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ヴィク・ファン・クラブ アーカイブ

2004年09月04日

VFCサイト6周年と誕生日

VFCサイトは6周年を迎えた。自分の誕生日に発足させたのだから便利である。6年前のことを思うと、ようやったなぁ、いまからこんな大きなサイトはようつくらんと思う。それどころかいまはアップすべき原稿が3カ月分溜まっている。夏バテとか仕事が忙しいと言ってるが、自分の日記だけは書いているから、勝手と言われてもしかたないか。そろそろやらないと原稿を書いてもらえなくなってしまうね。
ま、今日はかたいことは言わんとこ、誕生日やし。
プレゼントをくださった皆様(というほどではありませんが)、ありがとうございました。なーんと、ヴーヴクリコを送ってくださった人がいて感謝感激なのである。夕方届いたので飲むのは明日になるけど、わたくし、ヴーヴクリコって初めて飲みます。明日が楽しみだー。

2004年10月09日

楽しさの持続

VFCは1991年の11月に発足したので、今月の末でまる13年になる。ほんとにまあよくやってきたものだ。2・3年のつもりで引き受けたのだが、いつのまにやら10周年を迎え、それから3年経ってしまった。いま使っているコピー機のリースが終わる頃はやめようと思っていたら、もうその時期が近くなったらしくゼロックスから買い換えを言われている。また5年リースを組んであと5年がんばりますか(笑)。
わたしがVFCを引き受けたとき、いろいろな要望があったのだが、わたしがやろうとしたことはただ一つ、「楽しく語りあう」ことであった。バブル崩壊前の“できる女”みたいな人たちの集まりであることをやめ、生活から生まれる言葉を語ることを提案したのは、いまでもすごいことを考えたものだと思う。「楽しく語りあう」ということは、自分自身の言葉でなくてはならないのだ。斜めにかまえたり、上から見下ろしたりでは、楽しい言葉は出てこない。それに、こんな会で新聞記者が書くようなことを言ってもつまらない。書評家が書くような書評を書いてもおもしろくない。
自分の言葉で書くということは、毎月の会報で実践されていて、わたしは毎月の会報編集が楽しくてしかたがない。まだネットにはアップしてないけど、「旅に出る」「私の本棚」(今月から)など、楽しい連載があるのもうれしくてしかたがない。
しかし「楽しさの持続」はかなり難しいことで、楽しいからといって、日常のおしゃべりをそのまま持ってこられると困る。「楽しい」と「考えなし」とは別のものなのである。えらそうに書いたけど、13年間の蓄積から出てきた言葉です。

2005年04月22日

若狭からの友と大阪散歩

超多忙生活で最近は更新がないけれど、当サイトのエッセイページで人気の「大町だより」「若狭だより」のyukariさんが、今日のお昼に大阪に出てこられた。お連れ合いと仕事を兼ねての来阪で、用事のすんだyukariさんとモモちゃんとわたしの3人で半日遊ぼうというわけ。
うつぼ公園で待ち合わせて公園に面したアースカフェでランチ。昼休み時間がすむとお店が落ち着いてきたのでゆっくりできた。上の子供たちがお土産は食べ物がいいと言ったそうで、それじゃへんなお菓子よりもおいしいチジミがよかろうと、鶴橋までタクシーで行った。市場の中を乳母車を押してyukariさんはチヂミとキムチ、わたしはチヂミと豚足を買って、帰りは地下鉄千日前線で西長堀までもどり、少し歩いてチャルカへ行った。ここでゆっくりさせてもらい、仕事のすんだお連れ合いのKさんも合流しておしゃべり。仲のよい夫婦と元気なモモちゃんと楽しいひとときを過ごした。yukariさんがイチゴパフェを注文したのでわたしもと思ったが、ここでお腹を冷やしたらアカンと熱い紅茶とケーキにした。イチゴパフェはとても可愛くて豪華だったわ。今度食べよ。イチゴはほとんどモモちゃんが食べた。よう食べる元気な子で、だっこもさせてもらって、まんぞく。

2005年05月21日

土曜日の午後の散歩

VFCの世話人を引き受けてほんとによかったと思うのは、いっぱい素敵な友だちができたことだ。なんとなく気があうという友だちもいるけれども、VFCで知り合った人との仲は格別である。
今日お会いしたYさんは、知り合ったとき幼稚園だった娘さんがいまは大学生である。最初のころは毎月のように会って、いろいろと話し合ったり相談したりした。わたしが若い女性会員の気持ちがわからなくて立ち往生状態のとき、その心理を教えてもらったのがすごく役に立った。最近は年に一度のペースで会っている。お互いに元気なのを確認して笑いあうのがとても気持ちよい。
今日はうつぼ公園で待ち合わせてバラ園を散歩し、アースカフェでゆっくりとお茶にした。Yさんは今年のはじめに仕事を辞め、次の仕事が決まるまでの数カ月を体を休めたり旅をしたり充電期間としている。3月からオクスフォードに滞在して復活祭の前日までいたのだが、冬から急激に春になるイギリスの最高の1週間を体験した感激を話してくれた。
相変わらず前向きで、相変わらず負けん気の強いYさんと、土曜日の午後を絶え間なくおしゃべりして過ごしとても楽しかった。

