メイン

ヴィク・ファン・クラブ アーカイブ

2004年09月04日

VFCサイト6周年と誕生日

VFCサイトは6周年を迎えた。自分の誕生日に発足させたのだから便利である。6年前のことを思うと、ようやったなぁ、いまからこんな大きなサイトはようつくらんと思う。それどころかいまはアップすべき原稿が3カ月分溜まっている。夏バテとか仕事が忙しいと言ってるが、自分の日記だけは書いているから、勝手と言われてもしかたないか。そろそろやらないと原稿を書いてもらえなくなってしまうね。
ま、今日はかたいことは言わんとこ、誕生日やし。
プレゼントをくださった皆様(というほどではありませんが)、ありがとうございました。なーんと、ヴーヴクリコを送ってくださった人がいて感謝感激なのである。夕方届いたので飲むのは明日になるけど、わたくし、ヴーヴクリコって初めて飲みます。明日が楽しみだー。

2004年10月09日

楽しさの持続

VFCは1991年の11月に発足したので、今月の末でまる13年になる。ほんとにまあよくやってきたものだ。2・3年のつもりで引き受けたのだが、いつのまにやら10周年を迎え、それから3年経ってしまった。いま使っているコピー機のリースが終わる頃はやめようと思っていたら、もうその時期が近くなったらしくゼロックスから買い換えを言われている。また5年リースを組んであと5年がんばりますか(笑)。
わたしがVFCを引き受けたとき、いろいろな要望があったのだが、わたしがやろうとしたことはただ一つ、「楽しく語りあう」ことであった。バブル崩壊前の“できる女”みたいな人たちの集まりであることをやめ、生活から生まれる言葉を語ることを提案したのは、いまでもすごいことを考えたものだと思う。「楽しく語りあう」ということは、自分自身の言葉でなくてはならないのだ。斜めにかまえたり、上から見下ろしたりでは、楽しい言葉は出てこない。それに、こんな会で新聞記者が書くようなことを言ってもつまらない。書評家が書くような書評を書いてもおもしろくない。
自分の言葉で書くということは、毎月の会報で実践されていて、わたしは毎月の会報編集が楽しくてしかたがない。まだネットにはアップしてないけど、「旅に出る」「私の本棚」(今月から)など、楽しい連載があるのもうれしくてしかたがない。
しかし「楽しさの持続」はかなり難しいことで、楽しいからといって、日常のおしゃべりをそのまま持ってこられると困る。「楽しい」と「考えなし」とは別のものなのである。えらそうに書いたけど、13年間の蓄積から出てきた言葉です。

2005年04月22日

若狭からの友と大阪散歩

超多忙生活で最近は更新がないけれど、当サイトのエッセイページで人気の「大町だより」「若狭だより」のyukariさんが、今日のお昼に大阪に出てこられた。お連れ合いと仕事を兼ねての来阪で、用事のすんだyukariさんとモモちゃんとわたしの3人で半日遊ぼうというわけ。
うつぼ公園で待ち合わせて公園に面したアースカフェでランチ。昼休み時間がすむとお店が落ち着いてきたのでゆっくりできた。上の子供たちがお土産は食べ物がいいと言ったそうで、それじゃへんなお菓子よりもおいしいチジミがよかろうと、鶴橋までタクシーで行った。市場の中を乳母車を押してyukariさんはチヂミとキムチ、わたしはチヂミと豚足を買って、帰りは地下鉄千日前線で西長堀までもどり、少し歩いてチャルカへ行った。ここでゆっくりさせてもらい、仕事のすんだお連れ合いのKさんも合流しておしゃべり。仲のよい夫婦と元気なモモちゃんと楽しいひとときを過ごした。yukariさんがイチゴパフェを注文したのでわたしもと思ったが、ここでお腹を冷やしたらアカンと熱い紅茶とケーキにした。イチゴパフェはとても可愛くて豪華だったわ。今度食べよ。イチゴはほとんどモモちゃんが食べた。よう食べる元気な子で、だっこもさせてもらって、まんぞく。

2005年05月21日

土曜日の午後の散歩

VFCの世話人を引き受けてほんとによかったと思うのは、いっぱい素敵な友だちができたことだ。なんとなく気があうという友だちもいるけれども、VFCで知り合った人との仲は格別である。
今日お会いしたYさんは、知り合ったとき幼稚園だった娘さんがいまは大学生である。最初のころは毎月のように会って、いろいろと話し合ったり相談したりした。わたしが若い女性会員の気持ちがわからなくて立ち往生状態のとき、その心理を教えてもらったのがすごく役に立った。最近は年に一度のペースで会っている。お互いに元気なのを確認して笑いあうのがとても気持ちよい。
今日はうつぼ公園で待ち合わせてバラ園を散歩し、アースカフェでゆっくりとお茶にした。Yさんは今年のはじめに仕事を辞め、次の仕事が決まるまでの数カ月を体を休めたり旅をしたり充電期間としている。3月からオクスフォードに滞在して復活祭の前日までいたのだが、冬から急激に春になるイギリスの最高の1週間を体験した感激を話してくれた。
相変わらず前向きで、相変わらず負けん気の強いYさんと、土曜日の午後を絶え間なくおしゃべりして過ごしとても楽しかった。

2005年07月23日

オホーツクのホタテ貝

長いこと第4土曜日はVFCの例会日と決めている。わたしはいつも1時間前に梅田に出て、本屋や百貨店に寄ることにしている。あれこれと見てまわるのがけっこう楽しい。ちょこっとした買い物も楽しい。
今日はL・L・ビーンのバーゲンに寄ってブラウスとTシャツを買い、ドーチカの本屋で「レベッカ」のDVDを見つけて買った。それからダーツで有名な西梅田のパブでの例会に行く。おしゃべりしていると、これからダーツのグループのパーティで、ワインとホタテが出るからいっしょにと誘われた。
ワインはパリのお土産ということで飲み口のよい赤。ホタテは大きいお盆に貝をお皿にして豪華に出てきた。貝柱のお刺身のほかバーナーで焙ったのや火を通したものなど。オホーツク海のそばのサロマ湖で養殖した4年もので、流氷の栄養をたっぷりと摂っているんだとか。わたしは最近は魚をあまり食べていないが、今日はよいことにしようと勝手なことを言いながら、勧められるままたっぷりと食べた。おいしかったわぁ。二人の中年男性のおごりだったが、お金があればこういう使い方もいいもんだなぁ。

2005年09月04日

VFCサイトはこれから8年目に入る

VIC FAN CLUB(VFC)のホームページをはじめて7年が通過した。これから8年目に入る。うれしいこと楽しいことがたくさん、腹が立つことも少しあった7年間だった。
VFCは1991年秋に発足して、細々ながら14年続いてきた。これからも続けていくつもりである。(VFCの成り立ちについてはトップページの左側グレーのところから、「はじめに読んでください」をお読みください。)
わたしが毎日書こうと決心してはじめた「kumikoページ」も、毎日書き続けている。これはもう習慣になっていて、夜の12時ごろから書きはじめると、なんとかさまになってくる状態になった。
でもね、毎月の会報をつくるのと例会を維持するので疲れてしまっているのね。そのしわ寄せがサイトにきている。最近ほんまに更新が少ない。新しく会報に書いてくださった原稿もアップを待って溜まっている。わたし自身も「ミステリーページ」と「サラ・パレツキーページ」に、きちんと原稿を書きたいと思っているのだけれどなかなかです。サイトへの情熱をかきたてんとあかんのやけどね(なぜか大阪弁)。
いっときは破竹の勢い(?)だった「VFC BBS」はいろいろあって、2カ月くらい前に閉鎖しようと思った。でも書いてくださる方がいるので細々と開いている。けったいなエロ書き込みが毎日あったが、閉鎖すると書いてからばったりやんだ。この数日はまた復活しているのは、やめてないことに気がついたんでしょうね。毎日3回は削除している。2通りの同じ書き込みだから、置いておいてみなさんにお見せしてもいいんだけど(笑)。
ま、いろいろとありますが、ここまで持続したんだから、VFCもVFCサイトも続けていこうと思っています。だって、会員の方々がこの会を必要とされているのがひしひしとわかるし、また周りから支えてくださる方々がいてくださるから。
メールや掲示板への書き込みよろしくね。

2005年09月18日

天音堂ギャラリーで楽しいひととき

人間のつながりはおもしろい。今日わたしと相方は南堀江の画廊天音堂ギャラリーで、初対面の二人と和やかに言葉を交わした。一人は画廊の主、山口平明さん、もう一人は東京在住の小児科医、山田真さんである。
VFCをはじめてからさまざまな人たちと出会ってきた。今回の新しい出会いが“赤い糸”で結ばれていたような感じと言ったらおかしいかしら。8年ほど前、山田さんのパートナーのUさんから「地球の歩き方」にわたしが書いた「ヴィクのシカゴ」を読んだと連絡があった。ちょうどシカゴ旅行に行かれるときの問い合わせだった。会員になられて、会報に毎号なにかしら文章を書いていただいている。山田さんがその会報を楽しみに読んでくださっていると聞いてびっくりしたが、そのうち、Uさんを介して本の紹介のやりとりがあるようになった。
先日、山田さんから突然に電話があり、大阪に行くから天音堂ギャラリーで会いましょうということになり、それが今日なのだった。天音堂へ行くと旧知のように迎えられ、笑いながらの会話はあっという間に2時間半経っていた。この夏発行された本「闘う小児科医 ワハハ先生の青春」をいただいてサインもしてもらった。会報を楽しみにしてくださっていることもしっかりとわかった。会報づくりはちょっと疲れてきてたけど、こんなに評価されているなら、これからもがんばるわ。今夜は京都へ泊まられるとのことで、アメリカ村を通って心斎橋まで見送ってお別れした。
そうそう、会話のはじまりは“痩せた”である。写真で拝見していた印象よりずっと痩せておられた。ダイエットしはったんだって。わたしったら、顔を見るなり言ってしまったが、痩せると楽しいというお返事であった。同感。ここまできたら長生きしなくちゃ。
帰り道、北堀江のスペイン料理店で晩ご飯を食べて、月を愛でながらゆっくりと歩いて帰った。
天音堂ギャラリーではいろいろと感銘を受けたので、また次の機会にゆっくりと書きます。福島県から送ってきたという巨峰をお土産にいただいた。すっごくおいしいの。

2005年09月28日

「シカゴだより」と「KAZUN's Show Case」

当サイトシカゴページの「中野和子のシカゴだより」を今日リニューアルした。前よりも整理されてすっきりした。1999年10月、中野さんがシカゴで暮らしはじめた街のことを書いた「私の住んでいる街」からはじまり、今月の「アーリントン国際競馬場」にいたる、さまざまなシカゴからの37通のおたよりである。
それより1年前にこのサイトははじまっている。わたしたちは現在ウェブ制作で生計を立てているが、その第一歩はこのVFCサイトだった。いまも大きいサイトだと言われるけれど、最初からこの構成を考えたのだから大変だった。アップした日は徹夜になり、外に出ると目の前を黒いものが飛んでいた。生まれてはじめての飛蚊症だった。それから7年、サイトとともにkumikoページも続いている。
さて、「シカゴだより」のリニューアルだが、見た目をすっきりとさせただけでなく、プログラミングも整理したらしい。この結果、「Yahoo!」や「Google」の検索エンジンに掲載されやすくなるはずだそうだ。
そして今月の半ばに中野さんのブログ「KAZUN's Show Case」が発足した。とても可愛いので見にいってあげてください。

2005年11月02日

シカゴ発「US SHIMBUN.COM」

シカゴ在住の藤河さんからメールがとどいたのは去年のことだ。シカゴを紹介するサイトをいろいろ見たが、VFCサイトがとても良いと思ったと言ってくださった。さっそく藤河さんのサイト「Open City」とブログ「ユキノヒノシマウマ」を見せてもらったが、精力的なシカゴ紹介にくらくらしそうだった。そのときお互いにリンクしあったのだが、今回のメールはさらにパワーアップ、シカゴ発の「US SHIMBUN.COM」にコラムページを持っていらっしゃるとのこと。そしてVFCとの相互リンクしたいとのことで、こちらは願ってもないことである。さらに、リンクページでは目につきにくいということで、ご自身のコラムページ「藤河さんのシカゴはクール」にVFCをていねいに紹介してくださった。
藤河さん、ありがとうございます。
こういうことがあると、またまたやる気が起こってくるのよね。サイトと会報の2本立てはしんどくて、どっちもお座なりになりそうなところだけど、まだまだ頑張る。

