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エドワード・D・ホック アーカイブ

2003年12月10日

エドワード・D・ホック「怪盗ニックの事件簿」

3ヵ月ほど前に東京在住のミステリーファンの姪が、おもしろい本はないかと聞いてきたので、どうかなぁと思いつつ「怪盗ニックを盗め」を紹介した。彼女はたいへんなステファニー・プラムのファンであるけれど、ドナルド・E・ウェストレイクのドートマンダーもののファンでもある。結果はオーケーで次も買うと言う。若い人にもエドワード・D・ホックが好まれるのを知ってなんとなく安心した。彼女だけということはないでしょうね。
本書は「怪盗ニックを盗め」に続く、異色の泥棒ニック・ヴェルヴェットが活躍する短編集で、10作が収められている。泥棒に活躍というのもなんだが、でもやっぱり活躍なんだわ。ニックはお金や宝石など金目のものは盗まないで、値打ちのないものを盗む泥棒である。料金は1件2万ドルで、プールの水を全部盗むように頼まれて盗んだことがある。
今回もおかしな注文を受ける。98セントのおもちゃのネズミ、家族のポートレート、昨日の新聞等々そのものには値打ちはないが、頼む人にとっては値打ちがある品物を頼まれる。理由は聞かない。泥棒をしているうちに、その理由がわかって、泥棒なのに探偵になっていることが多い。それでも絶対きっちりと料金をいただくところがなんともえらい。
いちばんおもしろかったのは「マフィアの虎猫」で、マフィアのドンが可愛がっている虎猫を盗むように頼まれるのだが、こころ温まる物語である。
同居しているガールフレンドのグロリアがのんびりしているようで、実はしっかり者であるのがこの本でわかった。その理由は読んだらわかります。
(木村二郎訳 ハヤカワ文庫 740円+税)

2004年07月26日

エドワード・D・ホック「怪盗ニック対女怪盗サンドラ」

怪盗ニック・ヴェルヴェットものの短編集第4作である。ニックは価値のあるものは盗まないという、思想をもったおかしな泥棒である。長い間連れ添っているグロリアというガールフレンドがいる。最初は職業を隠していたが、ある事件のときにわかってしまい、いまはグロリア公認で泥棒家業を続けている。グロリアは罪滅ぼしのためにボランティアをしているそうな。
3作目まではニック一人の活躍だったが、今回は商売敵として知り合い、だんだん相手を認め合う仲になった女怪盗サンドラとの共演である。サンドラの名刺には「白の女王 不可能を朝食前に」とだけ書いてある。そして、ほんとにサンドラは小気味よく朝食前に盗みを完了するのである。
ニックと違ってサンドラはなんでも盗む。ニックの知り合いの依頼人の仕事を彼女はうまくやるが、ニックが一枚上のところを見せる一番目の「白の女王のメニューを盗め」。泥棒に入ったら死体があり、殺人犯として捕まったニックをサンドラが留置所から救い出す「紙細工の城を盗め」。こればっかりは自分には無理とニックに応援を頼む「禿げた男の櫛を盗め」。2人が入り混じっての泥棒仕事がアホらしいけどおもしろい。
2人は好敵手であるが、友情がそれ以上のものになることがある。またニックのガールフレンドのグロリアの感情もおもしろい。ニックが警察に捕まったとき、敏腕の弁護士を頼んでみたものの、これではあかんとグロリアに留置所からのニックの奪還を頼むのである。
毎度楽しい木村さんの解説によると、1983年にサンドラ・パリスが「白の女王のメニューを盗め」で登場した。そして前年の1982年はサラ・パレツキーの「サマータイム・ブルース」で、ヴィク(V・I・ウォーショースキー)が登場していた。ホックは地味な作風みたいだけど、鋭い時代感覚をちゃんと持っている人なのである。
(木村二郎訳 ハヤカワ文庫 860円+税)

