラ・パレツキー「ガーディアン・エンジェル」とイラスト"One Scene"

ガーディアン・エンジェル サラ パレツキーヴィクシリーズのワンシーンを描いた「Mina's Gallery "One Scene"」がおもしろい。本の中の気に入った1シーンの絵なのだが、その選択がユニークなのだ。そして、わたしの好きなシーンが多い。今日はMinaさんの絵を見て本を出し「あ、ここ、ここ」とほくそ笑んだ。
サラ・パレツキー「ガーディアン・エンジェル」の208ページ。ヴィクは2人の男につけられている。バスと高架鉄道で引き返すことも考えたが、〈ベルモント・ダイナー〉に飛び込む。ランチタイムは過ぎており店は空いている。ウェイトレスのバーバラがヴィクの好みのものがあると言うが、「今日はパス。わたしに少々興味を持ち過ぎの男性二人につきまとわれてるの。裏口から逃がしてくれない?」そのとき男が店に入ってくる。「まかしといて、ヴィク」バーバラが裏口へ出してくれ、ヘレンが男の真ん前にアイスティーのピッチャーを落とす。ヘレンが謝ってズボンを拭くと言っているうちにバーバラがヴィクを押し出す。
わたしはその後が好き。ヴィクは礼を言って「遺言状を書くとき、みんなのことは忘れないわ」と言うと、バーバラはヴィクの肩甲骨の間を強く押して「それから、おべっかはけっこうよ。遺すものなんかないことは、みんなが知ってるから」。ここはヴィクの負けである。ウェイトレスの心意気をそのままもらうべきところだった。
ヴィクシリーズを読んでいてバーバラが出てくると、いつも「テルマとルイーズ」のスーザン・サランドンを思い出す。ウェイトレスで暮らしを立てている平凡だが気の強い女。

2007年05月17日

シカゴのいまの空気 USセルラーフィールド

今年から大リーグの中継を見ることにしたので午前中がややこしい。中継全部見ているわけではなく、井川投手の活躍を見たいと思ったのが最初なので、ニューヨークヤンキースを中心とした中継である。であるからいまわが家は大リーグに合わせた生活になっている(笑)。仕事や用事も片付けつつなので、ぼつぼつだが。

今日はシカゴホワイトソックスとニューヨークヤンキースの試合がシカゴのセルラーフィールドであった。昨日は午前9時からというのでテレビをつけたら雨が降っていて、それでもお客さんが入って待っている。結局降り止まなかったようで、10時と11時につけたがやってなかった。
そのぶん今日はダブルヘッダーで午前中からはじまるという過酷な日程なのだ。それも第1試合がすむと雨になって第2試合は遅れてはじまった。夜になるとすごく寒そうでグラウンドの体感温度は6度くらいかなんてアナウンサーが言っている。お客さんはフード付きのコートの人が多く、何人かで毛布を足にかけている人たちもたくさんいる。

ホワイトソックスのピッチャーが「コントレーラス」さんなんでびっくり! サラ・パレツキーのヴィクシリーズを読んでいる人ならすぐわかるよね。たくさんのシリーズ登場人物の中でもっとも人気がある。わたしもいちばん好き。危機に陥ったヴィクに拳銃を投げ渡してくれるところで泣いた。おしゃべりで世話焼きで、なにかあればスパナを持って飛び出してくる。元機械工で組合活動もしてきた筋金入りの労働者階級の人。

球場だけのことだけど、“シカゴのいま”の空気が見えてよかった。サラ・パレツキーさん(同じシカゴでもカブスファンだけど)が、もしかしてこの中継を見ていたら、在シカゴのkazunさんが見ていたら、同じものを見てるんやなぁと楽しくなった。

そうそう、肝心の野球。第1試合は3-5でホワイトソックスが勝ち、第2試合は8-1でヤンキースが勝った。松井選手のタイムリーな2塁打が勝利を呼んだ。

2007年06月23日

「フィリップ・マーロウの事件」の中にサラ・パレツキーの短編が入っている

フィリップ・マーロウの事件 レイモンド・チャンドラー本書は私立探偵フィリップ・マーロウを創作したレイモンド・チャンドラーの誕生100年を記念して、1988年に刊行された本の翻訳である。日本で1990年に刊行された「フィリップ・マーロウの事件 I・II 」から16作品を選び出し、文庫で1册にして今年再発行されたもの。
サラ・パレツキー、ロジャー・L・サイモン、ジョン・ラッツなど好きな作家が入っているのはありがたいが、ロバート・クレイスが入っていないのが淋しい。元々の本は持っていたのだが、いまは所在不明になっているのでなんとかして全部読みたいものだ。