2005年11月04日

毛馬のこう門

いつだったか都島から毛馬方面へ歩いたことがあった。毛馬の閘門(こうもん)のところに、蕪村の「春風や 堤長うして 家遠し」の句碑が建っていた。自転車道があってまっすぐ行けば千里に至るらしい。
わたしは地図を見るのが好きだが、知らない場所は点として見るばかりで、線にならないという頼りなさである。最近は下新庄の整骨院へ行くのが、真っすぐに地下鉄線→阪急線としてしかわかっていなかった。帰りに電車を選べば梅田へ寄れるからうれしいというくらい。ある日、本を読むのをやめて淀川を渡る電車の窓から東方向を見ると、淀川の河川敷が秋色を深めている。そして「毛馬のこう門」という看板が見えた。そうなのか、あそこが毛馬だったのかと、帰ってから大阪地図を開いて確認した。
夏の間は歩く気が起こらなかったが、今日は駅方向と反対側に歩いて神崎川の川堤を歩いてきた。川岸はきれいに舗装されて「なにわ自転車道」となっている。その道を15分ほど歩いて堤を上り、もどりは堤防の草地を歩いた。郷愁にひたれたひとときだった。

さっき、とてもうれしい「届けっ!メール」がとどいた。
今日はじめて「サマータイム・ブルース」を読まれた方が、このサイトも丁寧に読んで感想を書いてくださったのだ。「わたしのサラ・パレツキー論」をおもしろかったと言ってくだり、うれしいかぎり。
こういうメールって、やる気の素になる。ありがとうございます。

2005年11月24日

あっという間、でもないか、14年

ヴィク・ファン・クラブは1991年11月1日にはじめたので、今年で14年になる。あっという間のような気がするし、長いことやってきたなと思いもする。なんて書いたけど、創立記念日をころっと忘れていた。1日2食記念日は覚えているのに(笑)。
さっき、お茶碗を洗っていてそのことを思い出したのだけれど、ミクシィの日記にお好み焼きのことを書いて、お好み焼きをいつ食べたか考えていたのね。VFCの10周年の集まりを4年前にやって、そのオプションということで、遠方の人たちのために大阪めぐりをして、お好み焼きを食べたってことを思い出したというわけ。アホみたいやな。
さて、まじめに考えて・・・14年経ったのだなぁ。来る人は迎え、去る人は追わず、淡々とはいかなかったが、まだ沢山の方がおられ、先日は新人の入会もあった。会報の原稿も毎月きちんとあり、表紙やページをかざるイラストも毎月描いていただいている。サイトの掲示板も個人経営になったがボツボツある。この調子では15周年は大丈夫かな。お好み焼きパーティなんかどうかな(笑)。

2006年02月04日

遠来の客は新会員

東京在住のVFC会員から、大阪へ行くので用事がすんだら会いたいと連絡があった。会員というのは去年の夏にギャラリー天音堂でお会いしたYさんである。その後、入会してくださったので、今日は会員どうしの懇談会。だからやっぱり場所はシャーロックホームズだ。2時間ちょっとだったが、お互いにしゃべるしゃべる。
ちょっと前、Yさんが妹さんのサイトに子ども時代に読まれた本のことを書かれた。その本をわたしが知らないと言ったので、2冊持ってきて貸してくださった。スーザン・クーリッジ「ケティー物語」と西条八十「花物語」。
わたしも少女時代に読んだ本のコピー(図書館でとってもらったもの)と再訳本を持って行った。ジーン・ポーター「リンバロストの乙女」と「そばかすの少年」、コピーのほうのタイトルは「黄色い皇帝蛾」。
ミステリーもお互いに幼少のころから読んでいるのがわかり、どんどん作家と作品名が出てくる。でも、それらを懐かしんでいるだけでなく、そこから現在の読書につながっているから、話していても気持ちよかった。
彼のすすめでグレッグ・ルッカのアティカス・コディアック・シリーズを読んで、ミステリーの新しい方向を感じることができたのは大きい。

2006年02月15日

「Vic Fan Culb News」2月号は明日発行

VFCの会報作りで毎月10日から15日はあわただしい。いつも出たとこ勝負で届いた原稿や手紙とイラストを組み合わせて作る。考えるのと手がいっしょに動く。読みやすくて親しみやすいと自分で思えるものを、ものすごいスピードで作る。もちろん、土日祝日関係なしで、夜中にもやっている。でもそれはわたしの勝手であって、「この土日、会報ははかどりましたか」なんて言われると激怒するよ(笑)。
さて、今月もステキな会報ができあがって、明日発送である。今月は表紙をヴィクの顔が飾っている。新会員のTさんが描いてくださった。ときどき新しい人が新しい風を入れてくれる。“古い皮袋に新しい酒”とばかりに、VFCというけっこう古びた会に、新しい会員がヴィクへの思いのたけを述べてくれるのがうれしい。

一昨日、昨日と会報作り中に田辺寄席サイトのことでもめ事(?)があったが、身を引くということで乗り切った。絶対にやらなあかんとばかり考えて対処の方法を考えていたが、ここまで言われてせんでもええんやと発想の転換(?)をしたらすっきりした。でも一晩寝られないくらいに考えてのこと。引き継ぎするまではマイペースでいくつもりだが、ここまでの心境になるまでに疲れた。

2006年02月25日

しゃべって笑って大満足

今日は暖かかった。VFC例会があるので夕方早めに梅田へ出て、阪神百貨店の地下へ行ったら、たいそうな人出なのでおどろいた。お菓子売り場はピンク・ピンクでいっぱいである。ひな菓子と桜餅、桜せんべい等々を眺めるだけでも楽しい。結局眺めるだけにした。それからジュンク堂へ行って本を買ったがやっぱり人が多い。レジにもずらりと並んでいた。
シャーロックホームズも賑わっていた。そういえば地下鉄も混んでいた。暖かさに誘われて人が家から出てきたんやな。
今日の例会は新人の参加でおしゃべりがはずんだ。ミステリーのこと、サラ・パレツキーとヴィクのこと、ジャズ、ミクシィ、震災、友人、職場のことと話題が飛ぶ。しゃべりつつ笑い、ギネスもフィッシュ&チップスもたくましく消化した。
VFCを知って入会にいたる人は、最初は新聞記事を読んで、次は本を読んで早川書房に問い合わせ、それから「地球の歩き方」に載った「ヴィクのシカゴ」を読んでという具合だった。最近はホームページからが続いていたが、ついに今回はミクシィからである。次はなんだ?

2006年03月09日

おしゃべりは百薬の長

昼ご飯を食べていたらVFC会員のS・Yさんから電話があり、中央図書館で調べものをしているので、それがすんだころに会えるかしらと言う。今日はヒマだからオーケーよと、3時に会って堀江方面に歩いた。彼女と会うのは去年の夏以来だ。顔を見るなりしゃべりだす。大手の外資系企業で働いていたが、去年の春に退職し1年間充電して4月から大学の先生になるという。こういう人となんで友だちなのかと言われそうだが、10数年前に会ってからなんとなく気が合って、いつも昨日の続きみたいにしゃべっている。
チャルカで久しぶりのケーキを食べて3時間ほど延々とおしゃべりし、お互いにストレス解消できて機嫌良く別れた。
チャルカは先日朝日新聞に東欧雑貨の記事が写真入りで出ていたし、その前は「Lマガジン」の表紙と記事になったしで、雑貨店の最前線みたいな感じになっている。今日は乙女柄と花柄のレターセット、桃柄のメモ用紙、細かい花模様の薄紙を買った。この間から来ようと思っていたところだったのでちょうどよかった。

2006年03月25日

延々5時間

春めいて暖かい日だった。シャーロックホームズのある大阪駅前第1ビルの横の桜3本が満開だった。早咲きの種類なのかな。ジュンク堂で本を探していたら汗をかいてしまった。欲しい本が見つからず、結局「ミステリマガジン」5月号を買っただけ。
今日のシャーロックホームズでのおしゃべりは午後6時から11時まで延々5時間だった。よくおしゃべりのネタがつきないものだと我ながら感心。ノンストップだもんね。ミステリー、ネット、VFCのことから本町・堀江・新町かいわいのこと、雑貨、袋物、そして食べ物。それから仕事のこと。ありとあらゆることにああでもない、こうでもない、だから好き、だから嫌いとやっていた。
Sさんとはもう5年くらいのつきあいかな。会ったのは2年ぶりくらいかな。ネットではしょっちゅう会っているので、なんでも知り合ったどうしである。でも顔を突き合わせてしゃべる快感にまさるものなし。
飲んだのはギネスとバスペールエール、食べ物はカモネギ、フィッシュ&チップス、バンガードマッシュ、そしてコーヒー。
栃東は勝ったらしいので、これから大相撲幕内全取組をゆっくりと見る。明日千秋楽が楽しみだ。

2006年04月01日

2メートルの絵巻

VFC会員は人数は少ないけど楽しい人が多いのでまとめ役も楽しくやっていける。届いたメールや原稿を整理し少しばかりのレイアウトをして、毎月発行する会報がわたしの楽しい仕事だ。そこにアクセントが入るとガゼンはりきる。毎月10日の夜にファックスが音を立てるとOさんの娘さんのMちゃんからのイラストだ。たまにMさんの娘さんUさんからメールに添付したユーモラスなイラストが届く。そして先月は新会員のTさんからヴィクシリーズ登場人物のイラストを全員分カラープリントして送ってくださった。
今日はまたものすごいのが届いた。SさんはTさんの娘さんで、小さいときから折にふれイラストを送ってくれている。独特のヒヨコが主人公のマンガ風イラストは、ときに鋭いブラックユーモアがあふれている。半紙2枚に描かれた続き絵を表紙と裏表紙に続けてのせたことがあった。横長の絵を眺めて考えた結果がうまくいった。なに、表紙には〈裏に続く〉と書き、裏表紙には〈表紙から続く〉としただけだが。
今日届いたのは、A4の半紙を横にしてなんと2メートルの絵巻である。「○○山 ○○寺 縁起絵巻」(○○は会報まで公表しない)とある。iPodが重要なテーマになっている。この絵巻どう料理しよう。

2006年04月22日

第4土曜日はVFCの日

VFCの例会は毎月第4土曜日と決めている。震災の前からやってるから11年ちょっとになる。サラ・パレツキーさんが来日されてからすぐのことだ。多いときは10人を越える人がきて賑やかだった。恋の悩みをかかえて話をしにきた人、彼氏を連れてきた人、中心になりたい人、いろいろいたが、みんないっぱい話がしたかったんだなぁ。
10周年を迎えてからはぐっと低調である。雑談するためにわざわざ出てこようという気持ちがなくなったんだろうと思うと少しさびしい。
もうやめようかと思ったり、2カ月に1回にしようと思ったりするが、やっぱり月一でやっていこうと思う。わたしがここに月に一度いて、会員が会いにこられる状態をおいておこうと思う。わたしが元気でいるかぎり。
今日はSさんと10時までおしゃべりした。雑談は体に良い。それにわたしの知らないビジネス社会のことなんかを教えてもらえた。本やコンサートの知識も追加できた。Sさんもそうだと思いたい。

2006年05月17日

戦う女性たち

サラ・パレツキーのV・I・ウォーショースキー(ヴィク)シリーズ第1巻が翻訳されたのは1985年だから、もう20年以上も前のことだ。徐々に女性たちに浸透していき、5年ほどで日本の真面目な女性読者たちの憧れの的となった。1991年にヴィク・ファン・クラブ(VFC)が発足した。今年の11月で15年になる。作品はハードボイルド私立探偵小説だが、読者もVFC会員もミステリーファンを超えて広がっていった。
VFCができてからサラ・パレツキー来日の1984年くらいまで、4F(いまでは知る人も少ない、主人公、作家、翻訳家、読者が女性の意味)という言葉が流行り、強い女の代表として語られた。その強い女ヴィクの名を掲げたグループVFCは、珍しい動物のようにマスコミに紹介されていた。さまざまな新聞と女性誌に名前が載った。当然そのように振る舞う人もいたけれども、おおかたは真面目な読書家であり、仕事と育児をこなしている人たちである。
最近になってミクシィで「サラ・パレツキー コミュ」をやりはじめたが、ここに参加されている人たちの「はじめまして」の挨拶を読んでも、VFC会員と同じような真面目さを感じる。参加人数は少ないが、これから読書する人がパソコンを持ったらもっと増えるだろうと思う。
またミクシィの話だが、「戦う女性代表者たち」というコミュに入った。ここに戦う女性代表者たちとして名前を挙げられているのは、日本のコミックからがほとんどだ。ヴィクも他の女性探偵もいない。まだ翻訳ミステリーを読む層がミクシィに入っていないせいもあるだろうが、戦う女性が外国人である時代は終わったのかもしれない。それはうれしいことだよね。あらあら、そんなことを言ってたらVFCの存在理由がなくなるやん(笑)。それはね、ヴィクとわたしらは人種を超えて深い絆で結ばれてるから大丈夫なのよ。