2005年07月23日

オホーツクのホタテ貝

長いこと第4土曜日はVFCの例会日と決めている。わたしはいつも1時間前に梅田に出て、本屋や百貨店に寄ることにしている。あれこれと見てまわるのがけっこう楽しい。ちょこっとした買い物も楽しい。
今日はL・L・ビーンのバーゲンに寄ってブラウスとTシャツを買い、ドーチカの本屋で「レベッカ」のDVDを見つけて買った。それからダーツで有名な西梅田のパブでの例会に行く。おしゃべりしていると、これからダーツのグループのパーティで、ワインとホタテが出るからいっしょにと誘われた。
ワインはパリのお土産ということで飲み口のよい赤。ホタテは大きいお盆に貝をお皿にして豪華に出てきた。貝柱のお刺身のほかバーナーで焙ったのや火を通したものなど。オホーツク海のそばのサロマ湖で養殖した4年もので、流氷の栄養をたっぷりと摂っているんだとか。わたしは最近は魚をあまり食べていないが、今日はよいことにしようと勝手なことを言いながら、勧められるままたっぷりと食べた。おいしかったわぁ。二人の中年男性のおごりだったが、お金があればこういう使い方もいいもんだなぁ。

2005年09月04日

VFCサイトはこれから8年目に入る

VIC FAN CLUB(VFC)のホームページをはじめて7年が通過した。これから8年目に入る。うれしいこと楽しいことがたくさん、腹が立つことも少しあった7年間だった。
VFCは1991年秋に発足して、細々ながら14年続いてきた。これからも続けていくつもりである。(VFCの成り立ちについてはトップページの左側グレーのところから、「はじめに読んでください」をお読みください。)
わたしが毎日書こうと決心してはじめた「kumikoページ」も、毎日書き続けている。これはもう習慣になっていて、夜の12時ごろから書きはじめると、なんとかさまになってくる状態になった。
でもね、毎月の会報をつくるのと例会を維持するので疲れてしまっているのね。そのしわ寄せがサイトにきている。最近ほんまに更新が少ない。新しく会報に書いてくださった原稿もアップを待って溜まっている。わたし自身も「ミステリーページ」と「サラ・パレツキーページ」に、きちんと原稿を書きたいと思っているのだけれどなかなかです。サイトへの情熱をかきたてんとあかんのやけどね(なぜか大阪弁)。
いっときは破竹の勢い(?)だった「VFC BBS」はいろいろあって、2カ月くらい前に閉鎖しようと思った。でも書いてくださる方がいるので細々と開いている。けったいなエロ書き込みが毎日あったが、閉鎖すると書いてからばったりやんだ。この数日はまた復活しているのは、やめてないことに気がついたんでしょうね。毎日3回は削除している。2通りの同じ書き込みだから、置いておいてみなさんにお見せしてもいいんだけど(笑)。
ま、いろいろとありますが、ここまで持続したんだから、VFCもVFCサイトも続けていこうと思っています。だって、会員の方々がこの会を必要とされているのがひしひしとわかるし、また周りから支えてくださる方々がいてくださるから。
メールや掲示板への書き込みよろしくね。

2005年09月18日

天音堂ギャラリーで楽しいひととき

人間のつながりはおもしろい。今日わたしと相方は南堀江の画廊天音堂ギャラリーで、初対面の二人と和やかに言葉を交わした。一人は画廊の主、山口平明さん、もう一人は東京在住の小児科医、山田真さんである。
VFCをはじめてからさまざまな人たちと出会ってきた。今回の新しい出会いが“赤い糸”で結ばれていたような感じと言ったらおかしいかしら。8年ほど前、山田さんのパートナーのUさんから「地球の歩き方」にわたしが書いた「ヴィクのシカゴ」を読んだと連絡があった。ちょうどシカゴ旅行に行かれるときの問い合わせだった。会員になられて、会報に毎号なにかしら文章を書いていただいている。山田さんがその会報を楽しみに読んでくださっていると聞いてびっくりしたが、そのうち、Uさんを介して本の紹介のやりとりがあるようになった。
先日、山田さんから突然に電話があり、大阪に行くから天音堂ギャラリーで会いましょうということになり、それが今日なのだった。天音堂へ行くと旧知のように迎えられ、笑いながらの会話はあっという間に2時間半経っていた。この夏発行された本「闘う小児科医 ワハハ先生の青春」をいただいてサインもしてもらった。会報を楽しみにしてくださっていることもしっかりとわかった。会報づくりはちょっと疲れてきてたけど、こんなに評価されているなら、これからもがんばるわ。今夜は京都へ泊まられるとのことで、アメリカ村を通って心斎橋まで見送ってお別れした。
そうそう、会話のはじまりは“痩せた”である。写真で拝見していた印象よりずっと痩せておられた。ダイエットしはったんだって。わたしったら、顔を見るなり言ってしまったが、痩せると楽しいというお返事であった。同感。ここまできたら長生きしなくちゃ。
帰り道、北堀江のスペイン料理店で晩ご飯を食べて、月を愛でながらゆっくりと歩いて帰った。
天音堂ギャラリーではいろいろと感銘を受けたので、また次の機会にゆっくりと書きます。福島県から送ってきたという巨峰をお土産にいただいた。すっごくおいしいの。

2005年09月28日

「シカゴだより」と「KAZUN's Show Case」

当サイトシカゴページの「中野和子のシカゴだより」を今日リニューアルした。前よりも整理されてすっきりした。1999年10月、中野さんがシカゴで暮らしはじめた街のことを書いた「私の住んでいる街」からはじまり、今月の「アーリントン国際競馬場」にいたる、さまざまなシカゴからの37通のおたよりである。
それより1年前にこのサイトははじまっている。わたしたちは現在ウェブ制作で生計を立てているが、その第一歩はこのVFCサイトだった。いまも大きいサイトだと言われるけれど、最初からこの構成を考えたのだから大変だった。アップした日は徹夜になり、外に出ると目の前を黒いものが飛んでいた。生まれてはじめての飛蚊症だった。それから7年、サイトとともにkumikoページも続いている。
さて、「シカゴだより」のリニューアルだが、見た目をすっきりとさせただけでなく、プログラミングも整理したらしい。この結果、「Yahoo!」や「Google」の検索エンジンに掲載されやすくなるはずだそうだ。
そして今月の半ばに中野さんのブログ「KAZUN's Show Case」が発足した。とても可愛いので見にいってあげてください。