今日の夕方ジュンク堂で買って、シャーロック・ホームズでギネスを片手に読んでいたのだが、不思議な気分になってしまった。好きな作家から読んでいったのだが、当たり前ながらすべてフィリップ・マーロウの事件である。しかし作家によってどことなく違うというか、チャンドラー描くよりもマーロウらしいみたいなところもある。さっさと読まずに時間をかけてぼちぼちと読んでいくことにしよう。最後にチャンドラー本人の「マーロウ最後の事件」が収録されている。

今日はサラ・パレツキーの「ディーラーの選択」の紹介を。
私(マーロウ)がオフィスの待合室へ入っていったとき、彼女が静かに座って待っていた。黒髪で赤いシャンタンのドレスと帽子の小柄な女性である。兄が賭け事で負けて、母の形見のダイヤの指輪をとられてしまうと言う。ギャンブル相手のボグナヴィッチに話をつけてほしいと言うのだ。ボグナヴィッチの家へ行くと、彼は口径の小さな拳銃で6発撃たれ死んでいた。
オフィスへ帰って彼女の残した連絡先へ電話すると、農場につながり、女は一人もいないと言われる。マーロウは農場へ出かける。そこでなぐられてクルマに放り込まれ、ガソリンをかけられて火をつけられるところに、出てきたのがかの女で、こんなところでやったら目立つわよ、私が谷底に突き落とすと言ってクルマを走らせる。
この女性が日系人でアキコといい、第二次大戦時代に農場を持っていた日系人がどう生きていこうとしたかという話になる。
依頼人の女性の雰囲気、机の引き出しから出して飲むライ・ウィスキーはチャンドラーとマーロウの世界だが、日系人が暮らしにくかった時代をうまくとらえている社会性はサラ・パレツキーのものである。(ハヤカワ文庫 940円+税)

2009年01月04日

サラ・パレツキーの新しい本とエッセイ連載

ブラッディ・カンザスサラ・パレツキーの新しい本、山本やよい訳『ブラッディ・カンザス』(2415円)が早川書房から1月9日に発売されます。
早川書房のサイトに【長年対立を続けてきた二つの農場の間に新たな住人が現われ、巨大な波紋が起きる。V・Iシリーズの人気作家がアメリカ中部の大地に生きる家族のドラマを、重厚かつ華麗なる筆致で描く野心的大作。】と宣伝文がありました。本書はヴィクのシリーズではないので、どんな内容なのかとても楽しみ。

今日、知らせがあったのですが、サラ・パレツキーのエッセイ集「Writing in the Age of Silence」が、雑誌「ミステリマガジン」に半年にわたって連載されます。今月の25日に発売される「ミステリマガジン」3月号からとのことです。

年明けそうそうにうれしいニュースです。きっとサラ・パレツキーの気概に心をうたれ元気をもらえるでしょう。

2009年01月15日

サラ・パレツキー「ブラッディ・カンザス」が届いた

今月もヴィク・ファン・クラブ会報は元気で楽しい原稿がたくさんでやりがいがある。表紙もできあがり、あと2ページのレイアウトとあとがきを書くのみ。コピーをとって綴じる仕事があるけど。

待っていたサラ・パレツキー「ブラッディ・カンザス」が今日届いた。待ったけれども、早く届いて読み出したら会報ができないし、メドがたったところに届いてよかった。さっそく読み出している。二段組みで字が小さいように思う。484ページもある。いつ読み終われるかな。ミステリーでないぶん最初は読むのに気を使いそう。

「ブラッディ・カンザス」というタイトルだが、原題は「Bleeding Kansas」(血を流すカンザス)なんだよね。カンザスというとチャーリー・パーカーの出身地ということと、「オズの魔法使い」、西部劇によく出てくることくらいしか知らなかった。本書で真実の「カンザス」について知ることができるだろう。

2009年01月22日

サラ・パレツキー「ブラッディ・カンザス」の背景

ブラッディ・カンザス (ハヤカワ・ノヴェルズ)サラ・パレツキーの新作という以外になにも考えずに読み出した「ブラッディ・カンザス」の原題は「BLEEDING KANSAS」である。なんで気がつかなかったのかしら。本を開くと目次の前に「背景」とあって、サラ・パレツキーがカンザスの出身であること、そして1850年代に奴隷制をめぐって熾烈な戦いがおき、そこから「血を流すカンザス」(BLEEDING KANSAS)という呼び名がうまれたことが書いてある。
ようやくここでジョン・ブラウンの名前を思い出した。子どものころ「リパブリック讃歌」を父親に教えてもらった。奴隷解放のえらい人だと言っていたっけ。

1960年代、70年代には「血を流すカンザス」が再現された。ローレンスの町とカンザス大学がアメリカ国内でもっとも激しい大学紛争の舞台になったのだ。
しかし、紛争は共産主義者が町を乗っ取ると思い込んで警戒した人たちがいて、共和党の改革が始まり、旧弊な価値観が広まるように仕向けられていった。