2004年09月23日

エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿 III 」

3冊目になった「サム・ホーソンの事件簿」はますます楽しい短編集である。最初はとっつきにくかった1930年代という時代にも、ニュー・イングランドという場所にも慣れて余裕を持って読んでいる。物語は高齢になったホーソーン医師が、若者に語りかけるかたちになっている。ひとつの物語の最後は「うん、その話は次回にしよう」となるので、これ一編だけ読んであとはまた明日と思っているのに、次を開いてしまうのである。そしたら今度は御神酒(おみき)を訪問者のグラスについで語りだす。強い意志がないと読むのをやめられない。
サム・ホーソーンは開業医で10年以上も看護婦のエイプリルと一緒に仕事している。地域になにか犯罪が起きるとレンズ保安官とともに事件の解決に取り組み成果をあげる。エイプリルとは気が合うのに仕事上のつきあいだけで、30代の半ばというのに独身である。
当時は禁酒法がまだ施行されていて、撤廃されたのが1933年12月5日火曜日のことだった。ホーソーンの住むノースモントでの解禁日のことが「密封された酒びんの謎」にくわしく書かれている。もちろん、その夜に派手に事件が起きる。
事件にのめり込みすぎて患者をないがしろにしたことがあり、反省して医者の道にせいを出していても、死体が目の前に現れる。そして保安官に頼りにされる。旅に出ても同じことで、クリスマス休暇でケイプ・コッドへ行く途中でも、新しい車でエイプリルとメイン州へ行っても死体と出くわす。
わたしがいちばん興味を誘われたのは「窓のない避雷室の謎」。当時は家の中に避雷室という窓のない部屋があって、雷が鳴ると全員その部屋へ入って雷をやり過ごしたらしい。その部屋を一度見てみたいものだ。
エイプリルはメイン州のホテル経営者と仲良くなるが、ホーソーン医師はまだ独身である。生涯独身なのかしらと思っていたら、木村仁良さんのあとがきに1941年に美人の獣医と結婚したとあってほっとした。次巻が楽しみ。
(木村二郎訳 創元推理文庫 860円+税)

2006年01月28日

エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿IV」

サム・ホーソーンの事件簿 IV エドワード・D・ホックニューイングランド地方の小さな町ノースモントで開業しているサム・ホーソーン医師が、解決する事件の物語なので、古き良き時代のと書きはじめたいところだ。ところが最初の「黒いロードスターの謎」では、時代は大恐慌の真只中でとはじまる。ときは1935年春、「ボニーとクライドは言うに及ばず」と言ったあとはデリンジャーの名前があがっている。久しぶりにデリンジャーの名前を見て思い出したのはジョン・ミリアス監督の「デリンジャー」(1973)なのであった。ウォーレン・オーツがよかった。
そして1937年9月中旬の事件「毒入りプールの謎」では、地元週刊新聞発行人のプール付きの豪華な邸宅で貝焼きパーティが開かれる。仕出し業者が用意したバーで、その家の夫人スーが飲むのがカクテル“トムコリンズ”である。実はわたしはトムコリンズに凝っていて、バーに行くとたいてい注文する。すごく甘いのをつくってくれる店があり、すっきりとドライなのをつくってくれるバーテンもいる。えっと聞き返されることもあって楽しい。
それと、今回わかったのだけれど、サム・ホーソーン医師には奥さんがいるらしい。独身だとずっと思っていたんだけど。夫人が訪問客のグラスに・・・というところがあっておどろいた。ほっとしたような気持ちだ。いままでの作品で奥さんは出てきただろうか。わたしははじめてのように思うのだが。
好きなのは「皮服の男の謎」かな、「消えたセールスマンの謎」かな、「幻の談話室の謎」もいいな、そう考えはじめるときりがない。それぞれがちょっととぼけた感じでおもしろいのだ。(木村二郎訳 創元推理文庫940円+税)