2005年11月02日

シカゴ発「US SHIMBUN.COM」

シカゴ在住の藤河さんからメールがとどいたのは去年のことだ。シカゴを紹介するサイトをいろいろ見たが、VFCサイトがとても良いと思ったと言ってくださった。さっそく藤河さんのサイト「Open City」とブログ「ユキノヒノシマウマ」を見せてもらったが、精力的なシカゴ紹介にくらくらしそうだった。そのときお互いにリンクしあったのだが、今回のメールはさらにパワーアップ、シカゴ発の「US SHIMBUN.COM」にコラムページを持っていらっしゃるとのこと。そしてVFCとの相互リンクしたいとのことで、こちらは願ってもないことである。さらに、リンクページでは目につきにくいということで、ご自身のコラムページ「藤河さんのシカゴはクール」にVFCをていねいに紹介してくださった。
藤河さん、ありがとうございます。
こういうことがあると、またまたやる気が起こってくるのよね。サイトと会報の2本立てはしんどくて、どっちもお座なりになりそうなところだけど、まだまだ頑張る。

2005年11月04日

毛馬のこう門

いつだったか都島から毛馬方面へ歩いたことがあった。毛馬の閘門(こうもん)のところに、蕪村の「春風や 堤長うして 家遠し」の句碑が建っていた。自転車道があってまっすぐ行けば千里に至るらしい。
わたしは地図を見るのが好きだが、知らない場所は点として見るばかりで、線にならないという頼りなさである。最近は下新庄の整骨院へ行くのが、真っすぐに地下鉄線→阪急線としてしかわかっていなかった。帰りに電車を選べば梅田へ寄れるからうれしいというくらい。ある日、本を読むのをやめて淀川を渡る電車の窓から東方向を見ると、淀川の河川敷が秋色を深めている。そして「毛馬のこう門」という看板が見えた。そうなのか、あそこが毛馬だったのかと、帰ってから大阪地図を開いて確認した。
夏の間は歩く気が起こらなかったが、今日は駅方向と反対側に歩いて神崎川の川堤を歩いてきた。川岸はきれいに舗装されて「なにわ自転車道」となっている。その道を15分ほど歩いて堤を上り、もどりは堤防の草地を歩いた。郷愁にひたれたひとときだった。

さっき、とてもうれしい「届けっ!メール」がとどいた。
今日はじめて「サマータイム・ブルース」を読まれた方が、このサイトも丁寧に読んで感想を書いてくださったのだ。「わたしのサラ・パレツキー論」をおもしろかったと言ってくだり、うれしいかぎり。
こういうメールって、やる気の素になる。ありがとうございます。

2005年11月24日

あっという間、でもないか、14年

ヴィク・ファン・クラブは1991年11月1日にはじめたので、今年で14年になる。あっという間のような気がするし、長いことやってきたなと思いもする。なんて書いたけど、創立記念日をころっと忘れていた。1日2食記念日は覚えているのに(笑)。
さっき、お茶碗を洗っていてそのことを思い出したのだけれど、ミクシィの日記にお好み焼きのことを書いて、お好み焼きをいつ食べたか考えていたのね。VFCの10周年の集まりを4年前にやって、そのオプションということで、遠方の人たちのために大阪めぐりをして、お好み焼きを食べたってことを思い出したというわけ。アホみたいやな。
さて、まじめに考えて・・・14年経ったのだなぁ。来る人は迎え、去る人は追わず、淡々とはいかなかったが、まだ沢山の方がおられ、先日は新人の入会もあった。会報の原稿も毎月きちんとあり、表紙やページをかざるイラストも毎月描いていただいている。サイトの掲示板も個人経営になったがボツボツある。この調子では15周年は大丈夫かな。お好み焼きパーティなんかどうかな(笑)。

2006年02月04日

遠来の客は新会員

東京在住のVFC会員から、大阪へ行くので用事がすんだら会いたいと連絡があった。会員というのは去年の夏にギャラリー天音堂でお会いしたYさんである。その後、入会してくださったので、今日は会員どうしの懇談会。だからやっぱり場所はシャーロックホームズだ。2時間ちょっとだったが、お互いにしゃべるしゃべる。
ちょっと前、Yさんが妹さんのサイトに子ども時代に読まれた本のことを書かれた。その本をわたしが知らないと言ったので、2冊持ってきて貸してくださった。スーザン・クーリッジ「ケティー物語」と西条八十「花物語」。
わたしも少女時代に読んだ本のコピー(図書館でとってもらったもの)と再訳本を持って行った。ジーン・ポーター「リンバロストの乙女」と「そばかすの少年」、コピーのほうのタイトルは「黄色い皇帝蛾」。
ミステリーもお互いに幼少のころから読んでいるのがわかり、どんどん作家と作品名が出てくる。でも、それらを懐かしんでいるだけでなく、そこから現在の読書につながっているから、話していても気持ちよかった。
彼のすすめでグレッグ・ルッカのアティカス・コディアック・シリーズを読んで、ミステリーの新しい方向を感じることができたのは大きい。

2006年02月15日

「Vic Fan Culb News」2月号は明日発行

VFCの会報作りで毎月10日から15日はあわただしい。いつも出たとこ勝負で届いた原稿や手紙とイラストを組み合わせて作る。考えるのと手がいっしょに動く。読みやすくて親しみやすいと自分で思えるものを、ものすごいスピードで作る。もちろん、土日祝日関係なしで、夜中にもやっている。でもそれはわたしの勝手であって、「この土日、会報ははかどりましたか」なんて言われると激怒するよ(笑)。
さて、今月もステキな会報ができあがって、明日発送である。今月は表紙をヴィクの顔が飾っている。新会員のTさんが描いてくださった。ときどき新しい人が新しい風を入れてくれる。“古い皮袋に新しい酒”とばかりに、VFCというけっこう古びた会に、新しい会員がヴィクへの思いのたけを述べてくれるのがうれしい。