そういう背景があってのサラ・パレツキー「ブラッディ・カンザス」なのである。
「血を流すカンザス」「流血のカンザス」という言葉があるのに、その言葉を和らげようとしたのか、疑問のタイトルだ。でも、それでもこの大作を山本やよいさんの翻訳で読める。幸せなことだと思う。

2009年01月23日

山本やよいさん訳 サラ・パレツキー「ブラッディ・カンザス」

ブラッディ・カンザス (ハヤカワ・ノヴェルズ)読み終わってつくづくサラ・パレツキーの〈カンザス〉への想いに満ちた作品だと思った。最初に目次の前にある〈背景〉を読んだときは、あっ、そうだったんだと改めて「血を流すカンザス」(BLEEDING KANSAS)という言葉を噛み締めた。でもそのときは表面的にしかわかっていなかった。作品を読み進むにつれてサラ・パレツキーのカンザスへの想いがずしんと伝わってきた。

カンザスで農業に生きる4家族の物語で、それぞれの宗教や考え方に従って生活しているが、ニューヨークからジーナが移り住んだことから波乱が起きる。
物語の中心になるグルリエ家はフランス系で、ジムとスーザンの夫婦と息子のエティエンヌ(チップ)と娘のラーラ(ルル)。プロテスタントの教会に属していて、スーザンは反戦論者であり、農業改革にも積極的な活動家。ジムの兄のダグはカンザスから離れてシカゴで弁護士をしている。
シャーペン家は祖母のマイラと父親で保安官助手のアーニー、息子のジュニア(アメフト選手)とロビー(ギターを弾く)。2人の母親は家を出て行き、マイラは嫁憎しの気持ちからロビーを虐待している。進化論を否定する宗派〈イエスの血による救済聖書教会〉に属して信仰が厚い。
フリーマントル家は当主が死亡してから廃屋になっていたが、遠縁のジーナがニューヨークから移り住む。彼女はレズビアンとうわさされている。
バートン家はクレムとアーディス夫婦と息子のエディと娘のシンディ、クレムの弟の5人家族。エディは発達障害のようで、ジュニア・シャーペンに従っている。

ロビーは早朝に起きて牛の乳搾りをさせられている。ある日、彼が世話をしている赤毛の雌牛を見に3人のユダヤ人がやってくる。彼らはエルサレムに神殿を建てたいと願っていて、生贄の儀式は整い、あとは生贄になる牛を探していた。完璧な雌の子牛を殺して灰を使うというのだ。ロビーは厳重に育てるように言われる。そしてこの牛を女性が見ることは許されない。たくさんの人々が雌牛を見るためにやってくる。マスコミもくる。

ジーナは友人を呼んで篝火を焚いて夜中に集会を開き踊り騒ぐ。プロテスタントの教師レイチェルは、彼女らは70年代の「血を流すカンザス」の再現を期待しているのだと言う。

常々お互いに嫌悪し合っていたそれぞれの家族が、雌牛の騒動と篝火の集会を機にぶつかり合う。クライマックスがみごと!
そして最後に解決したものとしないものがある。グルニエ一家は失うものが大きかったが、それでも春がくる。ロビーとラーラの恋がういういしい。

サラ・パレツキーはカンザスについて書ききったと思う。(山本やよい訳 早川書房 2300円+税)

2009年01月26日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第1回〈序章〉

ミステリマガジン 2009年 03月号 [雑誌]「ミステリマガジン」3月号(1月25日発売)から連載がはじまったサラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」(山本やよい訳)の第1回は序章で、幼少時代のことから始まる。そして、すべてのアメリカ人と同じく、彼女も移民の子孫であること。また、自由の女神のアメリカを信じて大きくなったとある。そして9.11の翌週に議会が愛国者法を通過させたことに対する鋭い批判。さすがハードボイルド私立探偵小説の先輩ハメットの後を継ぐ作家サラ・パレツキーだ。

両親と兄と弟たちが3人の7人家族で育つ。細菌学者の立派な父の影響下で、大学に行ってもどの教科に出るかを父が決めたという。そこから脱却するのにさまざまな支えが必要だったが、70年代の女性運動が大きな支えとなった。

第一章〈手に負えない女たち〉では子ども時代のことが書かれるようだ。注がついていて、〈手に負えない女たち〉の一部が『ファミリー・ポートレイト』に掲載されているとある。わたしが後生大事に持っている『ファミリー・ポートレイト』(キャロリン・アンソニー編 早川書房 1994年 松岡和子訳)のことだわ。この本だけが山本やよいさん訳ではない。
〈手に負えない女たち〉(原題 Wild Women Out of Control)は、サラさんの幼少時代を知ることができる唯一のものだと大切にしてきた。第一章ではその部分を含む若き日の姿が読めるようだ。これからの展開が楽しみだ。
(山本やよい訳 ミステリマガジン3月号 840円)