2006年05月23日

サラ・パレツキーの新作「ウィンディ・ストリート」6月10日発行

今日は楽しいメールを早川書房編集部からいただきました。サラ・パレツキー「ウィンディ・ストリート」(原題 FireSale)が6月10日に発行されるというニュースです。「FireSale」が去年の春に発行されてからじっと待っていましたが、1年ちょっとでの翻訳だから早いですよね。
早川書房のサイトにいくと内容の紹介がちらりとあります。
〈母校の恩師が病に倒れ、替わりに女子バスケットボールのコーチを引き受けたヴィク。選手の母が勤める町工場へのいやがらせ行為の調査を始めたことから、弱者を搾取する巨大企業と対決する羽目に〉
ほらほら、今度もまた目の前にあるおかしなことの調査から、巨大企業との対決にいたる、いつものヴィクと出会えそう。早く読みたい。
今日は当サイトでの告知、ミクシィのコミュニティでの告知、VFC会員に宛てた「号外」の制作、等々で忙しかったです。楽しい忙しさっていいな。

去年の夏にVFC会員の中野さんが、イリノイ州立大学内の書店で行われた〈サイン会〉に出席した報告があるので読んでください。お元気なサラ・パレツキーさんの写真が見られます。

2006年06月13日

サラ・パレツキー「ウィンディ・ストリート」を読み出した

ウィンディ・ストリート (ハヤカワ・ノヴェルズ) サラ パレツキーサラ・パレツキー「ウィンディ・ストリート」が6月10日発行というお知らせを、早川書房編集部からいただいていたので、京劇を観に行く前に堺筋本町の紀伊国屋に寄って買った。帰ったら山本やよいさんが送ってくださった本が届いていた。いつも発売日に書店で買うことにしており、本をいただいたらすぐ買いにいけない会員に送ることにしている。
帰りの地下鉄で読み出したが、そのあとがなかなか読めない。まずサッカーのテレビ観戦があって、15日発行予定の会報づくりがある。まだ100ページまでいっていない。
のっけから昔の恋人のコンラッド・ローリングスが出てきたのにはびっくりした。この人が恋人になったときは、とてもいいカップルだと思えたのだが、ヴィクの勇猛果敢に追いつけなくて去って行ったのだった。警官としてはすごく仕事のできる人だが、組織のしがらみがあってヴィクといっしょに活動するのは無理だった。
そんなことを思い出しながらサッカーを見ていたわけ。今夜はフランスとスイスの試合が12時45分からある。少しだけでもジダンを見ておかなきゃなぁ。
会報のほうは原稿がたくさんあってやりがいがある。久しぶりのメールが結婚と妊娠の報告だったり、一念発起してダイエットにいどんでいる人の報告もあり。前向きに生きている人と交わるのは楽しい。

2006年07月04日

VFCサイトのトップページを変えました

ヴィク・ファン・クラブのトップページにはほぼ2年間「ブラック・リスト」の写真と紹介文がありましたが、さきほど新しく「ウィンディ・ストリート」に変えました。「ブラック・リスト」は本も紹介文も赤がベースでしたが、今回はさわやかなブルーにしました。“再読み込み”すると回転する本が何度でも見られます。お楽しみください。
「kumiko日記」を独立させてから、VFCサイトを見に来てくださるかたが減ったようでちょっとさびしい。BBSに楽しい書きl込みがあるのでときどき見てくださいね。ついでに書き込みしてくださるとうれしい。わたし宛に「届けっメール」も出してくださいませ。

2006年07月16日

はや7月も半ばを過ぎ

毎日毎日ばたばたしているうちに、はや7月も半ばを過ぎたではありませんか。なんかわからんうちに3連休だそうで、京都では祇園祭です。稼ぐのに忙しいほどではなく、なんとなく忙しいのはなんでかと思ってしまいます。
さっき今年最初の蝉の鳴き声を聞いたというたよりがありました。そろそろ梅雨が明けそうです。真夏になってしまえば、少しは蒸し暑さがやわらぐかもしれません。
今日ようやくVFCの会報を発送するまでにしました。明日切手を貼ってポストに入れます。今月は切手カンパが残っているので郵送にします。できたての会報を開いては何度も読んでます。これがわたしのいちばん楽しいひととき。
もう少しで15周年を迎えるのにマンネリになったらあかんと思って、会員証をちょっとポップでおしゃれなのにつくり替えました。見たい? 会員になったら見られますよ(笑)。

2006年07月22日

本を読む女たち

今日はVFCの例会日なので、いつものように早めに家を出てジュンク堂へ寄った。本屋は久しぶりである。子どもの本や美術や映画の棚を見てから文芸のほうへ。
この前から探していたジム・トンプスン「内なる殺人者」(原題 THE KILLER INSIDE ME 河出書房新社 単行本)があったので買った。扶桑社から出ているのは同じ原作で「おれの中の殺し屋」である。どっちの題名が合っているかな。わたしとしては「内なる殺人者」のほうがカッコつけてるから好きだ。実存主義的(笑)。「内なる××」って言葉が昔流行ったっけね。もう1冊、ジム・トンプスン「失われた男」(扶桑社文庫)も買った。まだ読んでないで持っているのもあるのでたいへんだ。シャーロックホームズでギネスを飲みながら読み出したら、これはすごいわ。ゆっくり読もうとしまい込んだ。
そこへOさん親子がご登場。久しぶりに会ったのでいろいろ話がはずんだ。サラ・パレツキーの新作「ウィンディ・ストリート」の話もたくさんした。娘さんは5年ほど前に会ったきりだったので、大きくなったのにびっくり。本を読む少女になっているのがうれしい。これからヴィクシリーズも読むとのこと。拍手。

2006年08月18日

VFCサイトは9月4日で丸8年を迎える

今日もまた蒸し暑い日だった。VFCの会報は10日締め切り15日発行と一応決めていて、毎月そこそこ間に合わせている。間に合わさないといつまでもだらだらして他のことができない。だが今月はいつまでもだらだらしてしまった。体がいうことを聞いてくれないというのはこのことやな。明日送れるところまでさっきすませて、やれやれ。

VFCサイトは9月4日で丸8年を迎える。あまり新しい記事がないからジマンしにくいのだが、素晴らしいサイトでしょ。どの原稿を読んでも真面目なところがVFCたるところ。最近、少しずつプログラミングを更新している。「シカゴ」ページの「中野和子のシカゴだより」と吉野八英さんの「シカゴを歩く」が読みやすくなっているのでいってみてください。

2006年09月03日

今年の秋、そしてVFCサイトは8周年

今年は秋が早いような気がする。9月のはじめはいつもの年だともっと暑がっていたと思う。明日からがどうなるかわからないけど。
足の具合が悪いため一日中家に居ると、お日さんの射し込みかたが変わっていくのがよくわかる。軌道が下のほうになり5時を過ぎると向かえのマンションの裏側にいってしまう。そのあとはマンション横の道の上になりまたカッと照って、横の窓に射し込んでくる。それから夕焼け。西の空が真っ赤っかになる。そして日が短くなった。ずっと明るい時間にご飯を食べていたのに7時にはもう暗くなっている。

VFCサイトをはじめてから8年経った。最近は日記以外に更新がないけど、それでもこうして堂々とサイトがあるのだからすごい(自画自賛)。著作リストもやりっぱなしだし、本の感想なども載せていきたいと思っているが、日記を書くのでせいいっぱい。まあ、ぼちぼちとやっていきまっさ。
VFC BBSは継続中なのでどうぞなんぞ書いてください。

2006年10月16日

お節介します

VFCの会報がほぼできあがった。あとは綴じて封筒に入れるだけだけど、これが面倒くさいと毎度言うている。
VFCは今月が終わると15年経ったことになる。ずっと会報を出し続けているのがエライとこれも毎度言うている。
今月は15年経ったという挨拶文を書いた。そしてこれからもやっていくと書いたんだけど、「お節介します」という一節を入れた。先日、再放送の「剣客商売」を見ていたら、秋山小兵衛が助太刀の礼を言われて、「ただの年寄りのお節介ですよ」と答えていた。おっ、カッコいいと思って使わせてもらったのだ。これからはこれはお節介やなと照れたりせず、堂々とお節介すると公表したわけ(笑)。VFCの世話人としてお世話とお節介やっていきます。
でも会員がいなくてはお世話もお節介もありゃしない。VFC会員は随時募集中です。

2006年10月28日

ヴィク・ファン・クラブ 15周年を祝う夜

何回か書いているけどヴィク・ファン・クラブ(VFC)は発足以来15年経った。ヴィクのファンというええかげんなことで集まった人たちが、それだけのことで友情を育んできて15年が過ぎたということである。
吹けば飛ぶよな会だけど、VFCの会員であることは一種の緊張を持つことであって、その緊張がゆるんだときは、会員でいたくなくなるということだという不思議な会である。だれもが普通に生活している人なんだけど、前を向いて自分の場にきちんと立っている。
今夜は不振が続いている例会にたくさんの人が集まって賑やかだった。おめでとうと真紅の薔薇の花をもらった。
今夜の盛会はまだまだやろうという意志のあらわれだと思う。まだまだお世話&お節介がんばる。

2006年11月25日

ヴィク・ファン・クラブの例会日

例会日とはいっても不振を極めていて継続すらおぼつかない状態なので、1人でも参加者があれば御の字なのである。今日はMさんといろいろ話し合えてよかった。シャーロック・ホームズはダーツで名高い店でもある。うまいギネスを飲んで、Mさんはダーツの手ほどきもしてもらったし、遅くまで遊んでいい夜だった。
いつものように早めに出てジュンク堂へ寄って本を買った。S・J・ローザンのシリーズ新作は6冊目で「天を映す早瀬」。さっそく読み出した。リディアとビルは依頼されて香港へ向かう。もう1冊はピーター・トレメイン「蜘蛛の巣」上下で、7世紀アイルランドが舞台の修道女フィデルマが活躍するシリーズ。
そのあと本を見てまわってたら、絵本のところにリスベス・ツヴェルガーの「くるみ割り人形」が平積みしてあった。見てびっくり、うちにあるのとえらく違う。うちのは1987年に出た洋書で、暗い色調で少女が主に描かれていて生活感がある。今日見たのは明るい澄んだ色調で夢の中のよう。わたしはどっちかというと昔の絵のほうが好きだ。
次に映画の棚にいったら500円のDVDが揃っていて、探していた「高慢と偏見」があった。ローレンス・オリヴィエがダーシーさんで、グリア・ガーソンがエリザベスである。今夜は相方が朝までジャズライブなので、これからがわたしのお楽しみの時間だ。

2007年01月09日

サラ・パレツキーさんからメール

ヴィク・ファン・クラブはヴィクのファンクラブなのだからと、最初からサラ・パレツキーさんとは一定の距離をおこうということにしていた。ヴィクのファンが勝手に好きなことを言って楽しもうというわけだ。会報もヴィクよりも会員の生活の報告や意見の記事ばかりだけど、基本にヴィクを想う心があるので、これでいいと思っている。
それでも最初のころは作家に返事をもらえる楽しみで、英語のできる人がよく手紙を出していた。サラさんもよく返信してくださった。
1994年にサラさんが来日された後はメールの時代になった。そして1998年には「Vic Fan Club」サイトをはじめた。そのときはいまは亡きミステリ評論家の広辻万紀さんが、サラさんとメールのやり取りをしながら、「パレツキーズ・アイ」と「サラ・パレツキー著作リスト」を書いてくださった。わたしはいまもときどきカッコいいなと思いながら読んでいる。
VFCサイトに「シカゴだより」を連載している中野さんがシカゴから入会されたのも、メールがあってこそだ。それ以来サラさんとの連絡は中野さんにおまかせしてきた。毎月発行の「Vic Fan Club News」も毎月2部ずつ中野さんに送り、それからサラさんに送ってもらっている。
今回は中野さんが杉谷さんにもメールしてくださいと言ってくださったかららしい。「Vic Fan Club News」は日本語だから読めないけれど、ときどき翻訳してもらって読んでいると書いてくださっている。その他のことは会報に発表するのでここでは書かないけど、うれしいメールなのだ。