一昨日、昨日と会報作り中に田辺寄席サイトのことでもめ事(?)があったが、身を引くということで乗り切った。絶対にやらなあかんとばかり考えて対処の方法を考えていたが、ここまで言われてせんでもええんやと発想の転換(?)をしたらすっきりした。でも一晩寝られないくらいに考えてのこと。引き継ぎするまではマイペースでいくつもりだが、ここまでの心境になるまでに疲れた。

2006年02月25日

しゃべって笑って大満足

今日は暖かかった。VFC例会があるので夕方早めに梅田へ出て、阪神百貨店の地下へ行ったら、たいそうな人出なのでおどろいた。お菓子売り場はピンク・ピンクでいっぱいである。ひな菓子と桜餅、桜せんべい等々を眺めるだけでも楽しい。結局眺めるだけにした。それからジュンク堂へ行って本を買ったがやっぱり人が多い。レジにもずらりと並んでいた。
シャーロックホームズも賑わっていた。そういえば地下鉄も混んでいた。暖かさに誘われて人が家から出てきたんやな。
今日の例会は新人の参加でおしゃべりがはずんだ。ミステリーのこと、サラ・パレツキーとヴィクのこと、ジャズ、ミクシィ、震災、友人、職場のことと話題が飛ぶ。しゃべりつつ笑い、ギネスもフィッシュ&チップスもたくましく消化した。
VFCを知って入会にいたる人は、最初は新聞記事を読んで、次は本を読んで早川書房に問い合わせ、それから「地球の歩き方」に載った「ヴィクのシカゴ」を読んでという具合だった。最近はホームページからが続いていたが、ついに今回はミクシィからである。次はなんだ?

2006年03月09日

おしゃべりは百薬の長

昼ご飯を食べていたらVFC会員のS・Yさんから電話があり、中央図書館で調べものをしているので、それがすんだころに会えるかしらと言う。今日はヒマだからオーケーよと、3時に会って堀江方面に歩いた。彼女と会うのは去年の夏以来だ。顔を見るなりしゃべりだす。大手の外資系企業で働いていたが、去年の春に退職し1年間充電して4月から大学の先生になるという。こういう人となんで友だちなのかと言われそうだが、10数年前に会ってからなんとなく気が合って、いつも昨日の続きみたいにしゃべっている。
チャルカで久しぶりのケーキを食べて3時間ほど延々とおしゃべりし、お互いにストレス解消できて機嫌良く別れた。
チャルカは先日朝日新聞に東欧雑貨の記事が写真入りで出ていたし、その前は「Lマガジン」の表紙と記事になったしで、雑貨店の最前線みたいな感じになっている。今日は乙女柄と花柄のレターセット、桃柄のメモ用紙、細かい花模様の薄紙を買った。この間から来ようと思っていたところだったのでちょうどよかった。

2006年03月25日

延々5時間

春めいて暖かい日だった。シャーロックホームズのある大阪駅前第1ビルの横の桜3本が満開だった。早咲きの種類なのかな。ジュンク堂で本を探していたら汗をかいてしまった。欲しい本が見つからず、結局「ミステリマガジン」5月号を買っただけ。
今日のシャーロックホームズでのおしゃべりは午後6時から11時まで延々5時間だった。よくおしゃべりのネタがつきないものだと我ながら感心。ノンストップだもんね。ミステリー、ネット、VFCのことから本町・堀江・新町かいわいのこと、雑貨、袋物、そして食べ物。それから仕事のこと。ありとあらゆることにああでもない、こうでもない、だから好き、だから嫌いとやっていた。
Sさんとはもう5年くらいのつきあいかな。会ったのは2年ぶりくらいかな。ネットではしょっちゅう会っているので、なんでも知り合ったどうしである。でも顔を突き合わせてしゃべる快感にまさるものなし。
飲んだのはギネスとバスペールエール、食べ物はカモネギ、フィッシュ&チップス、バンガードマッシュ、そしてコーヒー。
栃東は勝ったらしいので、これから大相撲幕内全取組をゆっくりと見る。明日千秋楽が楽しみだ。

2006年04月01日

2メートルの絵巻

VFC会員は人数は少ないけど楽しい人が多いのでまとめ役も楽しくやっていける。届いたメールや原稿を整理し少しばかりのレイアウトをして、毎月発行する会報がわたしの楽しい仕事だ。そこにアクセントが入るとガゼンはりきる。毎月10日の夜にファックスが音を立てるとOさんの娘さんのMちゃんからのイラストだ。たまにMさんの娘さんUさんからメールに添付したユーモラスなイラストが届く。そして先月は新会員のTさんからヴィクシリーズ登場人物のイラストを全員分カラープリントして送ってくださった。
今日はまたものすごいのが届いた。SさんはTさんの娘さんで、小さいときから折にふれイラストを送ってくれている。独特のヒヨコが主人公のマンガ風イラストは、ときに鋭いブラックユーモアがあふれている。半紙2枚に描かれた続き絵を表紙と裏表紙に続けてのせたことがあった。横長の絵を眺めて考えた結果がうまくいった。なに、表紙には〈裏に続く〉と書き、裏表紙には〈表紙から続く〉としただけだが。
今日届いたのは、A4の半紙を横にしてなんと2メートルの絵巻である。「○○山 ○○寺 縁起絵巻」(○○は会報まで公表しない)とある。iPodが重要なテーマになっている。この絵巻どう料理しよう。