2009年03月23日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第2回〈第1章 手に負えない女たち、もしくは、わたしが作家になるまでの経緯〉

ミステリマガジン 2009年 04月号 [雑誌]「ミステリマガジン」4月号は2月末に買ってそうそうに読んだのになかなか書けなかった。サラ・パレツキーの幼年〜少女時代から飛び立つまでの物語に圧倒されたせいだ。明後日には5月号が出るので書いておかねば。

今回は第1章「手に負えない女たち、もしくは、わたしが作家になるまでの経緯」である。
四歳のサラの髪はちりちりでヘアピンをはずすと爆発したかのように四方八方へ広がる。その髪に手を焼いた母は頭皮すれすれにカットしてしまったので、兄と二人の弟と五人兄弟のようだった。(わたしの髪は黒くて太くておさまりにくかった。祖母に「伸ばして日本髪を結ったらいいけど、顔が・・・」と言われて傷ついた。サラさんのちりちりヘアで思い出したが、サラさんと同じく更年期を過ぎたら髪も活力をなくしてしまい、おとなしくなった。)
彼女は自分の内部からの劣等感に苛まれて大きくなった。

両親について、【うちの両親は二人とも人の支えを求めずにいられないタイプで、お互いの力になることができず、たった一人の女の子であるわたしに家族の支えとなる役割を押しつけた。母は自分がチャンスを失ったことを恨みに思っていて、ほかの女性たちの挫折に意地悪な喜びを感じる人だった。(中略)父は女性一般と女性のセクシュアリティに恐怖を持ち、憲法修正第十九条(1920年に制定)。これによって合衆国の女性は参政権を得た)の撤廃を求めるバッジをつけるのを愉快がっていた人で、(後略)】と書いている。二人は大学で知り合った知性ある人たちだったが、母は学問を続けることに挫折している。
サラは学校にいるとき以外の時間はすべて掃除と皿洗いと弟たちの子守りをし、七歳のときから成長して家を出るまで土曜日ごとに家族の食べるパンを焼き続けたという。


わたしは「ファミリー・ポートレイト」(キャロリン・アンソニー編 早川書房 1994年 松岡和子訳)を読んで、サラさんにはアグネスという母の従姉妹で素晴らしい人がいたと信じていた。サラさん自身が今回はじめて明らかにしたのは、アグネスは実在の人物ではなかったこと。サラさんの想像の中で生まれた指導者だった。アグネスの中には小学校の担任、ハイスクールの先生、メアリ・クレアおば、カンザス大学の学部長がいる。
たまらない生活の中でもサラさんの才能を認め励ましてくれた人たちがいたと思うとほっとした。もう一度「ファミリー・ポートレイト」を読んでみよう。
(山本やよい訳 ミステリマガジン4月号 840円)

2009年03月24日

サラ・パレツキー「手に負えない女たち」(キャロリン・アンソニー編「ファミリー・ポートレイト」より)

ミステリマガジン 2009年 04月号 [雑誌]サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第2回「手に負えない女たち、もしくは、わたしが作家になるまでの経緯」について昨日書いた。
この章にはキャロリン・アンソニー編「ファミリー・ポートレイト」に入っている、母のおばアグネスを描いた「手に負えない女たち」からの抜き書きがあるし、同じ文章も多い。出だしのところもほぼ同じである。
本書は19人の優れた作家たちに家族の物語を書くように依頼したもので、現代の代表的なアメリカの作家たちの中にサラ・パレツキーが入っている。他の作家でわたしが知っているのは、マーガレット・アトウッド、メアリ・ヒギンズ・クラーク、ルイス・キャロル・オーツ、メイ・サートン、グロリア・スタイネムの5人だけだけど、家族を語った19の物語はそれぞれ感銘を受けた。

サラ・パレツキーはまだヴィク・シリーズを5册書いたところだ。当時はまだ肉親についてはっきりと描くことは精神的にもできなくて、子ども時代から励ましてくれた大人たちを混ぜた存在を創造したのだろう。わたしはそのまま信じて、いいおばさんがいてよかったと思っていた。いまサラ・パレツキーの生い立ちを知って「ブラッディ・カンザス」の主人公を思い出している。「沈黙の時代の作家」とあわせて「ブラッディ・カンザス」を読めば、サラ・パレツキーの考え方と生き方が見えてくる。そしてヴィクのシリーズをもう一度読み直せばもっと見えてくると思う。
エッセイの最後にこうある。【V・Iが私でなく、ロティがアグネスでないとしても、彼女たちの関係は実在する。女なら誰でもアグネスを必要としている。アグネスがいれば自分の声が見つけられるし、おかげで物語も閉じ込められたまま死なずにすむ。】
作者の紹介とともにある写真がいい。縮れ毛の塊が頭を覆っている。
(松岡和子訳 早川書房 3400円)