2007年02月15日

「VFC BBS」を閉じました

2001年9月からはじめたヴィク・ファン・クラブの掲示板をついに閉じました。約5年半ですから長いことやっていたものです。
最近とみに書き込みが減っているところへ、迷惑書き込みが日に100を超えてました。毎日入る度に削除してきましたが、今朝のいっきょに50にはめげました。わたしの忍耐もここまで。閉鎖に踏み切りました。
まあ、流行っている掲示板ならなんとかしようと思うところですが、一度は閉めると言って、まだ開けていたのですから、潮時を通り過ぎてました。VFCにとっての掲示板の役割が終わったということでしょう。たまに「ヴィクが好き」という書き込みがあるのがうれしかったのですけどね。
5年半を思い出せばにぎやかな掲示板でした。いろんな人がきていて、その中から会員になられた方もいますし、反対に言い合いの結果退会された方もいました。わけの分からないことがあり、ひどい迷惑を被ったこともありました。「ヴィク」とつくと、こんな日本の片隅にいても騒動がつきまとうのかと思いましたよ(笑)。
こうして思い出しはじめたら、忘れないうちになにか記録しておかなくては、彼方にやってしまうのはもったいないような気がしてきました。

ヴィク・ファン・クラブにご用があるかたは、このブログにコメントを入れてくださるか、VFCサイトの「kumiko pages」にメールフォームがあるので、メールをください。

2007年02月24日

紀伊国屋(鳩居堂絵はがき)とジュンク堂(扶桑社文庫)へ

今日は第4土曜日なので梅田へ出る日と決めてある。不振を極めるヴィク・ファン・クラブの例会日だが、わたしは確実に6時に到着することにしている。月に一度わたしがここにいるとわかっていれば、相談事を持ってこようという人がいるかもしれない、と思うわけね。
先に紀伊国屋に寄った。いつも出すばかりだった鳩居堂の絵はがきを、今年は二人の友からもらった。スミレの花とおひな様のと。切手も凝ったのが貼ってあってうれしい。絵はがきも切手も「物」だけど、「物」を選ぶ心がうれしいのよね。書いてある言葉もね。
いただいたおひな様ハガキを持ってないので、これは買っとこうと思ったのだが、同じのがなくて、違う絵柄のが2種類あった。その他、桜草やイチゴの春らしいのを補充した。
ミクシィの「セイヤーズ読書会」でKさんに教えてもらった、ピーター卿が出てくるというジェームズ・アンダースン「切り裂かれたミンクコート事件」を探したがなかった。あとは久しぶりの書店なので店内をうろうろした。
それからシャーロック・ホームズへ行って、今日はたっぷり本を読めた。一昨日からかかっている「アップル・コンフィデンシャル2.5J」の上巻をほとんど読み上げた。おもしろくてどんどん進み、ギネスとアイリッシュコーヒーで長居してしまった。
ジュンク堂は10時までやっているので帰りに寄ってみたら、さすがちゃんとあった。これは整骨院で待つときに読めるわ。桜橋の交差点に出たら夜の西梅田の風景は近未来風。バスが見えたので乗って帰った。

2007年03月13日

SARA PARETSKY SITE にヴィク・ファン・クラブの写真が・・・

サラ・パレツキーさんのサイト写真ページにヴィク・ファン・クラブメンバーの写真がアップされました。5年前の10周年のパーティのときのものです。それ以後は写真に撮るようなことがなかった(笑)。

サラさんからメールがあって、ウェブサイトに写真を載せたいので送ってほしいと言われていたのですが、送った写真がほんまに載っているのを見ると、ほんまやったんやーと、すっごくうれしいです。

また、リンクページにもVIC FAN CLUBとあるのでご覧ください。そこをクリックしたら、ちゃんとこちらのVIC FAN CLUB サイトにリンクされています。
最近はブログにばかりかまけて、サイトのほうがお留守になっているので、少し手入れをしなくっちゃね。
なんだかグローバルになったなーとしみじみと思っています。継続は力なり♪

2007年05月26日

午後の紅茶、夜のギネス

070526.jpg

阿波座のカフェ&ギャラリー シェ・ドゥーブルに、横尾忠則の大きな版画が展示されているのが今日までというのであわてて行った。
以前は機械関連の会社だったような古い平屋建てが、改装されておしゃれな店になっている。元倉庫か物置だったかと思われる奥の広い一室が画廊で、横尾さんの大きな版画を3点白い壁に寄りかからせて展示してあった。長いこと横尾さんの作品を見ていなかったので、うれしい展示だ。ほんものの絵を見たという感じ。
カフェスペースで紅茶を飲んだら小さなメレンゲがついていた。古びた感じのテーブルや椅子が気持ちよくて、ここで本を読み出したら帰るのがいやになりそう。厨房の壁のタイルと入り口の足下のタイルが素敵なので、聞いたらベルギーの女性作家のものだそうだ。(写真は入り口のタイル)

四つ橋線の本町に出て西梅田に行き、時間があったのでジュンク堂へ寄って文庫本を眺めた。今日買ったのはハヤカワポケットミステリの古いやつ、まだ読んでなかったレジナルド・ヒルのダルジール警視シリーズ「社交好きな女」。それからヴィク・ファン・クラブの例会日につきシャーロック・ホームズに行った。今日も盛会ではなかったが、元会員さんが久しぶりに顔を見せてくれた。もうすぐ結婚するとのこと。おめでたい話でよかった。
そのあとにMさんが来てギネスを飲みながらにぎやかにおしゃべり。しゃべるとアタマとココロが活性化するような気がする。

2007年05月27日

ヴィク・ファン・クラブ サイトの更新案内

今年の3月にサラ・パレツキーサイト写真ページにヴィク・ファン・クラブの写真がアップされ、また同サイトからリンクしていただいたせいで、VFCサイトへこられる人も増えています。
サイトを立ち上げてから9年近く経っていて見苦しいところも多く、新しい記事のアップも少ないのを気にしていましたが、昨日今日で少しだけ手を入れました。

「KAZUNのシカゴだより」は41回目をアップ。
「Chissarossa の I LOVE CINEMA」は26から31まで一挙掲載。
「VFC GALLERY」に「Mina's Gallery "One Scene"」を加えました。
「届けっ」メールはトップページ「Letter」からいけるようにしました。

これからもぼちぼちと手を加えていくつもりです。
このブログともどもよろしくお願いします。

2007年06月16日

ヴィク・ファン・クラブの会員

今月の会報ができあがり、あとは封筒へ入れて出すだけとなった。今月はたくさんのお便りがあってA4で30ページである。
そこへ新たな原稿が届いた。東京在住の〈無為閑道〉と名乗るかたで、「まだ生きてます。(中略)4月で91歳になりました。」とある。そして400字詰め原稿用紙7枚にぎっしりとミステリーの読後感が書かれている。これで来月の会報の基本原稿ができたと心が安らぐ。
ヴィク・ファン・クラブの会員は、住む場所も年齢も仕事もいろいろ、専業主婦も働く女性も、高齢男性も若い女性も、子どものいる人もいない人もいる。有名な人もいる。これだけバラバラな集まりは少ないと思う。それがヴィクのファンということで結びついている。わたしがジマンするところである。

今月新しく会員になられた人とはミクシィのコミュニティ「女性私立探偵たち」で知り合って親交を深めた。彼女はわたしが全然知らなかったアレグザンダー・マコール・スミス「No1.レディーズ探偵社」シリーズを教えてくれたら、Rさんが3冊の本を貸してあげましょうと素早い動き。「No1.レディーズ探偵社」のある南アフリカはボツワナ在住の人とも知り合った。ネットの恩恵をひしひしと感じた次第だ。まあいうたらシスターフッフド的な動きがネットを通じて行われたってことか。
今日は会報ができあがったので、ほっとしてシャーロック・ホームズで食事。その前にジュンク堂へ寄って、こうなったらやっぱり自分で持っていなくちゃと、お借りして読んだ本3冊を買った。

2007年07月05日

「ボツワナ・ナイト」に参加しませんか

ミクシィでわたしが立ち上げたコミュニティ「女性私立探偵たち」に、Mさんが「 No.1レディーズ探偵社」(アレキザンダー・マコール・スミス)のトピックを立てられ、活発になってきたので、独立させ新しいコミュニティにした。Mさんが管理人である。
「 No.1レディーズ探偵社」は南アフリカはボツワナにある。作家はその隣国ジンバブエ生まれのスコットランド人。女性探偵の名前はマ・ラモツエ(女性には名前の前に「マ」をつける、男性には「ラ」)、太めで聡明で人情味のある女性である。
猛烈なファンのMさんに引っ張られて、わたしもシリーズ3冊を読んだ。そこへボツワナ在住の男性からのコメントが入り、なんと今月帰国の予定だという。それが大阪! あれこれのやり取りの後、大阪で会いましょうとなって、それなら他の方々も誘ってお話を聞こうとなった。Mさんは福岡からのご参加である。
8月25日午後6時から。行ってみようかなと思われるかたはご連絡ください。「届けっ」メールをご利用くだされば、わたしにメールがとどきます。
ボツワナのこと、アフリカのこと、女性探偵のこと、いろんなことを話し合って一夜を楽しく過ごしたいと思っています。

2007年07月24日

京都で再会

久しぶりに京都へ行った。ヴィク・ファン・クラブの会員でサイトに「KAZUNのシカゴだより」を連載しているKAZUNさんが一時帰国され、京都で友だちに会うのに便乗させてもらった。以前会ったときは上の子が赤ちゃんのときで、抱っこして移動中の新大阪の喫茶店で会うという慌ただしさだった。今日はその子が6歳になり3歳の下の子と3人である。京都でランチを楽しみおしゃべりしてきた。
いつから京都へ行ってないのか考えたら日記をつけてるから便利だ。2000年11月に当時ヴィク・ファン・クラブ会員のOさんが静岡から来て、京都博物館で伊藤若冲展を見て市内を案内して夜は例会だった。次は2002年12月、リスベート・ツヴェルガー絵本原画展に駅ビルの画廊へ行って、どこへも行かずに帰ってきた。それ以来である。
わたしは方向オンチ。だから今日は遠来の客を迎えるのにうろうろしたらアカンと思って早めに行き、新幹線を降りてからどっち向いて歩くかを先に確認してからホームへ迎えにいった。なに、駅ビルへ行っただけなんだけどね(笑)。あの広い階段のところをエスカレーターで上って11階まで行き、レストラン街へ入っただけ。ストレートに行くべきところへ行けて、ホテルへの送迎バスを見送って、あとは少しぶらついただけだが、なんだか京都駅が身近に感じられてきた(笑)。

ものすごく可愛く元気な子どもたちだった。シカゴから13時間のフライト、そしてあちこちの国内旅行でも元気いっぱい。その子らとの相手をしながらのとりとめない会話だったが、いつもメールやブログやミクシィで話しているので思いは充分に伝わっている。楽しかった。暑かったけど。京都は34度あったそうだ。

2007年08月06日

EXPANDED BOOK の思い出

EXPANDED BOOK なんてものをなんで思い出したかというと、晩ご飯のときに新しくできた友だちの話をしていて、そういえば、Nくんは元気かなと話がとんだ。1980年ごろよく行き来していた友だちだ。そのころ東京へ行ってたまに仕事で大阪へ帰ってくることがあり、一時期おみやげにハイパーカードのスタックをよく持ってきてくれた。マックの画面上で見ることができる絵本で、猫や少女のが楽しかった。
その彼がにこにこしてやってきた。1993年、ヴィク・ファン・クラブが発足した次の年のことだ。それはサラ・パレツキーの「サマータイム・ブルース」と「ガーディアン・エンジェル」の2冊分が1枚のフロッピーディスクに入っている EXPANDED BOOK だった。ハイパーカードのファイルで、マックの画面上で読むようになっている。
ヴィク・ファン・クラブ会報の「VI」3号に詳しく説明しているが、ただ画面上で読めるだけでなく検索機能もついている。例えば登場人物の名前を検索すると、その名前が出てくるページが列記され、その箇所をすぐ開くことができる。
英語がダメなわたしには猫に小判で、読むより遊ぶだけだったが、パソコンの未来が確かなものとして目の前が開けていくのをまざまざと感じたものだ。
いま会報のバックナンバーを開いたら、1990年代に相方とともにマックを使って会報の文字打ちからレイアウトをした思い出が甦ってきた。華やかな交友関係を築いた70年代から80年代の前半に比べると、80年代後半から90年代はなんか沈没していたような気がしていたが、ヴィク・ファン・クラブ創設の時代だったのを忘れてた。