2006年04月22日

第4土曜日はVFCの日

VFCの例会は毎月第4土曜日と決めている。震災の前からやってるから11年ちょっとになる。サラ・パレツキーさんが来日されてからすぐのことだ。多いときは10人を越える人がきて賑やかだった。恋の悩みをかかえて話をしにきた人、彼氏を連れてきた人、中心になりたい人、いろいろいたが、みんないっぱい話がしたかったんだなぁ。
10周年を迎えてからはぐっと低調である。雑談するためにわざわざ出てこようという気持ちがなくなったんだろうと思うと少しさびしい。
もうやめようかと思ったり、2カ月に1回にしようと思ったりするが、やっぱり月一でやっていこうと思う。わたしがここに月に一度いて、会員が会いにこられる状態をおいておこうと思う。わたしが元気でいるかぎり。
今日はSさんと10時までおしゃべりした。雑談は体に良い。それにわたしの知らないビジネス社会のことなんかを教えてもらえた。本やコンサートの知識も追加できた。Sさんもそうだと思いたい。

2006年05月17日

戦う女性たち

サラ・パレツキーのV・I・ウォーショースキー(ヴィク)シリーズ第1巻が翻訳されたのは1985年だから、もう20年以上も前のことだ。徐々に女性たちに浸透していき、5年ほどで日本の真面目な女性読者たちの憧れの的となった。1991年にヴィク・ファン・クラブ(VFC)が発足した。今年の11月で15年になる。作品はハードボイルド私立探偵小説だが、読者もVFC会員もミステリーファンを超えて広がっていった。
VFCができてからサラ・パレツキー来日の1984年くらいまで、4F(いまでは知る人も少ない、主人公、作家、翻訳家、読者が女性の意味)という言葉が流行り、強い女の代表として語られた。その強い女ヴィクの名を掲げたグループVFCは、珍しい動物のようにマスコミに紹介されていた。さまざまな新聞と女性誌に名前が載った。当然そのように振る舞う人もいたけれども、おおかたは真面目な読書家であり、仕事と育児をこなしている人たちである。
最近になってミクシィで「サラ・パレツキー コミュ」をやりはじめたが、ここに参加されている人たちの「はじめまして」の挨拶を読んでも、VFC会員と同じような真面目さを感じる。参加人数は少ないが、これから読書する人がパソコンを持ったらもっと増えるだろうと思う。
またミクシィの話だが、「戦う女性代表者たち」というコミュに入った。ここに戦う女性代表者たちとして名前を挙げられているのは、日本のコミックからがほとんどだ。ヴィクも他の女性探偵もいない。まだ翻訳ミステリーを読む層がミクシィに入っていないせいもあるだろうが、戦う女性が外国人である時代は終わったのかもしれない。それはうれしいことだよね。あらあら、そんなことを言ってたらVFCの存在理由がなくなるやん(笑)。それはね、ヴィクとわたしらは人種を超えて深い絆で結ばれてるから大丈夫なのよ。

2006年05月23日

サラ・パレツキーの新作「ウィンディ・ストリート」6月10日発行

今日は楽しいメールを早川書房編集部からいただきました。サラ・パレツキー「ウィンディ・ストリート」(原題 FireSale)が6月10日に発行されるというニュースです。「FireSale」が去年の春に発行されてからじっと待っていましたが、1年ちょっとでの翻訳だから早いですよね。
早川書房のサイトにいくと内容の紹介がちらりとあります。
〈母校の恩師が病に倒れ、替わりに女子バスケットボールのコーチを引き受けたヴィク。選手の母が勤める町工場へのいやがらせ行為の調査を始めたことから、弱者を搾取する巨大企業と対決する羽目に〉
ほらほら、今度もまた目の前にあるおかしなことの調査から、巨大企業との対決にいたる、いつものヴィクと出会えそう。早く読みたい。
今日は当サイトでの告知、ミクシィのコミュニティでの告知、VFC会員に宛てた「号外」の制作、等々で忙しかったです。楽しい忙しさっていいな。

去年の夏にVFC会員の中野さんが、イリノイ州立大学内の書店で行われた〈サイン会〉に出席した報告があるので読んでください。お元気なサラ・パレツキーさんの写真が見られます。

2006年06月13日

サラ・パレツキー「ウィンディ・ストリート」を読み出した

ウィンディ・ストリート (ハヤカワ・ノヴェルズ) サラ パレツキーサラ・パレツキー「ウィンディ・ストリート」が6月10日発行というお知らせを、早川書房編集部からいただいていたので、京劇を観に行く前に堺筋本町の紀伊国屋に寄って買った。帰ったら山本やよいさんが送ってくださった本が届いていた。いつも発売日に書店で買うことにしており、本をいただいたらすぐ買いにいけない会員に送ることにしている。
帰りの地下鉄で読み出したが、そのあとがなかなか読めない。まずサッカーのテレビ観戦があって、15日発行予定の会報づくりがある。まだ100ページまでいっていない。
のっけから昔の恋人のコンラッド・ローリングスが出てきたのにはびっくりした。この人が恋人になったときは、とてもいいカップルだと思えたのだが、ヴィクの勇猛果敢に追いつけなくて去って行ったのだった。警官としてはすごく仕事のできる人だが、組織のしがらみがあってヴィクといっしょに活動するのは無理だった。
そんなことを思い出しながらサッカーを見ていたわけ。今夜はフランスとスイスの試合が12時45分からある。少しだけでもジダンを見ておかなきゃなぁ。
会報のほうは原稿がたくさんあってやりがいがある。久しぶりのメールが結婚と妊娠の報告だったり、一念発起してダイエットにいどんでいる人の報告もあり。前向きに生きている人と交わるのは楽しい。