2009年03月31日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第3回〈第2章 キングとわたし〉

ミステリマガジン 2009年 05月号 [雑誌]サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第2章は「キングとわたし」。キングとは、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア、つまり、キング牧師のことである。
1966年8月、19歳のサラ・パレツキーと2人の友人はシカゴの長老派教会が主催する、夏のプログラムに参加中の学生ボランティアだった。当時のシカゴはアメリカ最悪の人種差別都市というレッテルを貼られてきた。3人ともさまざまな不公平を是正したいと熱望して、サウス・サイドの黒人地区に行きたかったが、運動の辺境としか思えないところに行かされた。

同じ年の1月にはキング牧師はシカゴに来ていて、その夏、シカゴの黒人社会に協力して、長い悲惨な歴史を持つシカゴの住宅・教育・賃金の不公平を是正する手段を考え出そうとしていた。
キング牧師がデモをすれば暴力沙汰に発展するだろうと市内の誰もが予測していたが、それがどんなに凄惨なものになるかまでは誰も予測できなかった。
その日の終わりにキング牧師は「このような憎悪を目にしたのは生まれて初めてだ。ミシシッピでも、アラバマでも、見たことがない。恐ろしいことです」と言ったという。

その夏がサラ・パレツキーの人生を変えた。
その夏の出来事とそこに至る歴史と闘いとが詳しく書かれ、若き日のサラ・パレツキーたちの行動が熱っぽく描かれている。またヨーロッパに住んでいた彼女の一族を一人残らず消し去ったホロコーストの暗い影が、子ども時代に重くのしかかっていたということも知った。

【わたしは六十年代に強いノスタルジーを感じている。満たされることのない飢えに似たノスタルジー。六十年代というのは、人種差別の実態が全国に向けて、いや、全世界に向けて赤裸々に暴かれた、アメリカの歴史におけるもっとも醜悪な時代だった。法廷とホワイトハウスのなかでは、もっとも高貴な瞬間だった。】

60年代から70年代初めには、憎悪に出会えば、みんな表に出て変革のための運動をやったのだが、いまの時代は運動の気配が見られない。でもいろんなことを乗り越えてきていまがあり、これからも乗り越えていくだろうと結んでいる。
【わたしは疲れている。V・Iも疲れている。しかし、二人でもう一度馬にまたがって、オルレアンの包囲を解くためにがんばらなくてはならない。】
(山本やよい訳 ミステリマガジン5月号 840円)

2009年04月30日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第4回〈第3章 天使ではない、怪物でもない、ただの人間〉(1)

ミステリマガジン 2009年 06月号 [雑誌]第3章「天使ではない、怪物でもない、ただの人間」
サラ・パレツキーがニューヨークで秘書として働いていたとき、ルームメイトが帰ってこないので、近くの病院へ片っ端から電話をかけ、ある病院にいるのをつきとめる。彼女は既婚の政治家に捨てられ、金銭面でも精神面でもおなかの子どもを産んで育てていく自信がなかった。中絶を合法とする法律がニューヨークで可決されたが、法律が効力を生じるのは6週間待たねばならない。彼女は一人でもぐりの中絶医にかかり帰りに危うく死にかけたときも一人だった。

その秋にシカゴにもどって、性と生殖に関する権利を求めて活動するようになった。小さな会社に入り、暇な時間にミステリを読む。母がミステリファンで図書館で借りた本をサラも10代のころから読んでいた。大学図書館でクラシックミステリを読んでいると友人がチャンドラーを勧めてくれた。はじめて読んだのが「大いなる眠り」で、カーメンとファム・ファタールについて考え、ニューヨーク時代のルームメイトが命を落としかけたことを考える。

【七〇年代は勇気ある女性たちが危険を冒した時代だった。】
【以前のわたしは男女平等主義の信奉者だったが、一九七一年の冬にフェミニストになった。自分の無力さに怒りを覚えた——家父長制のわが家と、家父長制の歴史学部における、わたし個人の無力さに。そして、社会がすべての女性に押しつけた無力さに。】
【レイプに対する意見を語る会が初めて開かれたのは一九七一年だった。】

こういう運動に参加しつつ、サラ・パレツキーはミステリを書こうと思いつく。たくさんの作品を読み習作を書き、本腰を据えたのは30代前半、保険会社でマネジャーの仕事をしていたときだった。「サマータイム・ブルース」を書き出したとき、天使でもなく怪物でもなく、一人の人間として生きる女性を書こうとして、V・I・ウォーショースキーが誕生した。
(続きは明日)
(山本やよい訳 ミステリマガジン6月号 840円)