2007年08月19日

駆け足で去っていく日々

この前の日曜日はAmyさんとこのパーティだったが、ずっと昔のことのように思える。次の日に姉の家で義兄と話したのも過去のことのよう。整骨院通いは1週間休んでいる。金曜日は昼はHIFUMIのパンを買いに行き、夜は心斎橋でライブがあった。その翌日、昨日の土曜日は梅田のシャーロック・ホームズにいた。
昨夜も帰りが終電近かった。そして夜更かししたので起きたのは今日のお昼前。午後に遅れているヴィク・ファン・クラブの会報づくりの最後をやって封筒に入れた。夕方になったが、このまま置いといて明日ヤマト運輸に頼むとすると、休み明けだから取りにくるのが遅ければまた1日経ってしまう。スーパーの向こうにセブンイレブンがあるのを思い出して持って行った。受付が取りにきてくれるのと方式が違う。店員さん2人でゴム印を押したりスキャンしたりお手間をかけてしまったけどすっきりした。お手間をかけたお礼に豆大福を2個買った。コンビニへ入ったのは久しぶり。
さすがに今夜は疲れてる。でも三島由紀夫「春の雪」に続いて「奔馬」を読了した。三島はすごい。
さて、今週は土曜日にボツワナ・ナイトがあって、その流れで二次会行くんだもんね。体調整えておかねば。

2007年08月29日

おしゃべりは心のクスリ

昨日ヨドバシで注文した冷蔵庫がお昼前に到着した。中のものを出してプラスチックの箱に入れて氷をたくさん入れて保存。今日の午後にポランの宅配がくるので、いまは一番在庫のないときでよかった。電気をつけても冷気がこもるまで2時間かかるそうで、傷みそうなものを昼ご飯に食べた。

ようやく片付いてほっとしたところへ電話があり、ヴィク・ファン・クラブ古参会員のYさんが中央図書館にいるので会いたいとのこと。お昼をまだ食べてないとの言うので、堀江のチャルカへ行った。
彼女はサンドイッチとコーヒーを、わたしはホットココアを注文して、それからお互いにしゃべること、しゃべること、2時間ノンストップだった。去年の年末に会ってからメールだけだったから溜まっていることをお互い言いまくり(笑)。これはタダの友だちではなく、ヴィク・ファン・クラブという中心のものがあってこそのおしゃべりである。

帰ったら夕方ですぐに晩ご飯の支度にかかった。ビールとサラダ、野菜炒め、ご飯、サツマイモの味噌汁、秋刀魚と大根おろしにスダチ、白菜の漬け物。食べ物から秋。
残暑が厳しい。夜の部屋の中は真夏よりも暑いわ。

2007年09月04日

誕生日とVFCサイト9周年

今日はわたしの誕生日、生まれてからいちばんたくさん「おめでとう」の言葉をもらった。電話、メール、ミクシィメール、それからミクシィ日記へのコメント、プレゼントは一つもなかったけど(これからでもOK-笑)。
仕事が溜まっているので晩ご飯は家であっさり。11時になってから心斎橋のカフェバーへ行った。ミシマの「暁の寺」を読んでいるところなので、タイのビールとタイのおつまみ、そしてタイのフルーツを使ったパンチを頼んだ。ゆっくりとくつろげてよかった。歩いて帰って、またミクシィメールの返事や日記コメント。そしてこの日記。

そしてVFCサイトは9周年である。9年前はうちらはDTP業だったが、サイトづくりへの関心は高かった。そこへ早川書房の編集者Mさんから作らないかと話があった。その夏中かかってつくったのがVFCサイトで、ホームページ制作業への第一歩となった。
会報の原稿があるので、はじめから壮大な計画を立て、サラ・パレツキー、ミステリー、シカゴ、エッセイと四つに分けたのはいいが、大変な作業だった。アップするのもいまみたいに簡単にいかなかった。朝までかかって最後のをアップできたときは感激で泣きそうだった。
最近は仕事と遊びが忙しく、あんまり手を入れていないのが気になっている。でも五つ目のkumiko日記だけはなにがあっても続けている。掲示板は途中からはじめたが、迷惑書き込みの削除に追われて中止した。

さて、来年はどうしているだろう。元気に誕生日と10周年を迎えたい。

2007年09月23日

ウェブ2.0と「ダイハード4.0」と「Vic Fan Club NEWS 6.0.7」

久しぶりに甥からメールがとどいた。息子の就職が決まってうれしさ満開の気持ちがあふれている。息子と娘が一人前になったからと、夫婦で楽しんでいる様子が二人で近所で外食したという具体的な話でよくわかって楽しい。
その最後にウェブ2.0ってなんですか、とあった。おいおい、それって年老いたおばさんに聞くことか(笑)。まあ、わたしの知識で答えられることは答えておいた。

その関連で思い出したんだけど、知り合いが「ダイハード4」を見て来たとミクシィで書いていたので、「ダイハード4.0」を見て来たのねと問い直した。けど、全然気がついてない。「4」と「4.0」は同じと思ってるみたい。

そしたらまた思い出した。ヴィク・ファン・クラブの初期(1992年)のころ、「Vic Fan Club NEWS 6.0.7号」というのを出したことがある。発足から1年、ずいぶんもめた会の、もめたことを会報に全部書いてある。だから6号を出して7号にいくまでに、整理しておこうと「6.0.7」にしたのだけれど、その根拠はマックがその当時バージョン7.0という強力なものに変わろうとしているのにあやかろうとしたもの。
いま出して読んでいたんだけど、紙面にものすごくエネルギーがあふれている。思い出してよかった。いま夏バテもあってずいぶんへばっているから、これでエネルギーの補給をしよう。

2007年09月29日

楽しいこといろいろ

朝一に入っていたシカゴ在住のkazunさんからのメールはサラ・パレツキーさんから手紙をいただいた知らせだった。手紙の写しと翻訳も添えてくださっている。ヴィク・ファン・クラブ会報10月号に載せるけど、サラさんがいつもファンクラブを気にしてくださってうれしい。ま、長いこと地道にやってきてるのを知ってはるのと、シカゴにkazunさんという強力な会員がいることが大きい。

夕方用事があって梅田へ行った。時間があまったので地下商店街を見ながら歩いていたら本屋があった。久しぶりに雑誌の立ち読みをして、文庫本を見ていたらピーター・トレメインの新刊があった。えっ、いつ出たんだろと見たら出たところだった(9月25日)。「幼き子らよ、我がもとへ」上下である。7世紀アイルランドで修道女フィデルマが探偵として活躍するシリーズの翻訳2冊目。
うわっと喜んで買い、ちょっと解説なと読もうとシャーロック・ホームズに直行、ギネスを飲みながら開いたら、訳注の多いこと! これは楽しみつつゆっくりと読まねば。
ちょうどいまはO.R.メリングのケルトファンタジーを続けて読んでいて4冊目「夏の王」が終わったところだ。マイクル・コナリー「終結者たち」を読み終わったら、5冊目「光をはこぶ娘」を読むと一段落するので、その後の楽しみにしよう。ケルトファンタジーのあとはケルトミステリー、当分アイルランドにはまることになる。

2007年10月27日

エスター・アベリル「JENNY'S BIRTHDAY BOOK」をもらった

わたしはうちに猫がいるとき、猫本を集め出して絵本などたくさん持っていた。その中でいちばん好きなのがエスター・アベリルの「黒ネコジェニーのおはなし」(福音館書店)のシリーズだ。とても可愛くおしゃれな黒ネコのジェニーは、船長さんのうちでだいじにされている。はじめは内気でネコの集まりにも行けなかったが、船長さんにスケート靴をつくってもらって以来、自信をつけて「キャットクラブ」の会員になる。
そのジェニーの楽しいバースディの一日を描いたのが「JENNY'S BIRTHDAY BOOK」で、これは翻訳も出ているが、わたしのは古い原書である。
今日突然とどいたのは、ヴィク・ファン・クラブが16年になるということで、世話人のわたしへの「ご苦労さん」の気持ちを表してくれたもの。新しい版の洋書で、ニューヨーク発「CHILDREN'S COLLECTION」の1冊。わたしが持っているのより一回り小さくて瀟酒な感じ。背中が赤い布でしっかりしているし、とてもおしゃれだ。2冊とも大切に持っていよう。ニューヨークの夜の公園で月の光を浴びながら踊るネコたち。中でも船長さんに編んでもらった赤いマフラーのジェニィが可愛い。

2007年11月08日

堀江を散策してカフェ ミュゼでおしゃべり

昨夜は遅くまでレジナルド・ヒル「真夜中への挨拶」を読んでいたのでなんとなく疲れている。寝る前には絵本なんかをひもといてのんびりと思いつつ、ミステリーのおもしろさに引きずられる毎日である。
今日はヴィク・ファン・クラブ会員のMさんとおしゃべりの約束をしていた。久しぶりに会って午後の堀江でお茶しようというもの。いつもは北堀江にするのだが、今日は南堀江発展の元祖のようなカフェ ミュゼにした。たしか今年の秋で9周年になったはず。ここへ入るのははじめてである。整骨院の帰りに、真ん前にある堀江公園を通り抜けて立花通りに出るとき、ちらっと中を見る。この間なんか外でメニューを眺めて、お茶とケーキならそこそこやんかと検討して帰ってきた。今日は中から見ていたら、そういう外の動きがはっきり見えるやんか。これからは気をつけよう。ははは。

というわけで、地下鉄四ツ橋駅を出たところで待ち合わせて、ぶらぶら歩いて行って、メニューを検討してケーキを注文。違うのを頼んで分け合っていただきました。
それから2時間ほどのおしゃべりはあっちへ行ったりこっちへ行ったり。親愛度を深めようという意図は成功(笑)。
立花通りからアメリカ村を通って心斎橋へ出てお別れ。あとは晩のおかずを買いに大丸へ。マッシュルームの大きなパックが安かったので買ったし、酒粕と大源のお味噌も忘れずに買った。

2007年11月17日

ヴィク・ファン・クラブは16周年を迎えた

いま何時かな。あれ、3時まわってる。今月の会報を封筒に入れたところである。風邪ひきのせいで途中さぼったりして、今月はきちんと15日発行にしたかったが3日遅れになった。今日こそは片付けたいとがんばった。なんて言ってるけど、休みながらの作業で、あいだに本を読んだり、お茶したり。午後はずっと冬モード用に部屋の片付けしてできなかったし。
待ってくれてる人がいるから、そして手紙やイラストが集まってくるから、毎月出しているわけだけど、これってすごいなといつも思う。

最初はきちんとした会報を年に3回くらい出していた。その間にニュースを不定期に出していた。デザインを相方に頼んでいたのでプロ仕様である。DTP(デスクトップ・パブリッシング)という言葉がアメリカから入ってきたころで、ヴィク・ファン・クラブはマックの使い手とともに成長してきたのだ。原稿も気合いが入っていた。まだ手書き原稿が多くて、文字入力を全部してくれた人がいたのも有難かった。たまに出して眺めるけど、ようやったなと感動する(自画自賛-笑)。

わたしが全部やるようになってから毎月発行になった。もう10年以上欠かさず毎月出している。作り方は行き当たりばったり。今月もどうなるかなと思いつつ、なんとなるさでやっているうちに、なんとかなった。12.5ページにわたるお便りページは読み応えがある。1ページ余ったので16年前の創刊号の表紙をコピーした。全30ページ。疲れたけど大まんぞく。
もうちょっと会員数がほしいです。せっかくだからもうちょっと多くの人に読んでもらいたい。

2008年01月15日

「ヴィク・ファン・クラブ・ニュース」1月号がほとんどできた

ヴィク・ファン・クラブは16年を超えて前進中だ。ふと、あとどのくらいできるかなぁと弱気になるときがある。でも、おおむね楽観的でまだまだイケルと思っている。
今月号も楽しいお便りが満載の会報ができあがりつつある。生き生きと生活を語るお便りが多く、こういうのが嫌いな人はいやだろうが、楽しいと思う人にはたまらないおもしろさなのである。おもしろいと思う人がもっといたらいいんだけどね。[会員募集中です。]

大半のメンバーが入れ替わっているので、3カ月前から〈過去の会報から〉という1ページを設けている。最初のころは「 V.I 」という季刊誌を出していた。今回は「 V.I 」3号から「V.I. Cooking」という1ページを載せた。1993年にTさんが愛機クラシックマックを駆使して作った1ページである。サラ・パレツキー「ガーディアン・エンジェル」の中で、ミスタ・コントレーラスがヴィクにスペアリブをすすめるシーンがあり、それを彼女が自分なりにつくった報告である。キッドピックスでイラストを描き、ページメーカーでレイアウトした労作。

今日はレイアウトが全部できあがった。明日はあと少しをコピーして綴じ、明後日送るつもり。

2008年02月18日

金盞花の花

キンセンカが目につくと買う。前月は1束(3本)300円だったが、昨日は1束(2本)100円だった。10本くらい買ってがばっと大きな花瓶に入れたいところだが、つましい生活者なので1束である。先日買ったカーネーションと石竹がまだあることだし。うちの花はガラス瓶にそれぞれ単体で入れてあちこちに置いている。
しっかりと開いたキンセンカは花びらがたくさん重なって可愛い。オレンジ色が寒さの中で温かい空間をつくっている。これが机の上にあるだけで春みたい。