2006年07月04日

VFCサイトのトップページを変えました

ヴィク・ファン・クラブのトップページにはほぼ2年間「ブラック・リスト」の写真と紹介文がありましたが、さきほど新しく「ウィンディ・ストリート」に変えました。「ブラック・リスト」は本も紹介文も赤がベースでしたが、今回はさわやかなブルーにしました。“再読み込み”すると回転する本が何度でも見られます。お楽しみください。
「kumiko日記」を独立させてから、VFCサイトを見に来てくださるかたが減ったようでちょっとさびしい。BBSに楽しい書きl込みがあるのでときどき見てくださいね。ついでに書き込みしてくださるとうれしい。わたし宛に「届けっメール」も出してくださいませ。

2006年07月16日

はや7月も半ばを過ぎ

毎日毎日ばたばたしているうちに、はや7月も半ばを過ぎたではありませんか。なんかわからんうちに3連休だそうで、京都では祇園祭です。稼ぐのに忙しいほどではなく、なんとなく忙しいのはなんでかと思ってしまいます。
さっき今年最初の蝉の鳴き声を聞いたというたよりがありました。そろそろ梅雨が明けそうです。真夏になってしまえば、少しは蒸し暑さがやわらぐかもしれません。
今日ようやくVFCの会報を発送するまでにしました。明日切手を貼ってポストに入れます。今月は切手カンパが残っているので郵送にします。できたての会報を開いては何度も読んでます。これがわたしのいちばん楽しいひととき。
もう少しで15周年を迎えるのにマンネリになったらあかんと思って、会員証をちょっとポップでおしゃれなのにつくり替えました。見たい? 会員になったら見られますよ(笑)。

2006年07月22日

本を読む女たち

今日はVFCの例会日なので、いつものように早めに家を出てジュンク堂へ寄った。本屋は久しぶりである。子どもの本や美術や映画の棚を見てから文芸のほうへ。
この前から探していたジム・トンプスン「内なる殺人者」(原題 THE KILLER INSIDE ME 河出書房新社 単行本)があったので買った。扶桑社から出ているのは同じ原作で「おれの中の殺し屋」である。どっちの題名が合っているかな。わたしとしては「内なる殺人者」のほうがカッコつけてるから好きだ。実存主義的(笑)。「内なる××」って言葉が昔流行ったっけね。もう1冊、ジム・トンプスン「失われた男」(扶桑社文庫)も買った。まだ読んでないで持っているのもあるのでたいへんだ。シャーロックホームズでギネスを飲みながら読み出したら、これはすごいわ。ゆっくり読もうとしまい込んだ。
そこへOさん親子がご登場。久しぶりに会ったのでいろいろ話がはずんだ。サラ・パレツキーの新作「ウィンディ・ストリート」の話もたくさんした。娘さんは5年ほど前に会ったきりだったので、大きくなったのにびっくり。本を読む少女になっているのがうれしい。これからヴィクシリーズも読むとのこと。拍手。

2006年08月18日

VFCサイトは9月4日で丸8年を迎える

今日もまた蒸し暑い日だった。VFCの会報は10日締め切り15日発行と一応決めていて、毎月そこそこ間に合わせている。間に合わさないといつまでもだらだらして他のことができない。だが今月はいつまでもだらだらしてしまった。体がいうことを聞いてくれないというのはこのことやな。明日送れるところまでさっきすませて、やれやれ。

VFCサイトは9月4日で丸8年を迎える。あまり新しい記事がないからジマンしにくいのだが、素晴らしいサイトでしょ。どの原稿を読んでも真面目なところがVFCたるところ。最近、少しずつプログラミングを更新している。「シカゴ」ページの「中野和子のシカゴだより」と吉野八英さんの「シカゴを歩く」が読みやすくなっているのでいってみてください。

2006年09月03日

今年の秋、そしてVFCサイトは8周年

今年は秋が早いような気がする。9月のはじめはいつもの年だともっと暑がっていたと思う。明日からがどうなるかわからないけど。
足の具合が悪いため一日中家に居ると、お日さんの射し込みかたが変わっていくのがよくわかる。軌道が下のほうになり5時を過ぎると向かえのマンションの裏側にいってしまう。そのあとはマンション横の道の上になりまたカッと照って、横の窓に射し込んでくる。それから夕焼け。西の空が真っ赤っかになる。そして日が短くなった。ずっと明るい時間にご飯を食べていたのに7時にはもう暗くなっている。

VFCサイトをはじめてから8年経った。最近は日記以外に更新がないけど、それでもこうして堂々とサイトがあるのだからすごい(自画自賛)。著作リストもやりっぱなしだし、本の感想なども載せていきたいと思っているが、日記を書くのでせいいっぱい。まあ、ぼちぼちとやっていきまっさ。
VFC BBSは継続中なのでどうぞなんぞ書いてください。

2006年10月16日

お節介します

VFCの会報がほぼできあがった。あとは綴じて封筒に入れるだけだけど、これが面倒くさいと毎度言うている。
VFCは今月が終わると15年経ったことになる。ずっと会報を出し続けているのがエライとこれも毎度言うている。
今月は15年経ったという挨拶文を書いた。そしてこれからもやっていくと書いたんだけど、「お節介します」という一節を入れた。先日、再放送の「剣客商売」を見ていたら、秋山小兵衛が助太刀の礼を言われて、「ただの年寄りのお節介ですよ」と答えていた。おっ、カッコいいと思って使わせてもらったのだ。これからはこれはお節介やなと照れたりせず、堂々とお節介すると公表したわけ(笑)。VFCの世話人としてお世話とお節介やっていきます。
でも会員がいなくてはお世話もお節介もありゃしない。VFC会員は随時募集中です。