※サム・ホーソーン医師の奥さんのことを、訳者の木村さんに教えていただきました。
『ミステリマガジン』2003年10月号「巨大ノスリの謎」に登場しているそうです。わたしは多分持ってない、残念。「動物病院の怪事件」に登場した女性獣医さんだそうです。こっちはあるので読みかえさなくっちゃ。(29日)

2007年06月13日

エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿」の5冊目を読み出す

サム・ホーソーンの事件簿〈1〉 エドワード・D. ホック「サム・ホーソーンの事件簿」を最初に読んだのが2000年の5月で、2冊目が2002年の5月、3冊目が2004年9月、4冊目が2006年1月で、いま2007年6月に5冊目を読んでいる。ちょうど7年にわたって読んでいることになる。
当ブログのアーカイブと、まだここちらに移していない「kumiko page」とに、4冊の感想があるので読み返してみた。
まず、エドワード・D・ホックをはじめて知ったとある。そうなんだー、忘れてたわー。
時代と場所が禁酒法時代のニューイングランド、物語のかたちが老医師サム・ホーソーンが、話し相手に御神酒(おみき=要するにお酒でブランディーなど)をすすめながらの語りである。
最初はノースモントにやってきて開業したばかりの青年医師であった。看護婦のエイプリルとともに働きながら、事件が起こるとレンズ保安官とともに事件を解決するために奔走する。いまは40歳を過ぎて町での地位も確立している。

禁酒法が撤廃されたのが1933年12月でシリーズ3冊目にあたるのだけれど、そのあたりの物語を読んでいると、古き良き時代というような気持ちであるが、5册目を開くと、最初の物語が1938年で5年しか経っていないのに、第二次世界大戦開戦前の暗雲がたれこめていて、ぐっと身近な時代になってくる。
でも、読み始めて半分くらいだが、サム先生はまだ独身である。この本の終わりではどうなっているかな。
(木村二郎訳 創元推理文庫 1000円+税)

2007年06月17日

エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿 V 」

サム・ホーソーンの事件簿 5 (5) エドワード D.ホック最初の物語を読んだときからサム・ホーソーン先生は年寄りで、聴き手にお酒をすすめながら自身が関わった事件の話をする。5冊目になってもそのかたちは変わらない。
若いサム先生がニューイングランドのノースモントにやってきて開業したときからの物語なのだが、すでに20年も経って、先生はいまや40代のそうそうたる町の名士である。それでも、なにかあるとすぐに腰を上げる。看護婦のメリー・ベストに予約があるか聞き、あれば明日にしてもらって犯罪現場に出かける。レンズ保安官は太ったが健在で、ヴェラという素敵な奥さんに恵まれ、相変わらずいっしょに捜査活動をする。
そんな日々を過ごしているうちに時代は進み、いまや第二次大戦開戦の暗雲が立ちこめようとしている。ここに入っている12の短編(その他の一編はボーナスで、レオポルド警部もの)の出だしほとんどに開戦への不安な気持ちが書かれている。終わりの方で、気の合っていた看護婦メリー・ベストは海軍の従軍看護婦になるため診療所を辞める。その代わりに昔看護婦をしていてホテル経営者と結婚したエイプリルが、夫が戦地に招集されたためにホテルを閉めてやってくる。読んでいると時代が歴史的でなく感覚的にわかってくるような気がする。次の6冊目では、真珠湾攻撃の速報がノースモントの人たちにも伝わってくるのではないかしら。
ゆったりとしたニューイングランドの物語と言ってる間に時代は進んでいる。1冊目から4冊目までに何度も書いたけど、禁酒法の時代なんて言ってるときはずっと昔の話と思っていたのにね。
そういうことはおいて、12+1の物語は考え抜かれたミステリーですべておもしろい。わたしは密室ものとかあまり好きでないが、有蓋橋を抜けるパレード中に町長が橋の上で至近距離で撃たれたり、また別の町長が修道院で影も形もなくなったりすると、我を忘れて読みふけってしまう。また今回は美人の獣医さんアナベル・クリスティーが登場して、お互いに惹かれ合う。サム先生はアナベルが持ってきた子猫のワトソンを飼うことにした。「この猫がいるとアナベルのことが思い出されるからだ」だって。6冊目が待ち遠しい。
(木村二郎訳 創元推理文庫 1000円+税)

