木村二郎さん訳ドナルド・E・ウェストレイク「斧」
木村二郎さんが訳された本は、解説も木村さんが書かれていることが多くて、わたしはそれを読むのを楽しみにしている。わたしのアタマの中の漠然とした知識に筋道をつけてくれるのはもちろん、新しい知識もたくさん授けてくれる。今回もまず解説から読み始めた。
ドナルド・E・ウェストレイクの作品だから笑えると思ったら大間違いらしい。シリアスな小説ということである。そして「斧」の原題「The Ax」にふれて丁寧な解説があり、最終的に「ax」には「クビ切り」という意味があることを教えてくれる。こういうところがわたしは大好きなのだ。
かんじんの小説のほうだけど、なんと言いましょうか、怖ろしい小説である。長年製紙会社の管理職だったのに、リストラされたバーク・デヴォアは再就職の口を探すが見つからない。考えた結果、バークは再就職するときにライバルになる人間を殺すしかないという結論に達して行動する。家のローン、子どもたちの教育費など、家庭を守ることを第一に考えているバークは黙々と殺人に励む。殺人の計画をこなしているバークに妻は自分への無関心を感じる、また息子が盗みで警察に捕まる。そういうことに冷静に対処していくところが不気味なリアリティがある。
中産階級の人間が仕事を失うということは、貧しい人間がつまらない仕事を失って生活保護を受けるにしてもそれは予期できるし、金持ちが事業に失敗して突然無一文になってもそれは予測できることだ、しかし中産階級はいまの生活から滑り落ちるとき本当に当惑する、というわけだ。わたしは貧乏人として中産階級の人に同情する(笑)けど、これは笑い事ではないと思う。現実に中産階級に殺人より怖ろしいリストラがせまってきていると思うから。
ドナルド・E・ウェストレイクはドートマンダーのシリーズや悪党パーカー(リチャード・スターク名義)がおもしろいし、タッカー・コウ名義の私立探偵ものが大好きだが、この本では新しい面を見せてくれた。わたしたちがいま生きている過酷な資本主義社会を分析して鋭い。(文春文庫 667円+税)


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