2006年10月28日

ヴィク・ファン・クラブ 15周年を祝う夜

何回か書いているけどヴィク・ファン・クラブ(VFC)は発足以来15年経った。ヴィクのファンというええかげんなことで集まった人たちが、それだけのことで友情を育んできて15年が過ぎたということである。
吹けば飛ぶよな会だけど、VFCの会員であることは一種の緊張を持つことであって、その緊張がゆるんだときは、会員でいたくなくなるということだという不思議な会である。だれもが普通に生活している人なんだけど、前を向いて自分の場にきちんと立っている。
今夜は不振が続いている例会にたくさんの人が集まって賑やかだった。おめでとうと真紅の薔薇の花をもらった。
今夜の盛会はまだまだやろうという意志のあらわれだと思う。まだまだお世話&お節介がんばる。

2006年11月25日

ヴィク・ファン・クラブの例会日

例会日とはいっても不振を極めていて継続すらおぼつかない状態なので、1人でも参加者があれば御の字なのである。今日はMさんといろいろ話し合えてよかった。シャーロック・ホームズはダーツで名高い店でもある。うまいギネスを飲んで、Mさんはダーツの手ほどきもしてもらったし、遅くまで遊んでいい夜だった。
いつものように早めに出てジュンク堂へ寄って本を買った。S・J・ローザンのシリーズ新作は6冊目で「天を映す早瀬」。さっそく読み出した。リディアとビルは依頼されて香港へ向かう。もう1冊はピーター・トレメイン「蜘蛛の巣」上下で、7世紀アイルランドが舞台の修道女フィデルマが活躍するシリーズ。
そのあと本を見てまわってたら、絵本のところにリスベス・ツヴェルガーの「くるみ割り人形」が平積みしてあった。見てびっくり、うちにあるのとえらく違う。うちのは1987年に出た洋書で、暗い色調で少女が主に描かれていて生活感がある。今日見たのは明るい澄んだ色調で夢の中のよう。わたしはどっちかというと昔の絵のほうが好きだ。
次に映画の棚にいったら500円のDVDが揃っていて、探していた「高慢と偏見」があった。ローレンス・オリヴィエがダーシーさんで、グリア・ガーソンがエリザベスである。今夜は相方が朝までジャズライブなので、これからがわたしのお楽しみの時間だ。

2007年01月09日

サラ・パレツキーさんからメール

ヴィク・ファン・クラブはヴィクのファンクラブなのだからと、最初からサラ・パレツキーさんとは一定の距離をおこうということにしていた。ヴィクのファンが勝手に好きなことを言って楽しもうというわけだ。会報もヴィクよりも会員の生活の報告や意見の記事ばかりだけど、基本にヴィクを想う心があるので、これでいいと思っている。
それでも最初のころは作家に返事をもらえる楽しみで、英語のできる人がよく手紙を出していた。サラさんもよく返信してくださった。
1994年にサラさんが来日された後はメールの時代になった。そして1998年には「Vic Fan Club」サイトをはじめた。そのときはいまは亡きミステリ評論家の広辻万紀さんが、サラさんとメールのやり取りをしながら、「パレツキーズ・アイ」と「サラ・パレツキー著作リスト」を書いてくださった。わたしはいまもときどきカッコいいなと思いながら読んでいる。
VFCサイトに「シカゴだより」を連載している中野さんがシカゴから入会されたのも、メールがあってこそだ。それ以来サラさんとの連絡は中野さんにおまかせしてきた。毎月発行の「Vic Fan Club News」も毎月2部ずつ中野さんに送り、それからサラさんに送ってもらっている。
今回は中野さんが杉谷さんにもメールしてくださいと言ってくださったかららしい。「Vic Fan Club News」は日本語だから読めないけれど、ときどき翻訳してもらって読んでいると書いてくださっている。その他のことは会報に発表するのでここでは書かないけど、うれしいメールなのだ。

2007年02月15日

「VFC BBS」を閉じました

2001年9月からはじめたヴィク・ファン・クラブの掲示板をついに閉じました。約5年半ですから長いことやっていたものです。
最近とみに書き込みが減っているところへ、迷惑書き込みが日に100を超えてました。毎日入る度に削除してきましたが、今朝のいっきょに50にはめげました。わたしの忍耐もここまで。閉鎖に踏み切りました。
まあ、流行っている掲示板ならなんとかしようと思うところですが、一度は閉めると言って、まだ開けていたのですから、潮時を通り過ぎてました。VFCにとっての掲示板の役割が終わったということでしょう。たまに「ヴィクが好き」という書き込みがあるのがうれしかったのですけどね。
5年半を思い出せばにぎやかな掲示板でした。いろんな人がきていて、その中から会員になられた方もいますし、反対に言い合いの結果退会された方もいました。わけの分からないことがあり、ひどい迷惑を被ったこともありました。「ヴィク」とつくと、こんな日本の片隅にいても騒動がつきまとうのかと思いましたよ(笑)。
こうして思い出しはじめたら、忘れないうちになにか記録しておかなくては、彼方にやってしまうのはもったいないような気がしてきました。

ヴィク・ファン・クラブにご用があるかたは、このブログにコメントを入れてくださるか、VFCサイトの「kumiko pages」にメールフォームがあるので、メールをください。