2008年12月30日

エドワード・D・ホック「サイモン・アークの事件簿 I 」

サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)エドワード・D・ホックの「サム・ホーソーンの事件簿」(5冊出ている)が好きだ。1930年代のニュー・イングランドで開業医をしているサム・ホーソーンが推理し活躍する様子が気持ちよい。訳文のとぼけた感じが原作の味を伝えてくれる(と思う)。
今回は同じホックでもひと味もふた味も変わった作品だとお洒落な表紙を見て思い、少し構えて読み出したのだが、とぼけた感じはやっぱりあって気持ちよく読み進めた。

最初の一作目から年代を隔てた作品を順に選んだ短編集である。語り手の〈わたし〉が年齢を重ねていき、本書の最後の作品「キルトを縫わないキルター」では、妻のシェリーと結婚して四十年になっている。
〈わたし〉は第一作「死者の村」では若い新聞記者だった。七十三人の村民すべてが崖から飛び降りて死亡、という事件の村に取材に行き、そこで出会ったシェリーと結婚する。その後、ニューヨークで〈ネプチューン・ブックス〉の編集者になり、編集部長から発行人まで出世して退職している。
サイモン・アークとは最初の事件のときに出会い、それから年齢を重ねていく間に友情を深めて、さまざまな事件をいっしょに体験し解決していく。

サイモン・アークは宗教関係の知識が豊富で悪魔教や黒魔術に関する本を〈ネプチューン・ブックス〉から出版している。自称二千歳で悪魔退治のために世界中を旅しているオカルト探偵である。
最初に〈わたし〉と会ったとき七十歳くらいに見えたサイモンは、四十年経ってもやはり七十歳くらいに見える。不思議だが自然に納得して読んでいる。
摩訶不思議な事件だって合理的に推理して解決にいたる。ニューヨーク近辺、ニュー・イングランド、サン・フランシスコ近郊での事件もあるが、ロンドン、カイロ、イスタンブールと世界中に飛んで事件を追うところがエキゾチックな味を添えている。次が待ち遠しい。(木村二郎訳 創元推理文庫 980円+税)

2009年01月27日

エドワード・D・ホックの短編「ビンゴ・カードを盗め!」

ミステリマガジン 2009年 03月号 [雑誌]「ミステリマガジン」3月号の特集「デス・クルーズへの招待」の中に、エドワード・D・ホックの〈怪盗ニック〉ものの短編「ビンゴ・カードを盗め!」が入っていた。
〈怪盗ニックもの〉〈サム・ホーソーンの事件簿〉に次いで、去年の暮れに〈サイモン・アークの事件簿〉が出た。3シリーズともに、とぼけた味のところが大好き。

4年ぶりになるかなぁ。長いことお目にかかっていなかった怪盗ニック・ヴェルヴェットに会えてうれしい。今回は休暇をカリブ海で一週間のクルーズ旅行を楽しもうというガールフレンドのグロリアからの提案がある。二人の関係がこんな会話で示される。【「きみは女房みたいな口の利き方をし始めてるな」「長く一緒にいるのに、わたしにはその権利はないの?」「よし、カリブ海へ行こう」ニックは同意した。】

というわけで、1200人以上の乗客、約500人の乗員のクルーズ船に二人は乗り込む。航海を楽しんでいると、一人の男がコカインの過剰摂取で死んでしまう事故がある。彼の妻は殺人だと言い、ニックにビンゴゲームのカードを盗んでくるように頼み前金を払う。