先週からのヴィク・ファン・クラブの会報づくりでかなり疲れている。やりはじめるとメドがつくまで気分がよいので頑張ってやってしまう。あとで疲れが出てくる。昨日は遊びにいったから一日延びてしまったので、今日は最後を頑張った。
単純なもので関係ない人が見れば、なんやこんなものと言われるかもしれないが、会員の人生がびっしりと詰まっている会報はわたしには価値あるものだ。明日送れるようにした。目が疲れてる。

2008年02月23日

来客と例会

今日は20年ぶりくらいの友人Y氏を迎えてお昼ご飯をいっしょに食べた。Y氏は九州の大学の先生をしており、大阪へは講演に来られたのだが、時間をつくって顔を見に来てくださったのだ。お土産は去年ベトナムに行かれたときに買っておいてくださった銀のネックレスと本粒ウニ。
一昨日から考えていた献立(講演前だからお酒はなし)。
田舎パン、野菜たっぷりスープ、明石タコのカルパッチョ、ジャガイモとセロリのブレイズ。デザートは和菓子と玉露。とてもおいしかったと言ってもらえた。
お互いの20年間を語り、お互いに全然変わっていないことを確認し、これからはネットで親密につきあっていくことを約束した。

夕方からヴィク・ファン・クラブの例会に行くのに、早めに出て紀伊国屋と成城石井に寄って買い物した。その後、阪急から阪神の横へ出て丸ビルの前を行ったのだが、すごい風で震え上がった。今日でいちばん寒かった。
シャーロック・ホームズに入ると心身ともに温まっていい気分。新会員のMさんとギネスを飲んでおおいにしゃべった。衰退するかと思うと新人が加わり、またやって行こうという気になる。
帰り道で雪が降ってきた。今夜から明日は猛烈に寒そう。暖かくして寝よう。

2008年04月03日

VFCサイト 100,000ヒット

4月1日にヴィク・ファン・クラブ サイトの訪問者数が100,000になった。朝見たとき、もう少しやなと思ったが、夕方見たらきっちりと100,000を表示していた。これはこれはとプリントした。記念にとっておこう。
VFCサイトをはじめたのが1998年だから今年の9月で10年になる。途中で掲示板を始めて3年くらいで廃止した。掲示板が賑わっていたころは毎日100人くらいが見に来てくださっていたが、kumiko pages とともに直接入る人が多かったようで、ヒット数にはあまり貢献がなかったようだ。最近は検索したページからトップページにきてくださる人が20人から30人くらいである。ということでほんとは何人きてくださっているかは不明だ。でも火を絶やさずにやってきての100,000という数字はうれしい。

サイトの10周年と同時に書きはじめた「kumiko pages」は、いまブログに変わって続いている。このページのことだけど(笑)。われながらすごいことだと思います。

2008年05月21日

待たれている幸せ

ヴィク・ファン・クラブの会報は毎月10日に締め切り15日発行としているが、なかなかそうはいかなくて、今月は19日発行となった。それでは20日発行とすればいいかというと、拘わる日にちが長過ぎて、次の発行日がすぐにやってくるので困る(笑)。隔月にしたらとよく言われるが、2カ月に一度しんどいより毎月しんどいほうがいい(笑)。

というようなことなのだが、今月は18日に「会報はまだ?」というメールがきた。待たれていると思うとうれしい。そして今日は「昨日着いたよ、今月もおもしろかったー、みんな頑張ってるなぁ」と電話があった。そして大阪市内は昨日・今日に着いたようで、ちょっとご無沙汰だった人から近況報告の長文メールがきた。明日からは関東方面からも届いた&感想メールがくるだろう。
16年経った会で、こういう活力があるのはすごいと思う。それは会報の中に会員の想いが詰まっているからだ。想いを引き出すのがわたしの役目だと思っているが、停滞せずに毎月活力のある会報を出していけてることがうれしいし自慢だ。

2008年06月07日

デート!!

昨日はほんとに良い天気で気持ちよく、洗濯物もよく乾いた。今日は曇ってはいるがまだ雨にならないようなので、お昼前に起きてもうひと洗濯した。
出だしが遅いので一日が短かくていけません。午後はゆっくりと半身浴したあと、コーヒーを飲みながら読みかけのレジナルド・ヒル「異人館」を読了。最後の方は時間切れでちょっととばしたがおもしろかった。

今日の本番は東京から山田真さん(「育育児典」著者のひとり)がこちらへ講演に来られた後に会いましょうということでデート!!シャーロック・ホームズでいろんなお話をした。ミステリー、映画、落語、若いときのこと、山田さんの故郷の岐阜のこと。
「岐阜って大きな川があるんですかね」とわたし。返事は「長良川」・・・そうそう長良川の鵜飼いであった。シャーロック・ホームズクラブ岐阜支部の会報は「鵜会通信」というのを忘れてた(笑)。その「鵜会通信」を送っていただいたのだが、先月17日のシャーロック・ホームズでの「鵜呑みの会」の写真や報告が載っている。シャーロック・ホームズの人たちにも見せて、山田さんにも見せて一石二鳥の活躍だった。
というような具合で3時間にわたり楽しく雑談させてもらった。ホテルまでお送りして帰宅するとサッカーが点をとられたところ。座り込んでテレビ観戦しながら、ネット関連のセミナーへ出かけた相方とお互いの報告をしあった。

2008年06月26日

あま〜い紅茶とハーブティ

tea.jpg

友人でありヴィク・ファン・クラブ会員であるYさんが先日結婚した。雑貨店アロハドライブにあったアンティークのお皿を結婚祝いに贈ったら、お返しに紅茶セットを送ってくださった。三つの缶に入っている紅茶の甘いこと、新婚生活のごとし。毎日お茶を飲むたびに、Yさんのことを甘い生活してるんやろなとにやついている。
紅茶(WEDDING)の一つは赤いバラのつぼみが入っていて、もう一つはブルーとピンクの花びらが入っていて、いま飲んでいるハーブティ(SWEET DREAMS!)はジンジャーカット、カモミール、オレンジピール、ドライアップル、フェンネル、ブルーマロウ。これも甘い。
Yさんとは10数年のつきあいである。お連れ合いにもお会いしている。とてもいい人だ。この紅茶のようにいつまでも甘く暮らしてください。
写真はハーブティです。

2008年07月16日

暑さを忘れる楽しい読書

暑さに慣れていないせいか、いきなりの33度〜34度はこたえる。今日は救急車と消防車が近くを何度も通った。窓を開け放しているからサイレンやらなにやらがすごい。ふと音が止むと、近所かと気になり見下ろすと左折しようとしている。これから当分、大阪の長い暑い夏(おっと、今年も書いた!)が続く。嫌いではないが、年々体にこたえるようになっている。

暑さを忘れるいちばん良い方法はおもしろい本を読むことだと、今日の午後の暑さの中で思った。ディケンズの「荒涼館」2冊目とサラ・ウォーターズ「夜愁」を読んでいると暑さを忘れた。19世紀と1940年代のロンドン、内容が全然違うから、代わりばんこに読んでもおもしろい。ディケンズってなんでこんなにおもしろいの、と思いながら読み、サラ・ウォーターズの女たちの圧倒的な愛の姿に溺れる。

今夜はヴィク・ファン・クラブの会報の最後の仕上げをして、封筒に入れたら夜中を越してしまった。毎月ご苦労さまと自分に言って、ヴィクの愛する黒ラベルを一杯飲むことにしよう。今月の表紙は黒ラベルの写真にした。いつも会員の娘さんたちが描くネコやヒヨコのイラストなので、ちょっと変わった雰囲気になった。

2008年07月26日

久しぶりに梅田へ出て

夕方出かけてまず紀伊国屋へ行き、鳩居堂の絵はがきを買った、夏物が一枚もなくなっているので補充なのだが、はじめて見るデザインが多い。〈ひまわり〉〈風鈴〉〈芙蓉〉など、とてもすてき。
本を見たかったのだが混んでいたので素通りした。家にはいただき物の本が積んであるもんね。阪急三番街へ出て、成城石井で亜麻仁油と豆類を買い、キッチン用品の店でタオルなんぞを買ったら大荷物になった。成城石井にはバターがいろいろあって買いたかったが、真っすぐに帰らないのであきらめた。

今夜はヴィク・ファン・クラブの例会日なので、大阪駅を通って丸ビル前を通ってシャーロック・ホームズへ。おいしいギネスを飲みながら歓談。
外は猛暑なのに、地下鉄やお店の中は涼し過ぎて冷気がヒザを直撃する。ナンギなことである。お出かけにはマフラーとカーディガンが欠かせない。こういうとき、ほんとにポンコツになったと実感する。さて、これからぬるいお風呂に入って寝るとするか。

2008年07月29日

佐々木俊尚「フラット革命」を読んで思ったこと

フラット革命去年の8月に出たネットに関する本。マスメディアのいま置かれている位置と、ブログ等で発言する個人の立場について書いてあっておもしろく読めた。
佐々木さんは毎日新聞社の記者をしておられたが、いまは退社してフリーで執筆活動をされている。両方のことをわかって書いてあるので説得力がある。

マスメディアの人たちの傲慢さについては、わたしは実際に知っているので手を叩いて喜んだ(笑)。なぜ知っているかというと、ヴィク・ファン・クラブ発足当時の新聞社各社と女性誌からの取材があったから。次にサラ・パレツキーさんが来日されたときも同じような取材があった。ずっと後になって後味の悪かった「アエラ」からの取材があった。それ以来音沙汰がないのは、翻訳ミステリーが不振なのと、取材の前に私のネット日記を読み、こいつはアカンと先にわかるからだろう(笑)。
いま本当に残念なのは、これらの記事が書かれっぱなしだったということ。会報にいきさつを書いて記者に送っても、新聞が出てしまえば過去のことだからほっとかれるよね。
ヴィク・ファン・クラブの世話人だからということだろうが、シカゴに行ったことがあるとされたことがあった(産經新聞)。シカゴには行ったことがありませんと答えているのに。電話で抗議したら「すみません」と言ってたけど、行ったことにして箔を付けてくれたのであろう(笑)。こんなことは細かい問題だが。
ああ、いまなら、今日こんな記者がきてこんな話をしたとブログに書くのに。

ネット時代の個人のことを書いた章は、わたしが知らないことが多かった。「出会い系」にはまった女性、政治についての論議で活躍したブロガーたちのことも無縁だったから、こういうこともあったのだと知った。
ミクシィについては、わたし自身が小さくても渦中にあるわけだから、そういうこともあるのねっていう感じ。

しかし、この本、表紙を見ても著者の気概がなにも伝わってこないヘンな本だ。わたしは佐々木俊尚という著者の名前で読んだけど。(講談社 1600円+税)

2008年09月04日

誕生日で、ヴィク・ファン・クラブサイト10周年

年ごとに華やかになる誕生日。ひとさまと比べたらなんということではないだろうが、わたしとしては年ごとに華やかになっている感じ。
今年はヴィク・ファン・クラブサイトを作ってから10年というおまけまであり、誕生日祝いの言葉とともにサイトの持続へのお祝いもいただけた。
サイトのトップページにいってくださいね。相方が誕生祝いにつくってくれた。
これからは少しは手入れし新しい原稿も載せていこうと思っている。

ミクシィに入ってからネットで知り合った人とマイミクになり、リアルで知り合った人もミクシィに入っていると聞いたらマイミクになり、どんどん交友が広がり深まっている。毎日このブログを書いたらミクシィ日記を書くことにしている。しんどいときもあるが、楽しみにしてくれている人もいるので欠かさず書いている。

今日は外でご飯を食べようかと言っていたが、マイミクの歌い手川本睦子さんがSUBに出演と日記に書いてはったので、食事は家で食べてそちらへ行くことにした。
メンバーは、川本睦子(vo)、奥村美里(pf)、宮上啓仁(b)、弦牧潔(ds)。スタンダードナンバーが多いゆったりとしたライブで楽しかった。休憩時に誕生日祝いにリクエスト曲を歌ってくれるというので「いつか王子さまが」をお願いしたら、その前に「ハッピーバースディ くみこさん」と歌ってくれ、それから「いつか王子様に」になった。みなさんに祝ってもらって嬉し恥ずかし(笑)。

2008年09月10日

日記も10年書いてきた

4日にVFCサイト10周年と書いたけど日記も10年書いてきた。1998年9月4日にVFCサイト「KUMIKO PAGES」に「自己紹介」を書いてからずっと続いている。もっとも最初の月は17日、その後は10日前後で2000年3月までいき、2000年4月からはほとんど毎日書くようになり、2006年4月からブログに変更して、いまにいたる。いまバックナンバーを眺めているが、いやまあよく書き続けてきたもんだ(自画自賛)。
※以前のものをぼちぼちブログに移動中です。