2009年05月01日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第4回〈第3章 天使ではない、怪物でもない、ただの人間〉(2)

ミステリマガジン 2009年 06月号 [雑誌]このくだりにきて思い出したのが、グレッグ・ルッカの「守護者(キーパー)」だ。ボディガードのアティカスが恋人のアリソンと、妊娠中絶のために産婦人科病院へ行くシーンからはじまる。病院の前で中絶反対の男たちにさえぎられ、必死で警備員に守られて中へ入る。手術後に医師が脅迫状を見せて警護を依頼する。アティカスは引き受け、4人体制で1日24時間で週7日のローテーションを組む。その生々しい描き方はほんとにおそろしかったが、それは実際にアメリカで起こったことなのだ。

同じようなことが全米で起こっていた。ロー判決(子どもを生むべきか否かを判断するといった、その人物に根本的な影響を及ぼす問題に対して、政府の不当な干渉を拒もうとする個人の勝利)以後、ロー判決を覆そうとする人々がクリニックを襲い、医師を殺し、看護士と患者に暴行した。
【最近のわたしたちアメリカ人は奇妙な心理状態にある。制約のない資本市場を望んでいる。車の制限速度も、銃規制も、税金も、個人の自由を不当に侵害するものだと思っている。しかし、女性のセクシュアリティは是が非でも取り締まる必要があると感じている。】
レーガンと二人のブッシュがやったことに対して、様々な実例と強烈な批判とが書かれている。そして、右派の攻撃がすさまじいのは第二波フェミニズムの成功を物語っているという。仕事や男女関係で変化が起きた。男性作家の作品にも被害者や妖婦や悪女ではなくて、友だちや同僚としての女性が登場するようになった。

現実世界で女性の活動範囲が広まると、フィクションの世界でも同じく行動的な女性主人公が活躍するようになった。その大きなうねりへの反応として、反対の側からはサディズムとレイプが正当化されるようになった。
【手に負えない女だから、罰するのが当然。みずからフェミニストと公言する女ぐらい手に負えないものはない。レイプはいうことをきかせるのに必要な手段というわけだ。】
(まだ続く)
(山本やよい訳 ミステリマガジン6月号 840円)

2009年05月02日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第4回〈第3章 天使ではない、怪物でもない、ただの人間〉(3)

ミステリマガジン 2009年 06月号 [雑誌]行動力あふれる女性主人公はV・I・ウォーショースキーとマーシャ・マラーが書いたシャロン・マコーンだけでなく、他にもたくさん現れた。いまでは数が多過ぎて把握できないくらいになった。いまではアメリカの現役ミステリ作家のほぼ50パーセントが女性である。そうなるまでにはさまざまな闘いがあった。〈シスターズ・イン・クライム〉はミステリの世界で女性たちは二流市民の扱いしか受けていないという思いから生まれた組織である。
【変革のための組織づくりをしようとするほかの女性たちと同じく、わたしたちの活動も妨害を免れることはできなかった。】
組織に参加して出版契約をキャンセルされた作家がいるし、サラ・パレツキー自身もファンジンで吊るしあげられ非難されたという。

ずっと共感しつつ読んできて、アッとおどろいたところがあった。
【数年前、脚本家でありミステリ作家でもあるロジャー・サイモンから電話があり、彼が新しく作った組織〈国際犯罪作家協会〉に入らないかと誘われた。世界各国の二十人ほどの作家からなる運営チームの説明があった。全員、男性だった。わたしはそのような男性支配のグループに名前を貸すのは気が進まないと答えた。するとロジャーがいった。「まだフェミニズムにはまっているのかい。ぼくはとっくに卒業したぜ」】
わたしの大好きだったロジャー・サイモン、70年代に探偵モウゼズ・ワインを知り「ワイルドターキー」を読んで、ワイルドターキー(※当時はまだバーボンウイスキーが一般的ではなかった)があるバーに巡り合ってどんなにうれしかったか。それくらい好きだったロジャー・サイモンが、70年代にわたしの友人だった男性が十年後にわたしに言ったのと同じことを、サラ・パレツキーに言ったとは。

V・I・ウォーショースキーとサラ・パレツキーは二人とも頑固者で、いまのファッションについてけなくてもかまわないとあって、次のエピソードを語っている。2・3年前にシカゴで開いた朗読会に女性の一団がやってきた。製鋼所をクビになった労働者の妻たちで、彼女たちは食と住を失わないよう二つの仕事を掛け持ちしている。
【ハイスクールを出てから、本など読んだこともなかったが、V・Iが自分たちの近所で育ったことを誰かが教えてくれたのだという。ブルーカラーの女性探偵のおかげで、自分たちに与えられた過酷な運命を乗り越える力が湧いたことを伝えたくて、わたしの朗読会にきたのだった。(中略)腰をおろし、書き続けるようにと、この女性たちがわたしに告げてくれた。】
(山本やよい訳 ミステリマガジン6月号 840円)