ビンゴゲームのカードに謎があった。ニックは二件の殺人事件を鮮やかに解決する。ニックが珍しく当局に協力したのでグロリアは喜ぶ。「今回は特別だ」とニック。
(木村二郎訳 ミステリマガジン3月号 840円)

2009年07月28日

エドワード・D・ホックの短編「対立候補が持つ丸太小屋の謎」

当分はきちんと買うと決めた「ミステリマガジン」の9月号は特集「密室がいっぱい!」だ。密室ものというのはあまり好きでないけど、3編ともおもしろく読んだ。「空中の殺人」のピター・トレメインはいま読みかけの修道女フィデルマものを書いているアイルランドの作家。「殺人エスカレーター」のポール・アルテは名前だけ知っていたがはじめて読んだ。
もう1編がエドワード・D・ホックの〈サム・ホーソーンの事件簿〉ものの短編「対立候補が持つ丸太小屋の謎」である。わたしはサム先生が大好きで翻訳されたものは全部読んでいる。

サム・ホーソーンは医師でニューイングランド地方のノースモントで開業している。レンズ保安官は1918年に初めて保安官に当選して、その4年後にサム医師は開業して、それからずっと事件解決に協力してきた。1941年に動物病院を営んでいるアナベルと結婚して、1年経った1942年の事件である。

レンズ保安官は7期目の最後の保安官選挙に出馬する決心をした。対立候補は保安官助手を2年間務めたことのあるレイ・アンダーズという魅力ある若者である。金持ちの妻のジェインが選挙資金を出しているという噂がある。そして州政治で活躍しているキャッセル少佐を選挙参謀に雇っている。それに現在の保安官助手まで向こうへついてしまった。
ジェインは猿をペットにしていてアナベラの病院へ連れてきたことがあったが、両方とも素敵だったとアナベラは言う。

選挙の日が近づきつつあるとき、保安官から深夜に電話がかかる。家にいる保安官にキャッセル少佐から電話があり、誰かが彼の丸太小屋に忍び込もうとしていると。すぐにサムが丸太小屋に行くと、助手がいて「レンズ保安官がキャッセル少佐を殺したみたいです」と言う。
それから投票日までに真犯人を見つけ出さねばならない。
(木村二郎訳 ミステリマガジン9月号 840円)

2009年12月02日

木村二郎さん訳 エドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿 VI 」

サム・ホーソーンの事件簿VI (創元推理文庫)本書でサム・ホーソーン医師が活躍するシリーズは終わりだ。事件簿第一回からの愛読者としてはとってもさびしい。
1作目からサム先生の語りではじまり最後までこの形式だった。老いて益々元気なサム先生が訪問者にお酒を〈お神酒〉としゃれながらすすめる儀式(?)があるのが楽しかった。木村二郎さんの穏やかな日本語のおかげでゆったり読めた。岡本綺堂の「半七捕物帳」の出だしと似ているところも好きだった。

サム先生は若いときから、この地ノースモントに腰を据えて医師としての仕事をこなしながら、レンズ保安官を助けて殺人事件を解明してきた。サム先生がいるからノースモントではよく密室殺人が起こる(笑)。大忙しだった。

「巨大ノスリの謎」で、40代も半ばに近くなったサム先生は、動物病院「アナベルの箱舟」を営むアナベルに結婚を申し込み、結婚式は1941年12月6日に行われた。教会で式をして〈マックスのステーキハウス〉で披露宴を催し、翌日の午後の列車でワシントンへ新婚旅行に行く予定で、その夜はサム先生の家で過ごした。翌日、旅行の荷物をつくりながらラジオを聞いていると、午後1時を過ぎたころに日本軍の戦闘機がハワイの真珠湾を攻撃し、アメリカは戦闘態勢に入ったという報道があった。新婚旅行は延期して友人の招待を受け乗馬に行く。そこで友人が馬上から姿を消す事件が起こる。