掲示板もやったのだった。2001年11月に「VFC BBS」をはじめて、2004年6月に「kumiko BBS」に変更し、2005年7月ミクシィ加入と同時に閉じたのだが、良い経験だったのか悪い経験だったのか。良いほうは、困った書き込みにすぐに対処する方法を身につけたこと。悪いほうは、困ったちゃん相手に大切な時間を使ったこと。
ミクシィでも、いやな気分にさせる書き込みには即答で対処する。だってわたしが楽しい気分でコメントできなかったら、なんでミクシィにおるんかわからんやん。

どれもいい年齢になってからはじめたのだけれど、病気もせず(怪我はしたが)に10年間やってこられたのはうれしいことだ。まだまだ続ける。

2008年11月17日

明日から寒くなるって

ここ数日は11月らしい穏やかな陽気だった。先週の細野ビルヂングのライブのとき寒くなるという予報だったので、厚着して行ったがたいしたことはなかった。今日も歩いたら汗ばむくらいだったが、明日から寒くなるみたいだ。今夜はだいぶ冷えてきたのでガスファンヒーターをつけた。明日の朝は寒いだろうな。
明後日は夜遊びに行くのだが、ひどく冷えそう。風邪を引かないようぬくいかっこで行かなきゃね。天気予報で最低気温4度で最高気温が11度とか言ってたなぁ。

さっきヴィク・ファン・クラブ会報ができあがった。最後の綴じと封筒入れで疲れたが、明日ヤマト便に頼めるまでやったのでやれやれ。今月も楽しい力作である。自分で言ってりゃ世話はない(笑)。

2008年11月22日

ヴィク・ファン・クラブは17年経った

いま数えたらヴィク・ファン・クラブが発足したのは1991年だから17年経ったんだ。すごいなぁ。
今日は17年前の発足前の会合で出会った会員Nさんとシャーロック・ホームズで会っていろいろと話した。最初の参加者でいま残っているのは彼女とわたしだけである。
最初にこの会を企画したのは違う人たちで、わたしもNさんも参加者だった。Nさんは小ちゃいお子さんを置いての参加だった。そのお子さんたちはいま大学生と高校生になっている。それから半年後の11月にヴィク・ファン・クラブが正式に発足した。

最初のころはマスコミに〈強い女〉代表みたいに書かれて、全国紙や地方紙のあらゆると言ってもいいくらいの取材があった。女性誌からもきた。たいていの記者はすごい女性が来ると期待していたようで、わたしを見るとがっかりした顔をしたものだ(笑)。
記事を読んでの参加者ですぐに50人近くいったように覚えている。それから3年してサラ・パレツキーさんの来日があり、人数的にはそのときが頂点だった。
次は「地球の歩き方」のシカゴ版に「ヴィクのシカゴ」というのをわたしが書き、それを見ての申込があった。早川書房へ連絡されての参加もあった。
VFCサイトをはじめてからはネットを通じての申込になり、いまはミクシィの「サラ・パレツキー」コミュからがほとんどである。

しぶとく続いているヴィク・ファン・クラブ、それぞれの人生が毎月の会報で交わっている。

2008年11月28日

VFCサイトに新ページ「ミステリ散歩道」

長いこと忙しさにかまけてVFCサイトの手入れをしていなかったのですが、このたび新しいページをつくりました。
「MYSTERY」ページの中島由美さんによる「ミステリ散歩道」です。
トップページのバナーから直接いけます。

ヴィク・ファン・クラブ会報「Vic Fan Club News」に8月から連載しているもので、今回8月から11月までをアップしました。これからも毎月新しい原稿を書いていただくのでお楽しみに。

VFCサイトはウェブ制作者が10年前にはじめて作ったサイトです。あちこち手直しをしながら大切に維持していこうと思っています。

2008年12月16日

ヴィク・ファン・クラブ会報は明後日送る予定

12月に入ったころはゆっくりと過ぎていくような気がしていたが、いつの間にかという感じで半ばが過ぎた。ここ数日はヴィク・ファン・クラブの会報のページ割りやレイアウトをどないしょうというのがアタマにあって、あっという間だった。隙き間なく26ページに収まってやれやれ。
さっき、ぱっとひらめいて表紙ができあがった。ものすごくめちゃくちゃ&楽しい表紙。見られるのは会員のみです。
あとは明日あとがきを書いて綴じて発送。綴じるのがいちばんいやな仕事だけど、これをやれば解放されるからかんばろ。
今月は強力な新人が参加されたし、会員のインタビューが載っている新聞記事もあるし、ミステリ新刊書紹介もあり、シカゴだよりもあり、会員たちのスジの通ったたよりがたくさんある。

2009年01月04日

サラ・パレツキーの新しい本とエッセイ連載

ブラッディ・カンザスサラ・パレツキーの新しい本、山本やよい訳『ブラッディ・カンザス』(2415円)が早川書房から1月9日に発売されます。
早川書房のサイトに【長年対立を続けてきた二つの農場の間に新たな住人が現われ、巨大な波紋が起きる。V・Iシリーズの人気作家がアメリカ中部の大地に生きる家族のドラマを、重厚かつ華麗なる筆致で描く野心的大作。】と宣伝文がありました。本書はヴィクのシリーズではないので、どんな内容なのかとても楽しみ。

今日、知らせがあったのですが、サラ・パレツキーのエッセイ集「Writing in the Age of Silence」が、雑誌「ミステリマガジン」に半年にわたって連載されます。今月の25日に発売される「ミステリマガジン」3月号からとのことです。

年明けそうそうにうれしいニュースです。きっとサラ・パレツキーの気概に心をうたれ元気をもらえるでしょう。

2009年01月25日

ヴィク・ファン・クラブ(VFC)サイトに新ページ「私の本棚」

去年の9月に10周年を迎えたVFCのサイトは、わたしと相方のホームページづくりの第一歩だった。VFCサイトをつくってからボランティアでいくつかのサイトづくりをし、仕事としての目処も立って、5年ほど前に我が社「ビルボ」はホームページ制作専業になった。
渾身の力を込めて出発したVFCサイトだったが、数年後には仕事の忙しさもあり、勉強もしなくちゃで、手を入れていなかった。
去年つらつら眺めてこんな素晴らしいサイトをほっといたらいかん、手入れをしていこうとなったわけ。

ちょうど中島由美さんが新しい原稿を書いてくださり「ミステリ散歩道」連載がはじまり、今月のをアップしたら6回目になる。
今月は相澤せいこさんの「私の本棚」を「エッセイ」ページにアップしている。これはずいぶん昔に会報に書いてくださったもので、すぐに載せればいいものをいまになってしまった。12回分をアップしていて、あと3回分の原稿をお預かりしている。内容が古びていないのがすごい。
お仕事が忙しくてそれきり書いておられなかったのだが、ネットで読んでまた書こうという情熱をかき立てられたそうだ。15回アップしたあとにイキの良い新しい原稿が生まれてくると期待している。

2009年03月28日

友、遠方より来る めっちゃ楽しかった

ヴィク・ファン・クラブ会員でミクシィ友だちのSさんとシャーロック・ホームズで会って話し合った。東京から家族旅行で奈良・京都へ来られて、今夜だけ彼女一人別行動で大阪まで来てくださったのだ。6時から10時までの4時間、よくしゃべりよく笑った。あっと言う間に時間が過ぎた。

掲示板(VFC BBS)があったときから読んでいてくれたありがたい人である。ミクシィに入って「サラ・パレツキー」コミュに参加され、その後ヴィク・ファン・クラブに加入された。いまはミクシィ日記のコメントやメールのやりとりで親しくしている。
それでも充分友だちなんだけど、やっぱり会うと違うねと言って笑いあった。笑いの共有ってとてもステキなことだ。そして笑いながらお互いの人生の話もした。

今日はとても寒かったが、心はぽかぽか。ギネスもアイリッシュコーヒーもうまかった。

2009年04月08日

岡田春生「もう一度 坂の上の雲を—陰謀の幕末史と現代(小楠、海舟、具視)—」

著者の岡田春生さんは93歳になる(元)ヴィク・ファン・クラブ会員である。去年のお便りにいま原稿執筆中とあり、待っていたら先日送ってくださった。(元)としたのは、本についていた手紙に「長い間有難うございました」とあったからだ。入会してから10数年の間、ずっと励ましてくれ、原稿やお便りをいろいろ書いてくださった。VFCサイトのミステリページにミステリ論がある。

本書はいまの日本の政治状況を憂いて、過去を振り返って活路を見出す観点から、幕末、明治維新の難局を日本がどう切り抜けたかを懐古しようとしたもの。
帯にはこう記されている。【近代日本のグランド・デザインは横井小楠によって描かれた。混迷する日本を救うには横井小楠の実学、勝海舟の見識、岩倉具視の辣腕が必要である。】

横井小楠、勝海舟、岩倉具視の三人の名前は知っていたものの、なにをした人なのかはなにも知らなかった。NHK大河ドラマ「篤姫」の最後の1カ月を見て、勝海舟はいい人、岩倉具視はわけのわからん人という印象を受けたくらいで(笑)。
いま、三人の生き方や業績を知り、また彼らの周囲や幕府や宮廷の動きを知り、もっと勉強せなあかんなと思った。思っただけで終わりそうだが。

読みたい人は発行元をお知らせしますので、メールでご連絡ください。当ブログのプロフィールページからメールフォームへいけます。
(手作り工房社 600円)

2009年04月16日

ヴィク・ファン・クラブのサイト更新のお知らせ

読みかけのミステリ「ヴェネツィア刑事はランチに帰宅する」が気になって、会報づくりの最後の詰めがあるのに晩ご飯後に読みふけってしまった。
それから片付け仕事をして、やりはじめたのが11時過ぎ。1時半になってようやく送れるところまでできあがった。疲れた〜

VIC FAN CLUBサイト更新のお知らせ。

全体の見直しが終わったので、これから徐々にサイトのページを増やしていきます。

SARA PARETSKY SITE
「ブラック・リスト」を読んで
2004年の会報にあった原稿をアップしました。

SARA PARETSKY SITE
ヴィク・シリースの人々
レギュラー編の「友人」に「C.L.モレル」を追加しました。

MYSTERY
ミステリ散歩道は毎月更新しています。

2009年04月25日

ギネスで楽しい夜

夕方出かけるときにはいいあんばいに雨があがった。阪神百貨店の地下食料品売り場へ行ったら大賑わい。それからジュンク堂ヒルトンプラザ店に行って本を買って、外国文学のコーナーで立ち読みした。

時間がきてシャーロック・ホームズへ。今日はヴィク・ファン・クラブの例会日だ。ここんとこ参加者が少なく不振をきわめているが、今日はミクシィの「No.1レディーズ探偵社」(ボツワナの探偵)コミュニティのイケメン Gくんが来てくださって賑やかだった。彼はボツワナに何年か住んでいて現地からコミュに加入、帰ってきたときに〈キリンの涙のカゴ〉をお土産にくれた人。
今日はシリアで買ったオリーブオイル石けん、博多の辛子明太ピーナツをお土産にもらった。とても話がうまいというか誠意のある話し方なので気分がよく過ごせた。Uさんと二人はギネスがどんどんはかどっていった。わたしは半パイント1杯しかふだんは飲まないが、いい気分で2杯飲みました。

今後のコミュ運営について話し合ってよかった。
アレグザンダー・マコール・スミス「No.1レディーズ探偵社」の新刊(4冊目)は8月だそうで、それを読んでから「ボツワナナイト」をやろうと決めた。

2009年05月16日

いつのまにかこんな時間

お昼ご飯を食べながらNHKニュースを見ていた。新型インフルエンザ初の国内感染のニュースにおどろく。神戸や大阪の高校生ということでぐっと身近になってきた。この様子ではまだまだ感染者は出てくるだろう。人混みにはいかないようにしよう。
そのあと民主党の代表選挙を見ていたらすぐに夕方になった。
そんなもんで明日送るつもりのヴィク・ファン・クラブ会報の作業は晩ご飯後になり、送れるようになったのはついさっき。まだ晩ご飯の食器が流しに置いたままだ。
お昼前に読み上げたグラディス・ミッチェル「ソルトマーシュの殺人」の感想を書こうと思っていたのだが、明日にしよう。