2009年06月18日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第5回〈第4章 iPodとサム・スペード〉(1)

本章はiPodをアメリカ社会を象徴するものとして、サム・スペードをハードボイルド・ミステリーを代表する名前としてとらえている。それを書くのにアメリカの成り立ちから説き始めているところにサラ・パレツキーらしいまじめさを感じる。はじめて知ったことが多いので勉強しつつ書いていく。

本章は【1635年の夏、マサチューセッツ湾植民地のジョン・ウィンスロップ知事は、公益を脅かす非国教徒追放の権限を植民地の指導者に与えるための法律に署名した。】から始まる。
1635年当時のニューイングランドには、1000人ほどが広大な荒野の端にしがみついて暮らしていた。知事は共同体がこわれるのを防ぐために、国教会からの分離を要求していたロジャー・ウィリアムズを追放した。【ニューイングランドのピューリタンは英国政府から訴追されるのを避けるために、自分たちは英国国教会の信徒である、信仰を純化(ピューリファイ)しているにすぎない、と主張していた。(ここからピューリタンという呼び名が生まれた)】
ロジャー・ウィリアムズは植民地から追放されることになったが、イングランドへ強制送還される前に逃亡して南下し現在のロード・アイランド州にたどり着いた(さすがサラ・パレツキー、辛抱強い妻も一緒だったが、という一言が付け加えられている)。いまは宗教の自由の父として称えられている。
【教科書はどちらがこのドラマのヒーローだと、わたしたちに思わせようとしているだろう。植民地を存続させた男? ちがう、ヒーローは、個人の良心が何よりも大切と考え、仲間の男性・女性・子供たちの存続を二の次にした男のほうである。】

新大陸の広い果てしなく続く荒野の前に立って、自分の卑小さと孤独を痛感させられれば、猛烈な自己主張が必要とされる。
この荒野を征服してしまうと、アメリカ人はそのことに郷愁を感じロマンチックなイメージをもつようになった。勇敢な開拓者を描いたフィクションが現れた。フェニモア・クーパー「革脚絆シリーズ」から始まり、ローラ・インガルス・ワイルダーの自伝に言及している。
(山本やよい訳 ミステリマガジン7月号 840円)

2009年06月19日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」第5回〈第4章 iPodとサム・スペード〉(2)

フェニモア・クーパー「革脚絆シリーズ」の主人公バンポは初めて登場した一匹オオカミ的ヒーローだったが、すぐに多くの後継者が現れ、19世紀中頃には新たな開拓者カウボーイがヒーローになった。ジョン・ウェインやクリント・イーストウッドが演じた人物たちだ。アメリカ人が理想とする個人の基準はバンポによって定まった。そしてローラ・インガルス・ワイルダーの自伝に出てくるエドワーズさんについて語る。彼は一匹オオカミで騎士道精神を貫いた。彼を語る言葉としてレイモンド・チャンドラーの言葉を引用している。

そこで、ダシール・ハメットのサム・スペードとレイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウについて語る。
二人はミステリ専門誌となった「ブラック・マスク」で作家としてスタートした。ハメットは公の場ではチャンドラーのいう“矜持を忘れぬ男”だった。ハメットは数多くの作家組織、人権組織で活動し、何度も法廷や議会に召還され、刑務所に入った。しかし私生活はあまり自慢のできるものではなかった。ハメットとその他の作家は荒っぽい個人主義者を創り出した。
チャンドラーは道徳規準を持たないこれらのハードボイルドな男たちに、バンポやエドワーズさんのような古いカウボーイの騎士道精神を新たな衣装として着せた。というサラ・パレツキーの意見によって、ハメットとチャンドラーが明確にわかった。わたしは単に、ハメットがハードボイルドそのもので、チャンドラーは甘いところが好きでないと言っていた。なんと単純。

そしてV・I・ウォーショースキーである。最初はフィリップ・マーロウにそって、一人暮らし、両親は死なせ、作品の1/3くらいでぶちのめされるという設定にしたという。そうだったんだ、わたしは最初読んだとき単純に喜んでいた。一人暮らしで部屋は片付いてなくて、そして途中でぶちのめされる! ハードボイルドミステリに真の女性探偵が現れたと。
しかし意識したわけでないのに、孤高のヒロインのはずのV・Iの人生にいろいろな人が登場してきた。
(山本やよい訳 ミステリマガジン7月号 840円)

2009年07月05日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」最終回〈第5章 真実と嘘とダクトテープ〉(1)