2007年02月24日

紀伊国屋(鳩居堂絵はがき)とジュンク堂(扶桑社文庫)へ

今日は第4土曜日なので梅田へ出る日と決めてある。不振を極めるヴィク・ファン・クラブの例会日だが、わたしは確実に6時に到着することにしている。月に一度わたしがここにいるとわかっていれば、相談事を持ってこようという人がいるかもしれない、と思うわけね。
先に紀伊国屋に寄った。いつも出すばかりだった鳩居堂の絵はがきを、今年は二人の友からもらった。スミレの花とおひな様のと。切手も凝ったのが貼ってあってうれしい。絵はがきも切手も「物」だけど、「物」を選ぶ心がうれしいのよね。書いてある言葉もね。
いただいたおひな様ハガキを持ってないので、これは買っとこうと思ったのだが、同じのがなくて、違う絵柄のが2種類あった。その他、桜草やイチゴの春らしいのを補充した。
ミクシィの「セイヤーズ読書会」でKさんに教えてもらった、ピーター卿が出てくるというジェームズ・アンダースン「切り裂かれたミンクコート事件」を探したがなかった。あとは久しぶりの書店なので店内をうろうろした。
それからシャーロック・ホームズへ行って、今日はたっぷり本を読めた。一昨日からかかっている「アップル・コンフィデンシャル2.5J」の上巻をほとんど読み上げた。おもしろくてどんどん進み、ギネスとアイリッシュコーヒーで長居してしまった。
ジュンク堂は10時までやっているので帰りに寄ってみたら、さすがちゃんとあった。これは整骨院で待つときに読めるわ。桜橋の交差点に出たら夜の西梅田の風景は近未来風。バスが見えたので乗って帰った。

2007年03月13日

SARA PARETSKY SITE にヴィク・ファン・クラブの写真が・・・

サラ・パレツキーさんのサイト写真ページにヴィク・ファン・クラブメンバーの写真がアップされました。5年前の10周年のパーティのときのものです。それ以後は写真に撮るようなことがなかった(笑)。

サラさんからメールがあって、ウェブサイトに写真を載せたいので送ってほしいと言われていたのですが、送った写真がほんまに載っているのを見ると、ほんまやったんやーと、すっごくうれしいです。

また、リンクページにもVIC FAN CLUBとあるのでご覧ください。そこをクリックしたら、ちゃんとこちらのVIC FAN CLUB サイトにリンクされています。
最近はブログにばかりかまけて、サイトのほうがお留守になっているので、少し手入れをしなくっちゃね。
なんだかグローバルになったなーとしみじみと思っています。継続は力なり♪

2007年05月26日

午後の紅茶、夜のギネス

070526.jpg

阿波座のカフェ&ギャラリー シェ・ドゥーブルに、横尾忠則の大きな版画が展示されているのが今日までというのであわてて行った。
以前は機械関連の会社だったような古い平屋建てが、改装されておしゃれな店になっている。元倉庫か物置だったかと思われる奥の広い一室が画廊で、横尾さんの大きな版画を3点白い壁に寄りかからせて展示してあった。長いこと横尾さんの作品を見ていなかったので、うれしい展示だ。ほんものの絵を見たという感じ。
カフェスペースで紅茶を飲んだら小さなメレンゲがついていた。古びた感じのテーブルや椅子が気持ちよくて、ここで本を読み出したら帰るのがいやになりそう。厨房の壁のタイルと入り口の足下のタイルが素敵なので、聞いたらベルギーの女性作家のものだそうだ。(写真は入り口のタイル)

四つ橋線の本町に出て西梅田に行き、時間があったのでジュンク堂へ寄って文庫本を眺めた。今日買ったのはハヤカワポケットミステリの古いやつ、まだ読んでなかったレジナルド・ヒルのダルジール警視シリーズ「社交好きな女」。それからヴィク・ファン・クラブの例会日につきシャーロック・ホームズに行った。今日も盛会ではなかったが、元会員さんが久しぶりに顔を見せてくれた。もうすぐ結婚するとのこと。おめでたい話でよかった。
そのあとにMさんが来てギネスを飲みながらにぎやかにおしゃべり。しゃべるとアタマとココロが活性化するような気がする。

2007年05月27日

ヴィク・ファン・クラブ サイトの更新案内

今年の3月にサラ・パレツキーサイト写真ページにヴィク・ファン・クラブの写真がアップされ、また同サイトからリンクしていただいたせいで、VFCサイトへこられる人も増えています。
サイトを立ち上げてから9年近く経っていて見苦しいところも多く、新しい記事のアップも少ないのを気にしていましたが、昨日今日で少しだけ手を入れました。

「KAZUNのシカゴだより」は41回目をアップ。
「Chissarossa の I LOVE CINEMA」は26から31まで一挙掲載。
「VFC GALLERY」に「Mina's Gallery "One Scene"」を加えました。
「届けっ」メールはトップページ「Letter」からいけるようにしました。

これからもぼちぼちと手を加えていくつもりです。
このブログともどもよろしくお願いします。

2007年06月16日

ヴィク・ファン・クラブの会員

今月の会報ができあがり、あとは封筒へ入れて出すだけとなった。今月はたくさんのお便りがあってA4で30ページである。
そこへ新たな原稿が届いた。東京在住の〈無為閑道〉と名乗るかたで、「まだ生きてます。(中略)4月で91歳になりました。」とある。そして400字詰め原稿用紙7枚にぎっしりとミステリーの読後感が書かれている。これで来月の会報の基本原稿ができたと心が安らぐ。
ヴィク・ファン・クラブの会員は、住む場所も年齢も仕事もいろいろ、専業主婦も働く女性も、高齢男性も若い女性も、子どものいる人もいない人もいる。有名な人もいる。これだけバラバラな集まりは少ないと思う。それがヴィクのファンということで結びついている。わたしがジマンするところである。

今月新しく会員になられた人とはミクシィのコミュニティ「女性私立探偵たち」で知り合って親交を深めた。彼女はわたしが全然知らなかったアレグザンダー・マコール・スミス「No1.レディーズ探偵社」シリーズを教えてくれたら、Rさんが3冊の本を貸してあげましょうと素早い動き。「No1.レディーズ探偵社」のある南アフリカはボツワナ在住の人とも知り合った。ネットの恩恵をひしひしと感じた次第だ。まあいうたらシスターフッフド的な動きがネットを通じて行われたってことか。
今日は会報ができあがったので、ほっとしてシャーロック・ホームズで食事。その前にジュンク堂へ寄って、こうなったらやっぱり自分で持っていなくちゃと、お借りして読んだ本3冊を買った。