2009年06月16日

「あしながおじさん」で和む

ヴィク・ファン・クラブの会報ができあがって明日送れる。10日〆で今日出来上がり。ほんまにお疲れさまと自分に言う。今月も参加者多数で充実していると自画自賛。
昨日ほとんどコピーし終わったのを眺めていたら、ムカデの話にちょっとイラスト(英語の絵文字フォントでトカゲみたいのがあった)を入れたんだけど、これおかしいと気がついた。ムカデは爬虫類とちがう、虫や〜
コピーもしおわったページなので「あとがき」で謝りを入れた。そして思い出したのが「あしながおじさん」だ。大学の寄宿舎にムカデが出てくるシーンがあった。本を探して、ムカデの絵をコピーしてプラスした。

そしたら何年ぶりかで出してきたこの本、おもしろい! 著者が描いたヘタなイラストが楽しい。
今夜は報道ステーションを見ながら綴じて、それから封筒に入れて出すようにしたら、1時過ぎてしまった。お腹は減るし、目は疲れているし、難しい本は読めない。ということで、残りの「あしながおじさん」を読んで和んでから寝る。

2009年09月15日

寒山拾得をめぐってあれこれ

ヴィク・ファン・クラブにはいろいろな方がいて会報で活発に話し合っている。1991年に発足した会だから18年になろうとしているが、古い会員と新しい会員が入り交じって楽しい。毎月会報を作るのは面倒だけれど、みんなが待っていると思うと頑張ってしまう。
会員の中でいちばんの異色は94歳の岡田さんだ。VFCサイトのミステリページlに原稿を書いておられる方である。今日はお手紙をいただいたので、今月の会報に入れるべく文字打ちをしていたのだが、ドロシー・L・セイヤーズの「ナイン・テイラーズ」についての感想があった。「ナイン・テイラーズ」は教会の鐘がカギになっているミステリである。ご自身の鐘の知識はと謙遜されたたあとに「姑蘇城外寒山寺 夜半鐘聲到客船」という言葉が書かれていた。文字から感じはわかるがなんのこっちゃやら。「寒山寺」で検索して蘇州夜曲で有名な蘇州市にあるお寺だとわかった。元の詩も翻訳もあった。そのずっと下の方へいくと「寒山拾得」のことが書いてあった。

そうだ、そうだ、「寒山拾得」について書いたことがあったと「kumikoのほとんど毎日ページ」を検索したら藤田美術館で「寒山拾得」の絵を見たこと(1999.11.14)があった。その他、日記の一文(2001.10.09)にぶつかったので、そこを抜き書きする。

『今日は美術の勉強のために「寒山拾得」を探していて、わたしの雑文にぶつかった人がいました。もちろん勉強にはならなかったらしいけど、【今日はちょっといい話に出会えた感じでうれしいです。】と書いてくださいました。ヤッホー』

そのころはまだネットにあがっている文章が少なかったから、雑文がひっかかったのね。いまでは何万もの「寒山拾得」があるから出てこない。

2009年09月27日

ヴィク・ファン・クラブ例会に遠来の客

今夜はヴィク・ファン・クラブの例会日だった。最近は参加者が少なく低迷してはいるが、2人いればおしゃべりに花が咲いて楽しい例会となるので、あまり悲観はしていない。今夜のような日もあるからだ。
今夜は東京からアマチュア交響楽団の指揮者をしているNさんが遠路はるばる来てくださり、また明石からは介護の仕事をしているKさんが親子で参加された。常連のUさんとわたしと、おしゃべりがすごく楽しかった。
シャーロック・ホームズで9時ごろまでギネスと英国料理、そのあとはKさん親子が帰ったあとは、場所をギロチンに移して大阪の辛いもんを食べてもらった。常連のお客さんとラグビー談義や出身地の話題で盛り上がった。ちょうど、焼き飯の最高に辛い「ゴッド」に挑戦する人がおり、料理人がマスクとゴーグルをかけて緑色の唐辛子を炒め出すと、香り(?)が周囲に漂い、咳やら涙やら。最高のパフォーマンスを見られてNさん運が良かったわ。「来て良かった」という反応がうれしかったです。

2009年10月03日

「ミステリマガジン」11月号はドイル生誕150周年特集

ドイル生誕150周年ということで今号は翻訳家の日暮雅通さんが大活躍されている。日暮さんとは去年シャーロック・ホームズで開かれたシャーロック・ホームズ・クラブ岐阜支部の集まりで紹介していただきお話させてもらった。ヴィク・ファン・クラブの会員でありシャーロック・ホームズ・クラブ会員のTさんが招待してくださったのだ。

ページを開いていてびっくりした。毎月ヴィク・ファン・クラブの例会に使わせてもらっている英国パブ シャーロック・ホームズが、2ページ(グラビア14〜15ページ)にわたり紹介されている。それも日暮さんが訪れての取材と文で、お店の入口や内部の写真、それに女主人と大黒柱の息子さんとの写真もある。ギネスの消費量が大阪一というのをはじめて知ったわ。

1977年にはじめたこのお店は、おそらく日本ではじめて「ホームズ」の名前を冠した本格的英国式パブだと書かれている。わたしは大阪でとても恵まれた生活をしていると改めて思った。

2009年10月12日

ヴィク・ファン・クラブのサイトに「ミステリ散歩道」がある

中島由美さんによるミステリ案内「ミステリ散歩道」は今月で15回目になる。毎月紹介してくださる作品は、わたしのような片寄ったミステリファンにはとても勉強になる。そして毎月10日の締切日に必ず送ってくださる律儀さには頭がさがる。

いつもは会報にまず載せて、しばらくしてからサイトへアップするのだが今月は今日アップした。内容が〈いま〉のことだから。ドイツの女性作家ヘルタ・ミュラーさんがノーベル賞を受賞したことから文章がはじまっている。そして中島さんの言葉によれば「どうやら今月は時の神様がご降臨くださったようだ。」なのである。そのあとにサラ・パレツキー編集のアンソロジー「ウーマンズ・ケース」の紹介がくる。

わたしは新聞をとってないし、テレビも夕方のNHKニュースと報道ステーションくらいしか見ていない。ネットニュースをあちこちして世の中の動きを見ている。ヘルタ・ミュラーさんがノーベル文学賞受賞というニュースもネットニュースで見ただけだ。だから村上春樹氏がノーベル賞をとるだろうという動きがあったなんて全然知らなかった。わたしはヘルタ・ミュラーさんの作品はまだ読んでないけど、紹介や経歴を読んで彼女が受賞してよかったと思う。

2009年10月16日

サラ・パレツキーさんの新作「HARDBALL」とSARA PARETSKYサイト

サラ・パレツキーさんの新作「HARDBALL」がアメリカで刊行されことを知らせる手紙と記念Tシャツが、ヴィク・ファン・クラブのシカゴ在住会員のkazunさんに送られてきた。kazunさんがそれらの写真を送ってくださったので今月の会報に載せた。今月の目玉だ。

新作のことなどを会報で伝えるためにSARA PARETSKYサイトを見たら、おしゃれにリニューアルされている。
以前あった写真はまだあるかしらと気になってみたら、Vic Fan Club10周年のときの写真が2枚入っていた。
ブログにはサラ・パレツキーさんのサイン会や壇上インタビューの大きな写真が入っていて、お元気な様子が見えてうれしい。相変わらずおしゃれで美しいのもうれしい。

わたしは新作が出ても翻訳待ちなのでまだ当分はガマンの子である。さきに楽しみがあるのもまた楽しからずや。

2009年11月08日

ヴィク・ファン・クラブは18周年、サイトは11周年

先日、発足時からの会員と電話で話していたら「もうすぐVFCは20年やね」と言う。「そうやな、ヴィク・ファン・クラブは1991年11月1日からやから18年。サイトは9月で11年越えたで」と年を繰りつつ答えた。彼女は10周年のときの幹事役だったが、挨拶のときに20周年と言い間違った。それを覚えていたわけ。「ほんまに20年にあと2年やん、20周年あるよね」「この調子やとありそうやな、やるようにしよな」となった。
わたしは気まぐれな上に気が短くて飽きっぽい。よくここまでやってきたことねと自分でも感心する。いままでも言ってきたことだけど、会員の熱意があるからこそである。毎月、原稿や手紙やイラストが届くので、それをまとめるのがわたしの仕事だ。催促なんてしたことなくて、あるだけの原稿でつくってちゃんと出せる。これってすごいよね。
締め切りの10日からの1週間は、会報会報と言いつつ暮らしている。封筒に入れて送ったときの快感がたまらない。
届いたというお便りがまたうれしい。離婚した人への気遣い、インフルエンザの心配、子育てのあれこれ、そして本の感想がいろいろ。真剣に生きている人たちの心意気に感じること多し。

2009年12月13日

ヴィク・ファン・クラブの会報 12月号

10日から会報づくりに励んでいる。毎月このようなことを書いているから、今日は今年になって12回目だ。毎月の喜びと言っておこう。負担ではあるができ上がると、こんな会報は他を探してもあれへんでと思う(笑)。非常にキメが細かい女性ならではの編集であると思っている。いや、ほんまに思てます(笑)。
ヴィク・ファン・クラブを立ち上げたころ、わたしはまだ勢いがよくて〈名誉男性〉そのものであった。そのくせ、ある男友だちが言うには、女らしいを通り越して〈女くさい〉存在だったそうである。あはは。

昨日は朝から夕方まで、今日は朝からいままでかかってようやく半分いった。あと半分をあと2日でやって週の後半に送ってしまう予定だ。
今月は一人会員が増えたのでうれしい。不景気な世の中でそれぞれ生活が大変だと思うけど、きちんと会費を払ってくださるのがありがたい。ソンしたと思われないような会報を作る。読んだら生きる勇気がわいてくる会報を作りたい。

2010年01月19日

ヴィク・ファン・クラブの会報づくりの一日

ヴィク・ファン・クラブの会報は10日締め切り15日発行、と決めているのだが最近遅れ気味だ。特に今月は外出が多くて手をつけられない日があり、今日は一日かかってやっと仕上げた。やっているうちに届く原稿を入れていくというやったくり制作なので、ページ数もやっているうちに決まってくる。エエカゲンなことであるが、最後にはちゃんと収まるからえらい。
それぞれの読書情報、シカゴ在住者によるアメリカ情報、障害者問題、今年の抱負、など会員の皆様の関心事の多さにおどろきながら作っている。封筒入れも片付けたので明日発送だ。

今年はサラ・パレツキーさんの著作が9月に2冊(ヴィクシリーズの新作、自叙伝「沈黙の時代の作家」)発行される。9月が待ち遠しい。

2010年02月07日

友来る

東京在住のミクシィ友だちが大阪へ来たのでシャーロック・ホームズで会った。写真を見たことがあるから、お店に入ってすぐにわかった。

ネットの友だちというのは何年前くらいからだろう。ヴィク・ファン・クラブをはじめた18年前は、早川書房に電話やファックスを聞いて連絡してくる人が多かった。各新聞に載ったときにはうちのファックス番号を入れていた。いろんな連絡は電話と手紙だった。

メールが普及して連絡がラクになり、サイトをつくってからは新しい問い合わせがくるようになった。掲示板を設置したらビックリ仰天の書き込みに右往左往した。
新しい段階に入ったのはミクシィに加入してからで、特にサラ・パレツキーのコミュニティを発足させてからは、新しい友だちがたくさんできた。

今夜の友もサラ・パレツキーコミュで知り合った人で、パンクロッカーで読書家、そして酒飲み(笑)。シャーロック・ホームズから彼女の知り合いがやっている神山町のバーに場を移して親交を深めた。最後はハグ!ハグ!ハグ!

2010年02月20日

会報づくりを終わって 寒いけど星がピカピカ

優雅(?)に出かけた昨夜とうってかわって今夜はヴィク・ファン・クラブ会報の仕上げを頑張った。明日送れるようにまでやって充足感でいっぱい。お疲れさまの焙じ茶ジンジャーチャイがうまかった。

でき上がったものを見て「そんなに時間はかからないでしょ」と言われたこともあったが、そういうものではない。手紙やメールに全部返信し、原稿をチェックし、パソコンでやるまでの目に見えない仕事がある。〈編集〉ってこういうことなんだよなと自己満足だけど思う。
最後になってタイトル文字にミス発見! あらら・・・来月あやまろう。

さっきベランダに出て空を仰いだら星がピカピカしていた。オリオンと牡牛座とシリウスくらいしか知らないけど、大阪市内にしてはめずらしくその他の星もまたたいていた。

よーし、これから読みかけのピーター・トレメイン「蛇、もっとも禍し」を読んでしまおう。明日から本の感想を書いていこう。

About ヴィク・ファン・クラブ

ブログ「kumiko 日記」のカテゴリ「ヴィク・ファン・クラブ」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリはマック、パソコン、ネットです。

次のカテゴリは健康です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。