ミステリマガジン 2009年 08月号 [雑誌]数年前にオクスフォードのウルフスン・カレッジの客員研究員になったときの、ひどかった宿舎のシャワー室の思い出話が、現在の空港での手続きについての記述の前置きになっている。
【まるで、世界貿易センターの破片が、わたしたちが歩く空港の床はもちろんのこと、わたしたちの心と手までも覆っているかのようだ。いまのアメリカの暮らしはあらゆる面で、九月十一日の出来事に対する国民の反応に影響されている。】

続いて、アメリカ国民の自国に対するイメージは昔から傲慢と紙一重の楽天主義的なもので、それは建国以前にさかのぼる。1630年にイギリスからマサチューセッツ湾にやってきた人たちからのち、ずっと自分たちは他国の人たちよりも優秀で信心深く正しいという感覚が、ヨーロッパからアメリカに渡ってきた人たちに浸透していた。と述べている。
サラ・パレツキーはアメリカは避難港だという信念のもとで大きくなった。彼女の祖母は12歳でユダヤ人の大量虐殺(ポグロム)から逃げ出し、一人きりで1911年にニューヨーク港に着いた。自分が存在しているのはアメリカが祖母を迎えてくれたからだ。その25年後、ナチがポーランドに侵攻しようとしていたときには、ユダヤ人の子どもたちへの入国ピザの発給を拒否しているけれども。
そして学生時代は、さまざまな場所であった黒人差別を許していた法律を最高裁判所が無効にしていった時代だった。

そしていま、自分の国が海外では協定を無効にし、国内では憲法の精神を骨抜きにしているとき、作家はなにを言えばいいのか。
シェクスピアの「リチャード二世」から引用がある。そして市場に沈黙を強いられたメルヴィル、世間のヒステリーに強いられて沈黙したケイト・ショパンを例にあげ、もう一つ、無遠慮な検閲という三つの沈黙を強要する圧力について語っている。
【沈黙から発言へ——それがどの作家もたどる困難な道のりだ。声とイメージを見つけるには、自分だけの世界に閉じこもり、その奥へと入り込まなくてはならない。つぎに、自分の作品を外の世界へ運び出さなくてはならない。そこでは、市場や、世間の怒りや、さらには政府の検閲までが、わたしたちの声を破壊する力を持っている。】
(山本やよい訳 ミステリマガジン8月号 840円)

2009年07月06日

サラ・パレツキー「沈黙の時代の作家」最終回〈第5章 真実と嘘とダクトテープ〉(2)

ミステリマガジン 2009年 08月号 [雑誌]サラ・パレツキーが第1作を書き上げたとき、エイジェントは出版社を根気よく探して1年かかって出版にこぎつけた。当時は出版社が40社あったからだが、いまは大手出版社は基本的に7社しかない。80年代に出版業が衰退していくと流通販路に変化が生じ、大規模小売業者が大きな力をふるいだす。全体主義国家の布告よりも市場のほうが沈黙を強いる力を発揮すると述べられている。
【フィクションは真実のひとつの形を伝えることができる。丹念な調査から生まれた硬派のニュースという真実ではなく、深い考察から生まれた本物の感情という真実を。(中略)メルヴィルのいう “静謐に満ちた、草の成長を静かに見守るような雰囲気” から生まれる本は、収益という狭い基準だけで存在している世界では生延びていけないだろう。メルヴィルがいったように金が敵の世の中になってしまった。】

「サマータイム・ブルース」が世に出たとき図書館が買い上げてくれたのが大きかったが、いまの新人作家をとりまく環境は厳しい。図書館は予算戦争で大敗を喫しただけでなく、アメリカがもっとも大切にしてきた自由を叩きつぶそうとする攻撃の矢面にも立たされているという。
愛国者法のもとのアメリカで暮らしにくさについて実例が挙げられているが、図書館でも貸し出し記録やインターネット使用記録やあらゆる媒体に保存されている情報を提出するよう強制できるそうだ。
続いて、最近の出来事の中からアメリカ人(個人、州政府、地方自治体、連邦政府)が行った事例が具体的に述べられている。

【こういう時代に、作家はどう反応するのが正しいのだろう。必要最低レベルにおいては、人々が読みたいと思ってくれる物語を書き続けるのがわたしの役目だ。もっと根本的なレベルでは、真理にできるだけ近づくことができるよう手探りで努力すること、言葉や観念をいい加減にごまかして悪用しないようにすること、逮捕や世間の怒りを恐れて自粛路線をとったりしないことが、わたしの役目だと思う。】

最後はこう締めくくってあります。
【これらすべての言葉が、ただの息に過ぎなくても、抵抗をつづけ、勝利を収めることに、わたしはひたすら希望をかけている。】

半年にわたって「ミステリマガジン」に連載された「沈黙の時代の作家」(2007)は今回で終わりました。
来年秋に早川書房より単行本として刊行されます。
(山本やよい訳 ミステリマガジン8月号 840円)

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