密室殺人の謎を解く短編小説集で、それぞれ謎に工夫を凝らしているが、背景は第二次世界大戦下にあるアメリカの一地方の人々の暮らしである。真珠湾攻撃で息子を亡くした人をはじめとして、夫や息子を戦争にとられた人たちがたくさんいた。苦衷の殺人を犯した男を見逃したものの男は戦争で死ぬ。戦争が普通に生きている人々に及ぼす影響が、さりげなくサム先生の言葉に表されている。

時代は進んで米軍がドイツ軍や日本軍を相手に勝ち進む。戦時中ということでガソリン使用が制限されているが、医師だから余分に使えたりする。それくらいのことで地方の日常生活はあまり変わらない。戦時の日本の暮らしとの違いも自然に知ることになった。
サム先生とアナベルの銃後の結婚生活は愛情深く続いていくが、密室殺人がよく起こってレンズ保安官とともに忙しい。二人に子どもが産まれる直前に借りた別荘で殺人事件が起きたとき、アナベルは大きなお腹を抱えて夫を守ろうとする。そのせいで出産予定日よりも早く生まれた娘サマンサが大人になって出てくるところがあって微笑ましい。

西山クニ子さんによる表紙のイラストがいい。今回は結婚式の二人と取り巻く人々の楽しそうな姿である。
(創元推理文庫 1000円+税)

2010年03月07日

エドワード・D・ホック「夜の冒険」(現代短編の名手たち 8)

木村仁良さんの解説によると、エドワード・D・ホックは2008年1月17日に亡くなられたが、950篇以上の短編小説を発表されている。ミステリ業界において短編小説の執筆だけで生計を立てていたのはホックだけだそうだ。木村さんが書いておられるように、まさに〈現代短編の名手〉だと思う。
本書には1957年発表の「フレミング警部最後の事件」から79年発表の「ガラガラヘビの男」まで発表年度順に20篇が収録されているが、すべておもしろい。

わたしは10数年前までホックの熱心な読者ではなかった。私立探偵ものを追いかけるのに必死だったから、父と弟からまわってきたのを読むだけでとりたててファンということはなかった。その後、木村さんに教えていただいて「怪盗ニックの事件簿」「サム・ホーソーンの事件簿」「サイモン・アークの事件簿」の愛読者となった。父も弟もいまはいないけど、こんなにたくさんのシリーズを読ませてやりたかった。ただ弟の娘がなぜかホックファンで、本書を買ったのも彼女のほうが早かった。

本書「夜の冒険」を買うのが遅れたが、読み出したら一気で、次から次へとフルスピードで読み上げていった。全部読んでから味わって二度目を読んでいる。
都会的でおしゃれでとぼけたところがある、というのがわたしのホックについての感じだ。なんでこんなにストーリーを思いつけるのかしら。そして登場人物たちが必然的に自然にその場にいる。

「どこでも見かける男」「私が知らない女」の2篇は、人の良い男が妻にころっと騙されている話だ。妻という立場の普通の女性の怖さがさらっと書かれていてコワイ。
空き巣泥棒にはまっていく若い女性の気持ちを穏やかに書いている「二度目のチャンス」は、自然に不気味。
「やめられないこと」では、一人の男が妻を殺した男を捜している。ボルネオでゴム園を経営していた夫妻は日本軍がパールハーバーを攻撃してから、捕虜になり男女別別の収容所に入れられた。妻は最後にセレベス海の捕虜収容所に送られた。そこの所長が日本人将校ケン・スーだった。ケン・スーは敗戦時に自分の悪行の目撃者を殺して逃げ切った。男は妻の仇のケン・スーを探しまわってついに発見した。皮肉な最後がつらい。

どの作品をとっても〈都会的でおしゃれでとぼけたところがある〉裏側に不気味さがちらつく。
(木村二郎他訳 ハヤカワ文庫 1000円+税)

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